建物も経営も“古い病院”を変えた出発点は「赤字を出さない」―南大阪病院 事務長 酒井哲雄氏

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学生の時から健康増進産業に携わりたいという思いを持ち、一般企業を経て医療業界に飛び込んだ酒井哲雄氏。現在、所属する社会医療法人 景岳会 南大阪病院(大阪市住之江区、400床)は半世紀以上にわたり、地域の急性期医療を支えています。酒井氏は約6年にわたる病院の現地建て替えと経営収支改善を実現し、文字通り“古い病院”を刷新しました。その根底にあったのは、「赤字を出さない」という徹底した意識だったと言います。酒井氏に、これまでの取り組み、そして次世代の事務職に求められる力を聞きました。

一般企業で総務・人事を学び、切り開かれたキャリア

―酒井さんは一般企業を経て医療業界に飛び込まれたと伺いましたが、これまでどのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか。

わたしは学生の頃からスポーツを一生懸命やってきたタイプで、仕事も健康増進産業に就きたいと思い、スポーツアパレルの企業に新卒で入社しました。営業職を希望したのですが、同期30人中、なぜかわたしだけ本社の総務部総務課に配属。おかげで今の基礎になる、総務・人事・労務といった分野を4年間みっちり学ぶことになりました。同時に、管理部という部署柄、赤字を出さない意識も自然と身につきましたね。その後、より健康増進を支えられる医療機関という場で働きたい気持ちが強くなり、新聞広告やハローワークをたどって求人を探し、200床規模の病院に入職することになりました。

南大阪病院―当時の病院では、どのような業務をしていたのでしょうか。

事務長の粋なはからいで「男性職員ならすべての業務を経験したほうがいい」と、また総務課に配属されました。人手不足の時代ですから、給食の洗い場に入ることや当直業務は当たり前。数少ない男性職員ということもあって、クレーム対応をはじめ、人の嫌がることをできるだけ速やかに引き受けていましたね。その反面、企業出身だからこそわかった、病院ならではの違和感がありました。

―その違和感とは。

言い方が悪いかもしれませんが、病院は医療保険制度に支えられた護送船団方式で、経営意識が足りないという印象を抱きました。わたしが入職したのは、第一次医療法改正後、駆け込み増床が終わった頃。病院は営利を目的としないことが医療法で定められていますが、赤字を出してはいけないのは一般企業と同じ。赤字が当たり前という雰囲気にやきもきしていたわたしは、新たに整形外科を設けるよう院内で働きかけ、夜間救急も強化しました。患者さんが増えた結果、整形外科を標榜した年には単年で黒字化。その後、病院の建て替えをして1年くらい軌道に乗ったところを見守ってから、もうひとつ上を目指そうと思って南大阪病院に移りました。

6年にわたる病院建て替えと、収益改善を並行させる

―病院の建て替えから経営改革まで経験したうえで、南大阪病院でもこの2点を実現したと伺いました。これまでのいきさつを教えてください。

当院は1951年に設立され、わたしが入職した2008年には築55年以上が経過していました。正直、建物は見るからにボロボロ。でもそれは歴史があるという裏返しでもあって、当院は設立当初からなじみのある患者さんが多く、2代目、3代目の方もたくさんいるとわかりました。そういった患者さんをもっと大切にするために、場所を変えない、現地建て替えを決めたのです。現地建て替えは、通常の診療を続けながら少しずつ建て替える必要がありますから、2009年1月に建て替えを決めて、すべての工事が終わったのは2014年の6月と、約6年もの歳月がかかりました。

建物だけでなく、経営面もとても厳しかったです。そもそも診療報酬で多大な利益を得るなんてできませんから、収益を上げるには従来のやり方を変えて、患者数を増やすしかありません。わたしは入職5か月目にして、施設基準を見直し、療養病床37床を亜急性期病棟(当時)に変更しました。実際やっている治療行為はあまり変わらないのに点数評価が違うので、これはすぐやるべきだと思いました。最終的には平均在院日数が短縮し、患者数も増えたので2009年には黒字転換。2010年1月には社会医療法人の取得ができたので、税制面が大きく改善しました。

大阪府 病院事務―一連の活動に関して工夫したことは何ですか。

古い建物をそのまま建て替えるだけでなく、患者のニーズや職員の働きやすさに合った設備を取り入れてきました。

本院とは別の場所ですが、南大阪病院から徒歩約5分のところに、関連施設となる看護専門学校があります。そこの容積率が余っていたので6階建てを4階建てに変更し、同じ敷地内に4階建ての建物を作りました。そこに、本院にあった南大阪総合健診センターを移設し、40床の透析センターと兄弟法人の社会福祉法人白寿会が運営する介護付有料老人ホームを新たに設けました。ここで医療と介護、教育がうまくミキシングするようになったのです。2012年には南大阪病院附属のリハビリ専門クリニックをつくり、本院は急性期医療に集中できるような仕組みを整えました。

2004年に新医師臨床研修が始まった時は、大学医局から医師の引き上げがあって頭を悩ませましたが、現在は病院機能も拡充し、大阪市南部の中核病院として大学医局からも一目置かれる存在になってきています。

次世代に求めるものは、リーダーシップとデータ分析力

―お話しいただいた通り、酒井さんは、さまざまな事業を進めてこられましたが、今後病院事務職に求められるのはどんな力だとお考えでしょうか。

一言で言うと、リーダーシップとデータ分析力でしょうか。わたしの考えるリーダーシップとは、小さな問題を他人に投げず、自分でやっていく姿勢のことを言います。小さいことを解決していけば、いずれ大きなことも解決できるようになるからです。その問題解決のためには、ぜひ医師や看護師などの専門職とどんどん話をしてほしいですね。
そして、今はわたしたちが入った時代とは違って、DPCなど、病院情報が公開されるビッグデータ時代になっているので、各種データを分析して病院の方向性を提案できる人を育てていきたい。こうした人材は外部に求めるのではなく、内部で育成したいと思っています。

社会医療法人景岳会 南大阪病院―院内での事務職育成を考えた時、具体的に取り組んでいることはありますか。

2017年は、この1年で病院がやるべきことのアクションプランを立てました。当然のことながら病院の理念や基本方針、社会的使命などは変わりません。国の診療報酬制度に合わせながら経営戦略を変えていきます。このアクションプランに沿って中長期目標をつくり、各人や各部署の目標に落とし込んでいます。

ただ、病院のアクションプランだけでなく、個々人のキャリアパスも必要だと思っています。まだ議論の途中なのですが、次世代育成プロジェクトを立ち上げているので、これから作り上げていきたいと思います。

病院事務職は、自分の殻を破るべき

―ご自身の経験を踏まえ、病院事務職の皆さんにメッセージをお願いします。

多くの方が、言われたことや与えられたことに留まり、役割を超えたことには遠慮してしまっている印象です。自分で殻をつくって、その中に閉じこもってしまってはもったいない。人には誰にでも可能性があります。今はそれがわからなくても、汗をかいていけば見出だせることがあると思います。これからはチーム医療の時代ですから、ノーライセンスだからと諦めず、事務職も病院のチームに加わっていきましょう。

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