筆者:小松秀樹
2015年7月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行
ホールディングカンパニー
ホールディングカンパニー型法人制度について、2013年11月から2015年2月まで厚生労働省の「医療法人の事業展開に関する検討会」の中で議論されてきた。ホールディングカンパニー型法人という言葉は、松山幸弘氏が、米国の医療経営者から世界第2位の医療市場を持ちながら世界ブランドの医療事業体が出現しないのはなぜかと繰り返し聞かれたことをきっかけに、米国のメイヨークリニックやUPMC(ピッツバーグ大学医療センター)など非営利型IHN(統合医療ネットワーク)を念頭に提唱したものである(1)。UPMCは医療・介護サービス、医療保険サービスを提供するのみならず、ピッツバーグ大学、カーネギーメロン大学と医学教育、最先端の研究開発で協力している。年間収益1兆円の巨大企業体であり、世界に医療システム、研修システムを輸出している。日本の医療機関や大学が対等に渡り合える相手ではない。
本来、ホールディングカンパニー型法人は連携ではなく事業統合のための仕組みである。厚労省はホールディングカンパニー型法人制度からIHN色を排除して、地域包括ケアのための連携を目的とする任意参加の制度と位置付けた。狭い地域での連携を目的とするが、日本全体に広めようとする意図が感じられる。厚労省は以下に示すように、強制力の拡大を望み続けてきた。このため、任意参加の連携のための制度としては、強制力が強くなりすぎた。
社会保障制度改革国民会議報告書
日本の行政主導の会議は、事務局が大きな権限を有しており、その意向が強く反映される。以下の文章は、13年8月の社会保障制度改革国民会議報告書について、委員の意見のまとめというより、厚労省自身が提案する大方針であるという前提で書いている。
同報告書の「医療・介護分野の改革」の冒頭には、「社会システムには慣性の力が働く。日本の医療システムも例外ではなく、四半世紀以上も改革が求められているにもかかわらず、20世紀半ば過ぎに完成した医療システムが、日本ではなお支配的なままである」と現状に問題があるとする認識が示されている。その上で、「救命・延命、治癒、社会復帰」を目指す医療から、「病気と共存しながらQOL(Quality of Life)の維持・向上を目指す医療」に変わらざるを得ないとして、地域包括ケアの推進を強く訴えている。ここまでについて異論はない。
この後が問題である(2、3)。報告書は、日本では、「医療等を民間資本で経営するという形(私的所有)で整備されてきた」ため「公的セクターが相手であれば、政府が強制力をもって改革」できることが、「日本ではなかなかできなかった」とする。しかし、行政はサービスの提供を不得意とする。行政が直接サービスを提供すると、サービス向上が望めないばかりか、費用がかさむ。
千葉県の12年度病院事業会計の決算見込みによると、病院事業全体で、収益440億円、費用427億円で13億円の黒字だとしている。しかし、収益の内106億円は負担金・交付金すなわち税金であり、民間と同じ言語を使うとすれば、93億円の赤字となる。民間病院なら1年持たずに倒産する。
医療計画の失敗
報告書は、医療計画について、「医療計画も病床過剰地域での病床の増加を抑えることはできても適正数まで減らすことはできない状況が続いている」と率直に失敗を認めている。しかし、医療計画制度の失敗はそれにとどまらない(4、5、6)。基準病床数の算定で用いられる二つの係数、一般病床の平均在院日数と性別及び年齢階級別退院率について、地方ブロックごとに異なる数字を用いてきたため、日本の医療の東西格差を固定させた。一県一医大政策、看護師養成が人口の変化を無視していたこととあいまって、大都市、特に首都圏周辺で人材不足による医療・介護の荒廃を招いた(7、8)。医療計画が失敗したのは、強制力がなかったからではなく、実情に基づいて方針を適切に変更することなく、無理な規範を掲げて、強制力を行使し続けたからである。今後、首都圏では高齢者が急増するので荒廃はさらに進む。
強制の下で人は能力を発揮できるのか
報告書は、「強制力」がなかったことを失敗の原因としている。このため、都道府県の権限を強め、「病床機能報告制度」と「地域医療ビジョン」によって、病床機能ごとの医療の必要量を実質的に行政が決めること、さらに、消費税増収分を活用した基金を創設することを提唱した。基金については、消費税増税分が診療報酬に十分に反映されていないことを合わせると、病院の収益の一部を取り上げ、それを、支配の道具に使う制度とも解釈できる。(9、10、11)。医療機関の利益率は極めてわずかである。わずかな利益をどう上手に再投資に使うのかが、経営判断になる。基金は、再投資の判断を経営者から行政が奪い取るものである。さらに、地域の連携を推進するために、「ホールディングカンパニーの枠組みのような法人間の合併や権利の移転等を速やかに行うことのできる道を開くための制度改正」を提唱した。
