2024年4月からの「医師の働き方改革」に向けて、備えは順調でしょうか。年度末・年度初めは通常業務だけでなく、医師の働き方改革、6月の診療報酬改定が続きます。人事や診療報酬の情報は2023年10月時点では未確定要素が多い一方で、「医師の働き方改革」は対応すべき内容が出揃っており、すぐに準備ができます。
今回はエムスリーキャリアが10月24日、25日に実施した「【他院体験談】他病院の対応状況把握セミナー」から、各施設の進捗と、今すぐ行うべき対策をお伝えします。
- 31施設の最新進捗と事例を集計
- 1時間でも多く取得したい!宿日直許可は91.2%が申請着手
- 労働時間の適切な管理が、法令違反リスクを下げる
- 働き方改革担当者の手腕が問われる「自己研鑚ルール」の整備
- 雇用契約の見直し、「完了」「不要」と思い込んでいるケースも
- 面接指導、タスクシフト…積極的な取り組みは他院との差別化ポイントに
31施設の最新進捗と事例を集計
今回のセミナーでは、31施設に回答いただいたアンケート(※)を基に今すぐ行うべき対策を解説しました。
(※)2023年9月19日~10月23日にかけて、エムスリーキャリアと取引のある医療機関を対象にエムスリーキャリアが実施
回答施設の属性は次の通りです。
水準については86.1%がA水準。そのほか、B水準、連携B水準、C-1水準の施設もあります。
1時間でも多く取得したい!宿日直許可は91.2%が申請着手
宿日直許可は「いますぐに1時間でも多く」取得することで、労働時間の管理や医師の採用でメリットが生まれます。
宿日直許可の取得状況は、次のような結果でした。
取得済みは50.0%。申請中や準備中を含めると91.2%の施設が、宿日直許可取得に向けた対応を進めていました。
また「取得済み」でも、取得時期によっては再申請をした方が良いケースがあります。
弊社は見直しの目安を「取得から5年」とお伝えしています。申請から時間が経つと、人員体制や職場環境が変わり、申請内容と実態にギャップが生じる可能性が高いからです。
今回のアンケートでは、回答施設の14.7%は5年以上前に取得していました。
ただし、もし取得が1年前だったとしても、申請内容と実態が合っているか今一度確認した方がいいでしょう。
また、宿日直許可の申請条件についても尋ねました。
宿日直許可を取得する場合、1人の医師につき、宿直業務は週1回、日直業務は月1回が限度となります。そのため、医療機関は週・月ごとのシフト調整、必要に応じて、人材の確保が重要です。
アンケートでは73.5%が条件をクリアした状態で申請していますが、特例条件で申請している医療機関もありました。
なお、宿日直許可は「申請作業」ではなく「スキルを用いた交渉」になります。
そのため、労働基準監督署(以下、労基署)への事前相談なく、1度の申請で許可が得られることは難しいと考えていいでしょう。労基署と複数回のコミュニケーションを取って確実に進めていきましょう。
続いて、宿日直許可を取得できた範囲は以下の通りです。
全範囲で取得している施設は29.4%です。全範囲が取得できると、常勤医師のシフトが組みやすくなります。また、「宿日直許可取得なし」の施設に比べると非常勤医師も採用しやすくなるでしょう。
ただし、地域医療を守るためには、全範囲の取得は難しいケースもあります。
その場合は、先程も説明した通り、「1時間でも多く」の取得を目指して調整を進めていきましょう。
労働時間の適切な管理が、法令違反リスクを下げる
医師の働き方改革で対応必須の「労働時間の管理」では、担当者が多角的な視点を持つことが大切です。
医師の自院での滞在時間のみを把握すればいいとは限らないからです。
例えば
- 外勤(アルバイト)の有無
- 外勤先を含めた宿日直許可の取得時間
- 自己研鑚にあたる時間
などを医師別に把握し、A水準なら960時間/年、B・C水準なら1860時間/年に収まるようにはたらきかける必要があります。
労働時間の管理がずさんになっていると、医師が認識する労働時間と、医療機関が把握している労働時間にギャップが生じてしまいます。そのギャップが大きくなると、労基署への通報リスクや未払い残業代の疑義が発生するリスクが高まります。
仮に労基署に通報されると、調査には莫大な時間がかかります。また、実際に支払いが命じられた場合、過去数年間にさかのぼって支払いをしたり、他の職員への支払いも求められたりと、経営へのマイナスインパクトは計りしれません。
以上のような背景から、労働時間の管理体制は2024年4月までに万全な体制にしておきましょう。
アンケートに回答いただいた31施設の管理体制の進捗はどうでしょうか。
まずは外勤先の勤務時間を把握するための体制状況です。
「整備対応中」が38.2%、「未着手」が29.4%と、半数以上の施設が整備半ばでした。
「整備済み&医師周知済み」は現時点では20.6%に留まりますが、全医療機関がこの状態になるよう、準備を進める必要があります。
