
2015年に設立した医療事故調査制度の基本から、医療事故発生後の具体的な対応フロー、病院経営への影響まで、経営層が押さえておくべきポイントを網羅的に解説します。
医療事故調査制度とは
医療事故調査制度は、医療の安全を確保し、同様の事故の再発を防ぐことを目的としています。ここでは、制度の根幹となる目的と、混同されがちな「医療過誤」との違いを明確にします。
制度の目的は「再発防止」と「医療の質の向上」
本制度の最大の目的は、医療事故の原因を調査し、その結果から学び、再発防止策を講じることにあります。収集された情報は全国で共有され、医療全体の質の向上に役立てられます。決して、医療従事者個人の責任を追及したり、懲罰を与えたりするためのものではありません。この目的を院内全体で共有することが、適切な制度運用の第一歩となります。
過失の有無や責任追及を目的としない
「医療過誤」が、医療従事者の過失によって患者に損害が生じた場合を指し、法的な責任(損害賠償など)が問われるのに対し、「医療事故調査制度」は過失の有無を問いません。予期せぬ死亡や死産であれば、過失がなくても調査の対象となり得ます。この違いを理解し、調査と責任追及の問題を切り分けて考えることが重要です。
調査対象となる「医療事故」とは
どのような事案が制度の対象となるのか、その定義を正しく理解しておく必要があります。すべての予期せぬ死亡・死産が対象となるわけではありません。
厚生労働省が定める医療事故の定義
制度の対象となる「医療事故」は、「医療に起因し、または起因すると疑われる死亡または死産であって、当該管理者が当該死亡または死産を予期しなかったもの」と定義されています。 ポイントは以下の3つです。
- 提供した医療に起因する、またはその疑いがあること
- 死亡または死産という重大な結果であること
- その結果を管理者(院長など)が予期していなかったこと
医療事故調査制度の対象となる/ならない事例
たとえば、適切な手技で施行された手術中に、極めて稀な合併症が原因で患者が死亡し、それが術前に予期できなかった場合は対象となる可能性があります。一方で、病気の自然な経過による死亡や、治療の合併症として発生が十分に予期されていた死亡などは、原則として対象外です。個別の事案が対象になるか否かの判断に迷う場合は、速やかに医療事故調査・支援センターに相談することが推奨されます。
医療事故発生後の具体的な対応フロー
万が一、医療事故に該当する、あるいはその疑いがある事案が発生した場合、病院は迅速かつ適切に行動しなければなりません。ここでは、対応のフローを4つのステップに分けて解説します。
ステップ1:院内事故調査委員会の迅速な設置
まず、院内で速やかに事故調査委員会を立ち上げ、調査を開始します。調査は客観性・中立性を担保することが極めて重要です。可能であれば、当該事案と直接関係のない内部の医療従事者や、外部の専門家を委員に加えることが望ましいでしょう。
ステップ2:遺族への説明
調査と並行し、遺族に対して誠実な説明を行う義務があります。事故の概要、今後の調査方針、制度についてなどを、分かりやすい言葉で丁寧に説明します。この初期対応が、後の信頼関係に大きく影響します。
ステップ3:医療事故調査・支援センターへの報告
医療事故に該当すると判断した場合、遅滞なく第三者機関である「医療事故調査・支援センター」へ報告しなければなりません。報告すべきか判断に迷う場合でも、まずはセンターに相談することが賢明です。報告を怠った場合、行政指導の対象となる可能性があります。
ステップ4:院内調査と報告書の作成
院内調査が完了したら、その結果を報告書としてまとめ、遺族と医療事故調査・支援センターに提出します。報告書には、事実経過、原因分析、そして具体的な再発防止策を盛り込む必要があります。センターは提出された報告書を評価し、さらなる調査が必要と判断した場合はセンター自身が調査を行います。
病院経営への影響とリスクマネジメント
本制度への対応は、単なる事務手続きではなく、病院の将来を左右する経営課題です。リスクとメリットの両面から、その重要性を解説します。
制度対応を怠った場合のリスク
正当な理由なくセンターへの報告を怠った場合、行政による指導や命令の対象となり、最悪の場合、改善命令や開設許可の取り消しといった厳しい処分に繋がる可能性があります。また、不誠実な対応は遺族との紛争を招き、訴訟に発展するリスクを高めます。結果として、病院の社会的信頼は大きく損なわれ、経営に深刻なダメージを与えかねません。
適切な対応がもたらす信頼の維持
一方で、制度の趣旨を理解し、誠実かつ迅速に対応することは、病院の透明性と安全管理への真摯な姿勢を示すことに繋がります。たとえ不幸な事故が起きたとしても、その後の適切な対応は、患者や地域社会からの信頼を維持・向上させる要因となり得ます。長期的な視点で見れば、医療の質と安全性を高める文化を醸成し、持続可能な病院経営の基盤を強化することに貢献します。