新専門医制度の新しい展開

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森田麻里子

2017年1月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

1年間の開始延期が決まった専門医制度だが、ここにきてようやく進展が見られた。12月16日(編注:2016年)の理事会で、専門医制度整備指針の改訂案が公表された(http://www.japan-senmon-i.jp/news/doc/sinseibisisin2016.12.16.pdf)。地域医療に配慮するとか、プログラム制を緩和してカリキュラム制も認めるとの文言が盛り込まれたが、その詳細は議論されておらず、大枠はほとんど変わらない。

専門医制度の最大の問題点は、専門医の能力・実績を評価するかわりに、研修期間や研修場所で評価しようとしている点だ。そのために地域医療や若手医師のキャリアに様々な問題が生じている。確かに能力自体を評価するのは難しいが、それなら症例数で評価すればいい。同じ期間でも経験症例数の違いによって達成度は大きく違う。

この点を詳しく指摘しているのは、仙台厚生病院で医学教育支援室長を務める遠藤希之医師だ。遠藤医師の発表したデータは衝撃的だ。国公立大学病院の内科系年間退院患者数(2015年度)を調べると、8000人を超える病院は横浜市立大学と東京大学の2つしかない一方で、3000人を割る病院が7つ、年間3000-4000人の病院が15もある。一方で、仙台厚生病院、倉敷中央病院、小倉記念病院といった実力ある市中病院では10000人を超えている。

後期研修医一人当たりの症例数で考えるとどうだろうか。国公立大学で一人当たりの内科系年間退院患者数が1000人を超えるのは名古屋大学のみであり、90%の大学が400人以下、6つの大学で100人を割る。一方で、仙台厚生病院は1026人、南相馬市立総合病院はなんと1430人である。新専門医制度では、一部の科を除き全ての都道府県で大学病院が責任基幹施設となっているが、とても十分な症例数があるとは言えない。被災地の医師不足病院の方がよほど多くの症例数を経験することができるのだ。

そう考えると、研修医は地域の病院に所属して一般的な症例をたくさん経験しつつ、まれな疾患の経験が必要な場合には大学や専門病院へ研修をしに行くのが合理的だ。他院での研修中の給与は所属病院で出せばいい。しかし今回の整備指針は正反対のルールになっている。研修医は大学を中心とする基幹病院に所属しなければならないが、不十分な症例数を補うために他院で研修する間の給与は、基幹病院からは出さないというのだ。大学は人事に口は出すがお金は出さないということである。そのような上下関係の根拠はいったいどこにあるのだろうか。

市中病院にいながら研究をすることも可能だ。南相馬市立総合病院では震災後、若手医師によって発表された論文数が年々増加し、2015年は年間20報を越えた。つい最近でも、外科後期研修医の澤野医師が除染作業員の健康状態について調査した論文がBMJopenに掲載された。仙台厚生病院でも元東大教授の加藤茂明医師によるサポートを受け、若手医師の論文やケースレポートが英文雑誌に受理されるようになった。

神奈川県立病院機構の土屋了介医師は、外科の専門医が多すぎる、専門医取得に必要な症例数をもっと増やすべきだという。土屋医師が提案するのは、研修プログラムに入るのは自由だが、決められた症例数をクリアできなければ専門医にはなれないという仕組みだ。「医師偏在」対策として研修プログラムの定員を制限するよりずっと合理的である。若手医師は、自分がたくさんの症例数を経験できる病院を選べば良い。

現在の議論では、専攻医という安い労働力をめぐって、ステークホルダーの力関係で制度が決まろうとしている。20年後の日本の医療を真剣に考えること、プロフェッショナルオートノミーがまさに試されているのではないか。

参考:
平成27年度 日本内科学会認定医制度 教育病院・大学病院年報
平成27年度 日本内科学会認定医制度 教育関連病院年報

(2017年1月17日 MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

 
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