なお、労働時間の申告方法は「紙での提出」が最多でした。一部の施設では、システム入力、メール連絡、メールと書類を併用という方法を挙げています。
また、2023年9月~10月時点での外勤先勤務時間の申告状況は、以下の結果でした。
「申告あり」が41.2%で、すでにルールの運用が始まり、軌道が乗っている施設が一定数あることがうかがえました。
「整備する予定はない」と回答いただいた施設は、医師の労働時間が年間960時間(A水準)を超える可能性は低いと見積もっての判断かと思いますが、リスクを抱えたままでの運用は危険です。
医師の働き方改革は一過性のものではなく、2024年4月以降もずっと続きます。トラブルに発展しそうなリスクの芽は今のうちにすべて摘んで、2024年4月を迎えていただきたいと思います。
働き方改革担当者の手腕が問われる「自己研鑚ルール」の整備
続いて自己研鑚ルールの作成状況についてです。
宿日直許可の申請が一段落した医療機関が、次につまずくポイントとして多いのが「自己研鑚のルール」です。こちらの状況は以下の通りです。
「整備済み&医師周知済み」の十分な体制を整えられているのは32.4%でした。11.8%は整備済みでも課題があり、47.1%は「未整備・曖昧」の状態です。
自己研鑚ルール作成の難しさは、国が定める明確なルールがなく、最終的には各施設の状況に応じた判断に委ねられていることにあります。
働き方改革担当者は、医師と密にコミュケーションをとり、ルール整備を進めていく必要があるため手腕が問われます。
2024年4月以降、自己研鑚に該当する時間が変化しそうかについては、「分からない」が最も多く35.3%でした。体制を整えなければ、今後の見通しも立たないので、まずは現状分析ができるように、ルール決めから行うことをおすすめします。
自己研鑚のルール決めについては、
- 「カンファレンス」や「学会」に関する業務
- 診療前の自主的な早朝出勤
などの扱いに迷っている医療機関が見受けられました。
雇用契約の見直し、「完了」「不要」と思い込んでいるケースも
医師の働き方改革では、雇用契約と就業規則の最適化が重要です。
たとえば、雇用契約書への固定残業代の明記、雇用契約と就業規則の整合性、非常勤医師との雇用契約書締結などです。
まずは労務管理のベースとなる36協定の締結状況を見ていきましょう。
「完了している」のは50.0%となりました。
なぜ今、36協定を見直すべき必要があるかというと、残業時間の上限を960時間(A水準の場合)、1860時間(B・C水準の場合)として結び直す必要があるからです。
続いて、常勤・非常勤それぞれの雇用契約書の見直し状況です。
「対応完了」や「対応中(課題明確)」を合わせると半数近くの施設で、対応が進んでいました。ただ、常勤、非常勤ともに最も多いのが「未着手」で、それぞれ38.2%を占めます。
未着手の施設の中には、おそらく「現在の雇用契約にそもそも課題があるのかがわからない」という担当者もいらっしゃることでしょう。
エムスリーキャリアが支援させていただいた医療機関の中にも、「対応完了」または「対応の必要がない」と認識していたにもかかわらず、実は対応が漏れていたケースがありました。可能であれば現在の状況について、専門家に相談できると安心です。相談先は管轄の労働基準監督署や医療勤務環境改善支援センター、社会保険労務士、弊社のような医療経営コンサルタント会社などがあります。
面接指導、タスクシフト…積極的な取り組みは他院との差別化ポイントに
最後に、医師の働き方改革全般についてです。
面接指導実施医師について「自院内で確保予定」と答えた施設が44.1%でした。一方、「方針未定(未着手)」も35.3%と一定数あります。
面接指導は水準に関わらず、「時間外・休日労働時間が月100時間以上になると見込まれる医師」には実施しなければなりません。また、面接指導を行う医師は、以下2つの条件があります。実施する状態になった場合、すぐに対処できるよう、医師の確保や方法の整備が必要です。
・ 面接指導対象医師が勤務する病院又は診療所の管理者でないこと
・ 医師の健康管理を行うのに必要な知識を修得させるための講義を修了していること
医師の働き方改革では「タスクシェア・タスクシフト」も有効な手段のひとつです。
「実施済み」「実施中」「実施予定」など、取り組みに前向きな施設は67.6%でした。
ちなみに、2024年4月以降、医師が転職する際には、これまで以上に「働きやすさ」を重視するようになることが見込まれます。「タスクシェア・タスクシフト」は自院の働き方改革につながることはもちろん、他院との差別化ポイントにもなるので、まずは医師の業務整理だけでも始めていただくことをおすすめします。
最後に、医師の働き方改革を機に、医師の労働時間削減に取り組む意向を伺ったところ、「労働時間削減に取り組む方針」は38.2%、「法令やルール順守のみ」が58.8%となりました。
医療機関の状況は、地域や医療機能、人員体制などによってさまざまです。自院で働く医師や地域医療に無理が生じない範囲で、医師の働き方改革を推進していきましょう。