本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。
著者:小山晃英(こやま・てるひで)/病院マーケティングサミットJAPAN Academic Director
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門
目次
2021年にデジタル庁が設置され、組織のIT化やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進が求められています。医療機関におけるDXというと、電子カルテやオンライン診療などを思い浮かべますが、連携機関との管理にCRM(Customer Relationship Management)を活用する病院が出てきています。CRMとは「顧客関係管理」とも呼ばれ、顧客との関係を一元管理するツール(※1)です。
病院でどのように利用しているのか、済生会熊本病院医療連携部地域医療連携室の松岡佳孝さんに伺いました。
※1 顧客の基本情報に加え、取引・商談に関する情報も管理できる。登録したデータをリアルタイムで可視化でき、顧客に配信したメールの開封率などの検証も可能。さまざまな企業が導入している。
「当院の営業・マーケティングを、一般企業水準に引き上げる」
──済生会熊本病院がマーケティングに力を入れるようになった背景には、「前方連携の推進」があったそうですね。
そもそも当院では2010年に医療連携部を発足し、後方連携、いわゆる「出口戦略」を重点的に取り組んできました。当時、医療連携部長を務めていた中尾浩一先生(現病院長)の主導で、 連携医療機関間での適切な引継ぎと関係性の深化を図ったのです。“アライアンス連携(※2)”と呼ばれるこのモデルは当院の出口戦略のスキームとなり、いまも質の高い医療連携ができています。
私が地域医療連携室に異動したのは2016年ですが、当時は地域医療構想の議論が活発になってきており、将来的な自院のポジショニングを中心とした経営戦略を改めて考える必要が生じた時期でした。
人口減少が進む熊本県内で“高度急性期医療”を継続するためには、「出口戦略」だけでなく「入口戦略」の重点化も必要となったわけです。しかし国内の医療機関をみてみると、前方連携の先進事例は少なかった。「医療業界内で学ぶのは限界がある。入口戦略に重きを置くのなら、当院の営業・マーケティングを一般企業の水準に引き上げなければならない」と考え、目標に掲げました。
※2 アライアンス連携:「人的交流による教育支援」「データを用いて課題を共有する連携会議」「地域の医療資源を有効に活用するための空床情報共有」などのさまざまな施策により、後方支援病院との関係性を深化。「患者さんのストーリー(人生)に責任を持った連携」という言葉を掲げ、連携医療機関双方が責任を持って患者情報の引継ぎ(転院調整)を行う事により、地域全体で質の高い医療提供を実現する。
──CRMツールは、企業と共同開発したと伺いました。病院で活用できるCRMを、どのように作り上げていったのですか。
当院ではもともと他社製のCRMツールを使用していましたが、病院業務に特化されていなかったので、連携先や訪問情報などを入力するといった手間が発生していました。
CRMツール開発のきっかけは、日本医療・病院管理学会を通して、医療系のシステムを開発・提供するメダップ株式会社(MedUp, Inc.)と繋がったことです。当院が、一般企業、特に営業担当者の行動を徹底的に管理・数値化するキーエンス流の営業活動を実践できるようになるには、前方連携の高度化・PDCAサイクルの構築が必要でした。そのために、CRMツールを共同で開発することになったのです。
「厚生局や紹介先医療機関のデータを自動的に取り込める」など、当院にとって使い勝手がいい機能を洗い出し、メダップ社と毎週ミーティングを重ねて、データ抽出と表現方法を検討しました。そうして、地域医療連携に特化した連携活動サポートツール「foro CRM」が完成したのです。
営業時には、各医療機関の紹介状況をマップ上でチェック
──ほしい機能をリクエストしていくことで、医療機関専用のCRMツールができたのですね。foroCRMの具体的な活用例を教えてください。
foroCRMでは、各医療機関の当院への紹介状況を、マップ上に示すことができます(図1)。コロナ禍前は飛び込み営業を行なっていたため、営業担当者からは「現在地の近隣医院の情報をすぐに確認できるので便利だ」と好評でした。たとえば、当院への紹介数や前年度からの増減率などが一目でわかります。
また、医療機関ごとの紹介数・入院率も、紹介情報とDPC情報から自動で算出してくれます(図2)。