厚労省は着々と作業を進めている。病床機能報告制度、基金はすでに制度化された。現在、「ホールディングカンパニー」を、地域医療連携推進法人制度として実現すべく、法制化を準備しているhttp://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000072752.pdf。厚労省によれば、地域医療連携推進法人は、地域の医療法人その他の非営利法人を参加法人とし、病床再編、患者情報の一元化、キャリアパスの構築、医師・看護師等の共同研修、医療機器の共同利用、病院開設、資金貸付等を業務とする。問題は、外部からの影響力の強さである。すなわち、都道府県知事の許可がなければ、理事長職を決められない。都道府県知事は、都道府県医療審議会の意見に沿って、認可・監督を行う。また、地域関係者による地域医療連携推進協議会(仮称)を創設して、その意見を尊重させるとともに、地域関係者を理事に加えて、地域の意見を反映させる。とりわけ問題なのは、地域医療連携推進法人が、参加法人の事業計画等の重要事項について、意見を聴取し、指導または承認を行えるようになることである。
厚労省は、地域のミクロの需要まで推計し、個別法人に対する強制力を強めることでサービス提供体制を確立しようとしている。しかし、需要は、提供されたサービスの質によって大きく変化するので、前もって予測できない。強制力には利権が伴う。放置すれば、経営を知らない天下り役員がはびこりかねない。強制力が大きくなればなるほど、現場での創意工夫が抑圧される。修正が効きにくくなり、失敗の絶対値が大きくなる。
この制度は、個別企業の経営を含めてあらゆる社会活動を共産党が指導した旧共産圏を彷彿とさせる。強引に進めると、憲法で保障された法人の権利とぶつかる。参加法人に独立自尊の気概があれば、軋轢が高まり、法廷で争われる事態も生じうる。参加法人に気概がなければ、経営に対する責任を放棄し、官しか見なくなる。強制力の下では人間は能力を十全に発揮できない。地域包括ケアを発展させるのに、行政の強制力とサービス提供主体の知恵・活力のいずれが有用なのか、社会保障制度改革国民会議報告書には検討した形跡がない。
階層構造かネットワーク構造か
筆者の意見は、いわゆる「大きな政府、小さな政府」の枠組みに沿ったものではない。また、厚労省が、ルールを作って医療を管理するのがいけないと主張しているのでもない。筆者が言いたいのは、国民負担率の多寡にかかわらず、行政に対し、個別事項に関わる裁量幅の大きい権限を与えるのが危険だということである。
たしかに、法システムとしての政治・行政は、社会問題解決の最も知られた手段である。法に基づく権力で社会全体を変えようするが、法システムは、権力の暴走を防ぐため、政治・行政にさまざまな制約を課している。
厚労省は、しばしば、PDCA (計画-実行-評価-改善) サイクルを動かすことで、改善努力を重ねることを推奨している。しかし、厚労省自身、PDCAサイクルを繰り返して、改善を素早く行うことに成功したためしがない。これは無理からぬことで、厚労省、都道府県を含めて、行政は、法に基づいて行動しなければならないからである。しかも、無謬を前提とする。規範化されていない認識に基づいて、安易に改善を図ることは許されていない。
厚労省の硬直性を理解するのに、トイブナーの階層型社会についての記述(『システム複合時代の法』信山社)が有用である。
「複雑な組織は、決定過程をヒエラルキー化することを通じて冗長性を十分に作りだし―つまり同じ情報を十分に反復させ―、そのことによって決定の不確実性を縮減しようとした」
「組織の頂点への環境コンタクトの集中によって、環境に関する情報が、組織の存続を危うくするほどに欠乏することになった」
「ラドゥーア氏は、組織社会において公法が鈍重な大組織のヒエラルキー的な調整交渉メカニズムを下支えしそれを変化から規範的に防衛したときに示した硬直性を、強烈に批判した」
地域包括ケアを向上させるためには、地域の複数のサービス提供主体が、地域固有の状況を踏まえた上で連携しなければならない。国は、国を頂点とするピラミッド型の階層構造によって、国→都道府県→市町村→サービス提供主体へと同じ情報を流すことで、医療、介護、福祉サービスの統合を図る。これに強制力が伴うと、各サービス主体は行政しか見なくなり、地域の個別事情を踏まえた横方向の連携が阻害される。地域包括ケアが目指すべきは、階層構造ではなく、ネットワーク構造による多元的アプローチである(12)。
政治・行政による社会問題の解決は、内在する硬直性のために、十分な成果を期待できない。近年、これを補完する形で、NPOなどによる社会問題の非権力的枠組みでの解決が試みられるようになった。
地域医療連携推進法人が、行政の下請け機関である限り、サービスの向上は難しい。地域包括ケアをより良いものにしていくには、サービス提供主体が互いを尊重しつつ情報を交換し、行政を介することなく直接連携する必要がある。重い組織は必ずしも必要ない。経営統合するのでなければ、たいていの連携は単なるプラットフォームでも可能である。以下、連携プラットフォーム私案を示した。
