
本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。
著者:松岡佳孝/病院マーケティングサミットJAPAN 医療マーケティングディレクター
済生会熊本病院 経営企画部 経営企画室長 兼 広報室長
2026年3月。桜の便りが届くこの季節、医療経営を巡る景色は、わずか数年前とは似て非なるものとなりました。医療経済面からみると補正予算、診療報酬改定、直近でも様々な手当が行われており、地域・医療機関の種別を問わず、かつてない変化の波が押し寄せる一年となりそうです。
今年初となる「病院マーケティング新時代」は、労働市場の未来予想図からスタートします。AIの台頭や厳しい採用環境に危機感だけを募らせるのではなく、「人がいないことを前提とした業務フロー」を現段階からどう構築していくか。貴院の中長期戦略における一つの軸としてご参考になれば幸いです。
2026年3月、私たちは「未知の世界」の入り口にいる
私たちが「2025年問題」と呼んでいた地域医療構想のターゲットイヤーを過ぎたいま、直面しているのは「労働力の絶対的な減少」という、より根源的な構造変化です。「2040年問題」への対策が本格化してきた今、労働市場の変化をリアルに捉えるために、2025年に誕生した世代をモデルケースとして未来を俯瞰してみたいと思います。
2026年1月、2025年(11月まで)の出生数が過去最少の64万人を記録したと報道されました。この値は、国立社会保障・人口問題研究所の出生予測における「低位推計」を下回っています1)。ちなみに、現在の人口推計には出生・死亡それぞれに高位・中位・低位の3シナリオが準備されていますが、通常「将来推計」として公表・利用されているのは、出生・死亡ともに「中位」推計のデータです。すなわち、近年の出生数は「出生低位」という一般的には用いられない悲観的シナリオよりも低いのです。
しかし、今後の労働市場を正確に捉えるには、このデータを直視し、組織の未来戦略を組み立てなければなりません。そこで、2025年に生まれた赤ちゃんが大学を卒業し、社会人となる「2048年の姿」を図示しました。
図1は、2048年の年齢別人口を示したスライドです(背景に示している薄いグレーの棒グラフは、2026年現在の年齢別人口です)。ご覧の通り、2048年にはあらゆる年代層において、人口規模が現在を大きく下回ることが一目で分かると思います。赤い丸で示している採用市場(若年層)のボリュームは、既に厳しさを帯びている現在から、さらに4割程度減少することが予想されます。

これまでの病院経営における人材獲得は、「近隣の医療機関といかに医療スタッフを取り合うか」という「施設間競争」でした。しかし、これからは「あらゆる産業といかに限られた若年層を奪い合うか」という「業界間競争」へとステージが移行します。
今後、優秀なスタッフを獲得するためには、採用担当者は「採用=選考する」という古典的な考え方やオペレーションから脱却しなければなりません。いかに自施設で働くことの価値が高いかを「訴求」できるか、すなわち、マーケターとしての資質を身につけることが不可欠となっています。
マッキンゼーが示す「身体を使わない労働」の代替可能性
ここで、別の角度から労働市場を俯瞰します。McKinsey & Companyが2025年11月に発表したレポート「Agents, robots, and us: Skill partnerships in the age of AI(2025)」2)を深掘りしてみましょう。

