AI時代の未来戦略2026――「Transformation」を加速させる経営者のオーナーシップ~病院マーケティング新時代(65)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:松岡佳孝/病院マーケティングサミットJAPAN 医療マーケティングディレクター
済生会熊本病院 経営企画部 経営企画室長 兼 広報室長

前編では、将来的な労働力の変化予測を共有しました。後編では、私たちが具体的にどう動くべきかを考察したいと思います。

「AIハイパフォーマー」を分ける2つの組織文化

AIハイパフォーマー企業におけるワークフローの抜本的改革
図1:AI導入が進み価値を生む企業は何が違うか?

マッキンゼーのレポート「The state of AI in 2025」1)では、多くの企業が組織の一部、または個人単位でAIを利用するにとどまっており、業務全体の自動化や利益を生み出す組織への変革には至っていないと説明されています。前編でご紹介した通り、理論上は現存する労働の57%が自動化可能です。しかし、AI導入によって劇的な価値(EBITの5%以上がAI由来)を生み出している「AIハイパフォーマー」と呼ばれる企業は、全調査対象のわずか6.2%にすぎません。

彼らとそれ以外の企業を分ける決定的な差、それは「ワークフローの抜本的な再設計」「経営層のオーナーシップ」にあります。図1の通り、AIハイパフォーマーは、既存の業務にAIを付け加えるのではなく、AIが存在することを前提に組織や業務フローを根本から作り直しており、その割合は他企業の約2.8倍に達します。さらに、経営層のコミットメントの差も顕著です。AIハイパフォーマー企業のリーダーは、そうでない企業のリーダーと比較して、AIイニシアティブに対して約3.0倍強いオーナーシップを持ち、自らがロールモデルとなって変革を推進していることが分かっています。

【コラム】HITO病院から学ぶ「Transformation」の実践

近年、「DX」という言葉が一般名詞化し、単なる「IT導入」や「デジタル化」と同義で使われる場面にしばしば遭遇します。公的な文書においてすら「DX“化”」という表現が並ぶのを目にし、違和感を覚えることも少なくありません。
そんななか、とあるシンポジウムでHITO病院の理事長である石川賀代先生とご一緒する機会に恵まれました。ご講演を拝聴し、その後の懇親会で組織運営のお話を伺うと、同院の取り組みはまさに前述した「AIハイパフォーマー企業」のモデルケースそのものだと感じました。
HITO病院では最高変革責任者(CXO)を配置し、少人数のプロジェクトを複数並行して走らせているそうです。取り組むべき優先課題は、医療現場から生じる危機感や存続のための問いから設定される。そして、Microsoft Teamsでの日々のやり取りには石川先生ご自身も参加されており、プロジェクトメンバーからの相談があれば、スタンプの「いいね」一つで迅速に意思決定を下していくとのことでした。
まさに同院が実行されているのは「ワークフローの抜本的な再設計」であり、石川先生の強い「オーナーシップ」が真のDX実現の原動力となっています。今回ご紹介したマッキンゼーのレポートとの見事な一致に、深く感銘を受けました。
変化の激しい時代においては、意思決定のスピード、アジャイル(俊敏)なマネジメント、そして現場のチャレンジに対する寛容さが何より重要です。石川先生の姿勢から学んだこれらの要素を、ぜひ読者の皆様にも共有したいと思い、コラムとしてご紹介しました。
「DXにおいて本当に大切なのは“X(Transformation=変革)”である」。
リスキリングによってスキルや知識を再構築する以前に、まずは目の前の技術や環境の変化に当たり前に適応していく「マインドセットチェンジ」こそが不可欠であると、強く感じる今日この頃です。

産業革命と現在

18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命。石炭利用によるエネルギー革命と産業の発展によって、当時の社会構造は大きく変容しました。現在進行中の生成AIの民主化は、これに匹敵する、情報と知的生産における「知能革命」とも言える大きな転換点です。

産業革命のアナロジー
図2:産業革命のアナロジー

「もし顧客に何が欲しいかと尋ねていたら、彼らは『より速い馬車』と答えただろう」――。マーケティングの歴史においてヘンリー・フォードの格言としても知られるこのエピソードは、時代を超えて「変革の本質」を鋭く突いています。当時の人々が既存の延長線上にある改善(速い馬車)を望んだ一方で、実際に世界を変えたのは馬車の改良ではなく、動力そのものを生物の筋肉から蒸気へと置き換える「蒸気機関」という全く新しい概念でした。このパラダイムシフトこそが、社会の構造を根本から塗り替えたのです。