──foroCRMを導入して、どのような変化がありましたか。
以前は、訪問先医療機関を選ぶために自力で医院ごとのデータを解析していたのですが、foroCRMで自動化できるようになったので作業時間を削減できました。営業の仕事は何よりも顧客の声を聞くことが大事だと考えているので、外部の方とコミュニケーションを取る時間を増やせたことはよかったですね。
──foroCRMはすでに一般販売されていますが、現在も改良を重ねているのでしょうか。
はい。
例えば、「連携先の医師の異動は紹介数にも大きく影響する」という観点から、医師個人のデータを追加できるようにする、など改良を進めています。まだまだ高度化・効率化できる余地はあると思います。
医療マーケティングは、単なる“集患活動”ではない
──前方連携を進めるために、自院の医師とはどのようなコミュニケーションを取っているのですか。
年度始めにはいつも、「医療連携部長×診療科部長対談」と銘打った場をセッティングしています。開催の目的は、各診療科の体制やトピックスについてヒアリングすること。そして、医療連携部で実施する施策や、前方連携の方向性、推進する関係者の温度感を、診療科に共有する大事な場だと考えています。学術講演企画や広報誌によるPR戦略についても相談・共有しています。
──病院全体で前方連携を進めることを意識されているのですね。地域医療連携室のスタッフ構成を教えてください。
一般的には「地域医療連携室は、医療ソーシャルワーカー(MSW)が転院調整をしている部署」というイメージがあるかと思いますが、当院のMSWは、医療福祉相談室という別部署に配置されているので、地域医療連携室の職員は14名全員が事務職です。特にマーケティング実践者と、各診療科のマーケティング支援ができる人材の育成を進めています。
──医療マーケティングを実践する上で、組織として大事にしていることはありますか。
当院では医療マーケティングについて、地域医療連携室だけでなく、医療福祉相談室・療養支援室・病床管理室の4室で構成する「医療連携部」で議論しています。
先程ご紹介した「医療連携部長×診療科部長対談」でも同様ですが、院内で医療マーケティングを語るときに大切なのは、単なる“集患活動”と映らないようにすることです。
私達が医療マーケティングを実践する真の目的は、「医療機関による正しいコミュニケーション活動によって、患者・地域の“賢明な選択”に繋ぐ」こと。つまり、医療マーケティングとは「連携医療機関が自院に患者さんを紹介したくなる、または患者さんやその家族自身が自院に受療したくなる仕組みづくり」だと考えています。
私自身も、部下たちが医療マーケティング活動への本質的な理解を深めていけるよう教育していきます。
──最後に、松岡さんご自身が医療マーケティングを実践する意義を教えてください。
「マーケティング」という言葉に、営利的なイメージを持つ方は少なくないかもしれません。しかし、医療は患者さんと医療機関の“情報の非対称性”が大きい業界です。だからこそ、医療機関がマーケティングや適切な情報発信に力を入れることは、患者さん、ひいては地域全体に価値をもたらすものではないでしょうか。
特に当院のような高度急性期の医療機関側がマーケティング活動を高度化することは、最適な医療の提供に繋がると信じています。
<取材をしてみて>
済生会熊本病院は、前方連携・後方連携にとどまらない「全方位型連携(※3)」を目指しているそうです。松岡さんのインタビューからは、医療マーケティングの施策一つ一つをその全方位型連携に向けて実践されていることが伺えました。
済生会熊本病院では、これまでの歴代院長たちが育んできた医療マーケティングを実践する土壌が醸成されていると感じます。地域医療連携室ではマーケティング実践者の育成に力を入れていますし、松岡さんは4月から九州大学のSPH(公衆衛生系大学院)に進学され、さらに研鑽を積まれるそうです。
今後の済生会熊本病院がどのような医療マーケティングを行なっていくのか、どのような人材が輩出されるか楽しみです。
※3 全方位型連携
・全方位型連携:下記の連携全てを含む
・前方連携:連携先の医療機関の医師
・前前方連携:連携先の医療機関に通院される患者
・前前前方連携:患者の家族(学生を対象とした疾患啓発、健康リテラシーに関する企画を含む)
・後方連携:済生会熊本病院から連携機関への逆紹介
・側方連携:自院にない診療科(歯科)や異業種との連携
>>vol.37 小倉記念病院広報担当者の【モーニングルーティン】を紹介します!―病院マーケティング新時代
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