人材が流動的な時代における「アルムナイ」の活躍に迫る!~病院から他業界へ羽ばたいた人材による新たなモデル~ 病院マーケティング新時代(59)

病院マーケティング新時代59

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:松岡佳孝/病院マーケティングサミットJAPAN 医療マーケティングディレクター
済生会熊本病院 経営企画部 広報室長 兼 医療支援部 医事企画室長

近年、働き方やキャリア観の多様化が進み、一つの組織に長期間在籍することが必ずしも一般的ではなくなってきています。医療業界においても、病院で培った経験や知識を他業界で発揮し、再び非常勤やプロジェクトベースで病院と関わりを持つ「アルムナイ(卒業生)」の活躍が注目されています。こうした人材との共創は、組織の枠を超えた柔軟な連携を促し、新たな知見や技術を取り入れるチャンスとなります。また、病院側にとっても、常勤にこだわらず多様な形態で人材と関係を持ち続けることが、人材不足の解決策としても期待されています。本記事では、済生会熊本病院出身で現在は九州大学大学院医学系学府医療経営・管理学の教鞭を執る松本晃太郎氏を例に、医療業界とアカデミア、あるいは他業界をつなぐアルムナイの重要性とその可能性について掘り下げます。

就職活動時、病院に勤めるのは想像の外だった

松岡佳孝(以下、松岡):松本さん、今日はお忙しいところありがとうございます。2012年、私たちは済生会熊本病院に経営マネジメントスタッフとして同期入職しました。当時は医療についてまさに右も左もわからない中、一緒に悩みながら病院経営の現場に飛び込んだ仲間でしたよね。あの頃、毎日遅くまで病院のデータや経営について議論したことを今でも鮮明に覚えています。一方で松本さんはお父様が研究者(大学教授)であり、入職当初から「いつかはその背中を追いたい」と言っていたことも印象深いです。まずは当時、済生会熊本病院を選んだ理由を改めて教えていただけますか?

松本晃太郎(以下、松本):はい。私は東京の大学を卒業しましたが、実家が熊本で、古武道の肥後寺見流の家元を継いでいる関係もあり、いずれ地元に帰りたいという思いがありました。ただ、当時は医療と全く関係ない生活を送っていましたから、病院に勤めるというのは想像の外でした。しかし、採用説明会で病院の業務の幅広さに触れ、医療職でなくても幅広く活躍できる可能性を知り、その多様性に魅力を感じて済生会熊本病院を選びました。特に「経営マネジメントスタッフ」という名称が、医療に馴染みのない自分にとって非常に新鮮で、活躍できる場があると直感しました。

データ解析を追究するなかで、研究者への道へ

松岡:確かに、医療職以外の活躍を強調していたのは魅力的でしたね。実際に入職後の業務についても教えてください。

松本:入職後は診療報酬関連業務を中心に、DPCデータの管理や解析、経営指標の作成など、病院経営に密接に関わるデータ関連業務を幅広く担当しました。その中で大きな転機となったのが、入職3年目のクリニカルパス学会で、「統計解析を用いたパス改定」というテーマで優秀賞を受賞したことでした。この経験がデータ解析を通じて医療現場に貢献できるという自信になりました。

松岡:あの学会での受賞は本当に大きな成果でしたね。その頃からデータ解析への関心が深まり、九州大学大学院へ進学されたわけですが、その経緯をもう少し詳しく教えていただけますか?

松本:当時、済生会熊本病院が先駆的に取り組んでいたクリニカルパスを通じて、現場改善にデータ解析を役立てることの重要性を強く感じました。そのタイミングで社会人大学院への進学が院内で推奨されており、前院長の副島秀久先生をはじめ、田﨑年晃事務長、小妻幸男課長補佐ら多くの方々から進学を勧めていただきました。これがきっかけとなり、医療経営や医療情報学を体系的に学ぶために九州大学大学院 医療経営・管理学専攻への進学を決意しました。大学院では指導教官の鴨打正浩教授のもとで臨床研究の基礎を学び、現・九州大学大学院 医療情報学講座の中島直樹教授から医療情報学、現・熊本大学 大学院先端科学研究部 先端工学第四分野(ビッグデータ)の野原康伸准教授から機械学習手法を学ぶなど、多くの先生方から幅広い指導を受けました。研究の奥深さと面白さに引き込まれ、最終的には博士課程まで進み、研究者としての道を本格的に歩むことになりました。先程松岡さんから触れていただいたとおり、研究者の道に進んだ背景としては、父親や母方の祖父も大学の教員であったことも少なからず影響していると思います。