このレポートでは、2025年時点のデジタル技術によって、人間が行う全労働時間の57%は、理論上「AI(Agents)、またはロボット(Robots)で自動化が可能」と結論づけられています。特に注目すべきは、AIエージェント(Agents)の役割です。医療現場において、高度な実技や非定型の現場労働を伴う「人間にしかできない」領域は多く存在します。一方で、定型的な事務作業や分析業務を含む知的作業は、最もAIが得意とする領域です。この分野においては、「将来的な人手不足に備える」という視点で業務を変革することが、極めて重要な生存戦略となります。
医療事務による請求業務、診療情報管理士によるDPCコーディングやデータ分析などは、今やLLMを搭載したエージェントによって補完、あるいは代替され始めています。私たちは、ベテラン職員の「勘と経験」という名のブラックボックスを解体し、定型業務を徹底的に自動化しなければなりません。そして現時点から、自動化によって捻出した人員に対し、図2の左上「高度な知的/対人労働(複雑な意思決定、複雑な対人マネジメント)」へシフトさせるためのリカレント教育・マインドセットチェンジを開始する必要があると考えます。
「定型業務を自動化し、高度な業務にシフトする」「省人化を進め、待遇を上げる」――。既存業務のオペレーションを創造的に破壊し、適切なデジタル技術で代替する。他業界に勝る待遇を用意し、スタッフを非効率から解放するといった“真のDX”を実現しなければ、4割の労働力が消える2048年に、病院組織を維持するための採用力を持続することは難しくなるでしょう。
「アンソロピック・ショック」と「クラウドソフトウェアサービスの終焉(SaaSの死)!?」
現在、AIの進化はあらゆる産業の前提を覆しつつあります。記憶に新しい今年2月、米アンソロピック社(Anthropic)が発表した高機能AI「Claude Cowork(クロード・コワーク)」により、「アンソロピック・ショック」と呼ばれる現象が起きました。
Claude Coworkは、PC操作や業務を自律的にこなす新型AIエージェントです。人間のようにPC内のファイルにアクセスし、複数の業務ソフトを横断的に操作・自動化し、自ら判断を下すことができます。この発表により、既存のSaaS・ソフトウェア企業のビジネスモデルが根底から覆る(「SaaSの死」)という懸念が市場に広がり、セールスフォースやアドビといった巨大企業の株価が急落するなど、日米の市場に大きなショックを与えました。
これまで私たちは、一定の初期費用と月額料金を払い、ベンダーが規定したワークフローに自分たちの業務を「合わせる」形でシステムを利用してきました。しかし、AIエージェントの台頭により状況は一変しつつあります。自然言語で指示を出すだけで、複雑な運用に合致した「独自のシステム」を、専門のエンジニアを介さずとも構築・改善できるようになったのです。
しかしながら、筆者は医療業界において、すぐに“SaaSの死”が訪れることはないと予測します。
なぜなら、AIを少し学んだスタッフが、一見高性能な独自のシステムを構築できたとしても、複雑な情報工学に基づいて設計された基幹システムの代替にはなり得ないからです。組織全体を永続的に管理するためのメンテナンス体制や、厳格なセキュリティ要件が求められ、かつ配慮を要する医療情報を扱う上で、「AIに詳しい素人」が開発したシステムに依存することは極めてリスクが高く、現実的ではありません。現時点において、組織のインフラとして機能するSaaSを完全に置換することは困難です。
一方で、AIエージェントの登場により「現場のスタッフ自身がワークフローをデザインできる時代」になったことは紛れもない事実です。
したがって、特に一定の規模を持つ病院組織では、全社的なシステムの置換を急ぐのではなく、まずは個人、あるいは部署単位での「既存業務の見直しとAIエージェントによる効率化」からスタートすることになります。
先述した「Claude Cowork」など、2026年3月現在で話題となっている最新のエージェントツールに触れ、「自分自身の業務にどう活用できるか」「現在のシステムを部分的に置き換えた場合、どのような新しい業務フローが描けるか」を考える。そうした実践的なリカレント教育こそが肝要です。
まずは、そういった現場一人ひとりの「意識の変革」こそが、AIによる真のDXに向けた力強い一歩目となるでしょう。
2026年診療報酬改定(短冊)が突きつける「DXの真意」
2026年1月に示された個別改定項目、いわゆる「短冊」には、デジタル投資による職員配置基準の緩和が明確に盛り込まれました。

ICT、AI、IoTを活用することで、看護師の配置基準や医師事務作業補助体制加算の要件を柔軟化するという方針です。国は「医療者の負担軽減に資するICT導入による業務改善・効率化が実現できていれば、少ない人数で回しても良い」という明確なメッセージを送っています。
いま、経営者が問われているのは、単なる「ツールの導入」ではなく、「本当に現場は楽になっているのか?」「患者への医療価値は上がっているのか?」という、本質的なDXの在り方です。現場の課題や要望を起点としないツール(手段)先行型の議論や導入は、かえって現場に「新たなオペレーションの追加・変更」という負担を押し付けるだけにとどまってしまう可能性があります。
私たちが目指すべきは、図3にある「看護記録」「情報収集」「サマリー作成」といった間接業務にかかる時間を極小化し、患者への直接的なケア時間を最大化することに他なりません。
前編の結びに
2026年の病院経営における最大の危機は、「人が足りないこと」ではありません。「人が足りないという現実に、過去のやり方のまま立ち向かおうとすること」です。次回の【後編】では、AIを武器にワークフローを抜本的に再設計し、高収益と働きやすさを両立させるための具体的な戦略について、「AIハイパフォーマー」分析を紐解きながら解説していきます。
出典
1)国立社会保障・人口問題研究所
https://www.ipss.go.jp/pp-zenkoku/j/zenkoku2023/db_zenkoku2023/db_r5_suikeikekka_9.html
2)McKinsey&Company
https://www.mckinsey.com/mgi/our-research/agents-robots-and-us-skill-partnerships-in-the-age-of-ai