しかし、ここで見落としてはいけない重要な事実があります。蒸気機関を実用化した先駆者たちは、決して闇雲に奇抜なアイデアを追っていたわけではありません。彼らは当時解明されつつあった熱力学の基礎や、最新の金属加工技術といった、その時点で存在した最高水準の知見を徹底的に学び、理解していました。既存技術の限界がどこにあり、新しい発見がどのような可能性を秘めているか。その「現在地」を正確に把握していたからこそ、馬車という古い枠組みを捨てる決断ができたのです。

この構図は、AI黎明期ともいえる現在においても完全に当てはまります。多くの人々が「AIを使って今の業務を少し効率化しよう」と考えますが、それは現代における「速い馬車」を求めている状態に過ぎません。AIの本質は、人間の知能作業の一部を代替し、情報の処理能力を劇的に拡張する「知能の蒸気機関」の誕生にあります。この大きなうねりの中で、ただ焦燥感に駆られて「何か新しい挑戦をしなければ」と闇雲に動くことは、地図を持たずに嵐の海へ漕ぎ出すような危うさを伴います。

変革を思考し、挑戦を形にするために今最も必要なのは、現在進行形で進化している最新の技術や知識を正しく知ることです。生成AIに何ができて、何ができないのか。その技術的な特性や、すでに社会で起きている実装の最前線を知らなければ、私たちが描く未来は結局のところ「少し便利な過去の焼き直し」で終わってしまいます。最新の知見という土台があって初めて、私たちは既存の延長線上ではない、真に価値のある問いを立てることができるようになります。

知識をアップデートすることは、次なる時代のエンジンを正しく操るための、「準備運動」なのです。

蒸気機関の仕組みを理解せずに鉄道網を構想できないのと同様に、AI時代の地図を読み解く力を持たぬ者に、新しい地図を描くことは不可能です。やみくもな挑戦を尊ぶ前に、まずは貪欲に最新の知を吸収すること。その学びのプロセスこそが、馬車を捨てて未知の地平へと踏み出すための、唯一の確実なステップになると考えます。

済生会熊本病院の2026年:具体施策の現在地

筆者が所属する済生会熊本病院・経営企画室では、前述した「Transformation(変革)」を抽象論で終わらせないため、日々の具体的なアクションに落とし込んでいます。

当室は、過半数が新卒5年目以下のスタッフで構成されています。若いスタッフはいわゆるデジタル・ネイティブ世代ですが、新卒1年目(2025年度入職)でも本格的にAIに触れた経験を持つ者はまだ少ない(入職時点では少なかった)のが実情です。ここで上長が自ら「環境」を準備しなければ、彼らは結局「既存の業務・ルールの範囲内」で仕事をするしかありません。

そこで昨年(2025年)5月より、積極的に(半ば強制的に)AI利用を業務フローに組み込みました。まずはインプットの室向上から。医療政策の動向を追うためにインプットからアウトプットまで、まずは様々な汎用LLMツールを用いて実行してもらいました。スタッフに対する「当たり前」の要求水準を、単なる「AIの利用」にとどめず、「最新AI動向のキャッチアップ(知識のアップデート)」にまで引き上げています。

汎用LLMツールを用いたインプットの質向上
新卒1年目による中医協の議論内容レポート
2025.1短冊速報(概要把握)

また、彼らが担当する医事業務(特にDPCコーディング業務など)は、前編でも触れた通り、まさに生成AIが最も得意とする領域です。現在、企業とも連携しながら、AIによる自動化、既存業務の抜本的な組み直し、そして「人による最終判断」との最適な棲み分けなど、AI時代を見据えたワークフロー改革に本格的に着手し始めています。

ヘルスケアにおけるAI市場の発展

結び:医療マーケティングの新たな定義

「病院マーケティング」とは、単に集患や広報活動を指す言葉ではありません。2026年、そしてその先を見据えたマーケティングの核心は、「選ばれる職場環境」の創造にあります。採用市場が4割も消滅する2048年に向けて、AIと共生し、人間は「人間にしかできない直接的なケア」に集中できる病院。高度なテクノロジーに裏打ちされた「スマートな温かさ」を持つことが、これからの時代におけるブランディングと言えるでしょう。業界の垣根を越えた厳しい採用市場で生き残り、地域の医療を未来へ守り抜くために。本稿が、自院の「現在地」を直視し、学び、そして行動する「第一歩」を踏み出していただく一助になれば幸いです。

<出典>
McKinsey&Company
https://www.mckinsey.com/capabilities/quantumblack/our-insights/the-state-of-ai

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