松岡:博士課程への進学は大きな決断だったと思います。現在、九州大学で教鞭をとりながら済生会熊本病院にも非常勤で関わってくださっていますが、病院とアカデミアを繋ぐ立場としての現在の活動をお聞かせください。

松本:済生会熊本病院との関係は今も大切にしており、週1回の非常勤勤務で医療情報調査分析研究所に出入りしています。病院の医師や看護師、薬剤師と現場の課題を議論し、それをデータ解析の研究テーマとして取り組んでいます。特に現場から出る疑問を研究に繋げることで、具体的な医療の質向上に貢献できることを強く感じています。また今後は松岡さんと一緒にマネジメント職の育成や経営支援にも携わりたいと思っています。私は病院の現場、情報工学、統計学の三者を繋ぐ架け橋としての役割を担っていきたいと常々考えています。このような形で関わらせていただいている院長の中尾浩一先生にも大変感謝しています。

人材が外で活躍し、その経験を再び病院に還元できるような関係性が重要

松岡:病院経営の視点からも、松本さんのような人材が外部での経験を積み、「アルムナイ」という形で病院に還元していただける仕組みは理想的です。こうした柔軟な人材活用が求められる時代において、病院経営の在り方はどう変わっていくべきでしょうか?

松本:現在、日本は高齢化に伴う医療費の増加や生成AIのような新技術の登場、働き方の多様化など、激動の時代に直面しています。こうした変化に柔軟に対応し、非常勤でのジョブ型雇用など新たな雇用形態で多様な人材をアサインすることが必要です。従来型の雇用にこだわらず、多様な人材が出入りできる仕組みを整えることで、組織の魅力も向上し、持続可能な病院経営につながります。何よりも人を大切にする組織が強くなるということを改めて感じています。また済生会熊本病院の場合、やはり新卒から育てていただいたという愛着や感謝があります。社会人として成長させていただき、次のステップも応援していただいたたからこそ、「アルムナイ」として出来る限りの恩返しをしたいと思いが強くあります。

松岡:松本さんとの対話を通じて、改めて「アルムナイ」という存在の重要性を強く感じました。私たちが過ごした病院という場所は、単に人材を育てる場だけでなく、育った人材が外で活躍し、その経験を再び病院に還元できるような関係性を築く場であるべきですね。

松本:まさにそう思います。病院が「アルムナイ」との関係を大切にすることで、新たな価値や可能性が広がります。私自身も済生会熊本病院での経験が今のキャリアに繋がっており、これからも病院との繋がりを大切にしながら、微力ながら貢献していきたいです。

松岡:最後に、松本さんが所属する九州大学大学院医療経営・管理学専攻の取り組みを紹介してください。

松本:当専攻は公衆衛生分野に特化した専門職大学院で、リカレント教育のニーズにも対応し、働きながら学べる環境を整えています。講義の完全オンライン化や必修科目を集中的に配置するなど、多くの工夫を凝らしています。また、年2回のオープンスクールや無料の公開講座など、幅広く門戸を開いています。ぜひ多くの方に利用いただければと思います。

松岡:今後も病院業界とアカデミアの協力関係を深めながら、新たな病院経営モデルを模索していきましょう。本日は貴重なお話をありがとうございました。

松本:こちらこそ、ありがとうございました。

<参考>
●九州大学大学院医学系学府 医療経営・管理学専攻
https://www.hcam.med.kyushu-u.ac.jp/
●松本晃太郎氏の研究実績
https://hyoka.ofc.kyushu-u.ac.jp/html/100018945_ja.html

関連記事

  1. 医師という職業とは―医師への選択、医師の選択(野末睦)
  2. 病院マーケティング新時代58回

医師の働き方改革

病院経営事例集アンケート

病院・クリニックの事務職求人

病院経営事例集について

病院経営事例集は、実際の成功事例から医療経営・病院経営改善のノウハウを学ぶ、医療機関の経営層・医療従事者のための情報ポータルサイトです。