連携プラットフォーム私案
1.目的
参加法人が、連携活動を行うことによって、地域のケアを必要とする人たち対する医療、介護、福祉サービスを向上させることを目的とする。
2.参加法人
参加法人は、地域の医療、介護、福祉サービスを提供している非営利、あるいは営利法人で、参加を希望するものとする。
3.地域の範囲
医療は必ずしも二次医療圏で完結していない。例えば、亀田総合病院の入院患者の60%弱は二次医療圏外の患者である。地域の範囲は、連携の内容によって異なる。範囲を固定せず、問題によって広くあるいは狭くする。
4.連携プラットフォーム
単なるプラットフォームであり、複数の参加法人の合意で成立する。同一地域に複数のプラットフォームが存在してもよい。
5.連携は各参加法人の自由意思に基づく
参加法人が、地域のケア向上に意義があり自らのメリットにもなると判断した上で、連携を成功させるために自発的に努力するのでなければ、連携によって成果を上げることはできない。
6.参加法人の独立性
参加法人は法的主体であり、権利義務を有する。最高裁判所は、八幡製鉄事件において、憲法第3章の保障する権利は性質上可能な限り内国の法人に適用されると判断した。公共の福祉に反しない限り、参加法人の権利を侵害することは憲法上許されることではない。
7.連携活動
知識の収集、議論による意見の集約、意見の公表、提案、異議申し立て、参加法人同士の合意、契約あるいは協定がありうる。個々の連携活動に、すべての参加法人が加わる必要はない。
8.具体的課題
- 外部への情報の発信
- 規格の共有 最初に取り組むべきは、地域の医療、介護、福祉施設間の情報のやり取りの規格化である。
- 機器の共同利用
- ソフトの共同利用
- 職員の出向・派遣
- 地域での医療の役割分担
- 職員の教育・訓練
- 職員のキャリア支援、転職支援
- 病院同士が許可病床のやり取りを直接行うこと
9.チェック・アンド・バランス
現場を知る活動主体による行政に対するチェックは、社会の発展に不可欠である。
例えば、米国を代表する環境保護NPOであるエンバイロンメンタル・ディフェンスは、専門家集団として、現在は各州の環境政策策定に関与して大きな成果を上げているが、かつては、各州の環境政策を批判し、訴訟作戦を展開していた。
10.プラットフォームは連携活動の当事者ではない
連携プラットフォームは、連携の場でしかない。連携活動の責任は、当該連携活動に参加した法人が負う。原則として、契約や協定などの違反は、参加法人間の紛争として扱う。
行政を含めて外部との交渉が必要な場合は、個々の連携活動ごとに当事者が担当する。
11.合理性のない非法的強制力を排する
契約や協定による行動の制限については、医療、介護、福祉サービスの向上に資するのに合理的であることを要する。連携プラットフォームにおける、合意、契約、協定は強者が弱者を支配するもの、あるいは、多数が少数の権利を奪うものであってはならない。
12.連携活動の公開
複数の参加法人が連携活動として合意し、報告・公開すれば連携活動として認知される。必ずしも、全参加法人が合意する必要はない。
13.信頼性の担保としての規格
筆者らは、亀田総合病院地域医療学講座において、地域の契約や協定が参照するための地域包括ケアの規格の作成を計画している(12)。これは、改変可能なものとしてCCライセンスhttp://creativecommons.jp/licenses/で公開予定である。規格は、合理性に基づく行為の標準化であり、地域包括ケアを検証、再現、共有可能な形で提示することで、質の保障と向上に寄与する。非権力的枠組みで社会課題の解決を図ろうとするものである。
14.信頼性の担保としての地域の優位性
少子化により自治体の消滅が危惧されるようになった。連携による医療、介護、福祉サービスの向上は地域の優位性を高める。地域の優位性が高まれば参加法人の生存確率が高まる。これが連携活動の質を高く保つのに役立つ。参加法人には、政治や行政よりよほど信頼するに足るインセンティブが共有される。政治や行政は、しばしば私益や共益で動くので、必ずしも信頼性は高くない。
15.矛盾を許容
強制力を持たず、言論を活動に含めるので、内部での意見の相違が生じうる。少数の権利を保護するためにも、連携プラットフォーム内部での意見の相違を排除しない。
おわりに
無理な理念に基づいて、社会活動の量を細かく統制しようとすれば、失敗するだけにとどまらず、その弊害は拡大し続ける。統制が官僚の権力を増大させ、権力が失敗の認識を抑圧して、実態に基づいた修正がなされないからである。
上意下達の硬直的な階層構造で統制医療を推進していくのかどうか、規制緩和を掲げる安倍政権の判断を注視したい。
文献
1)松山幸弘:非営利ホールディングカンパニー型法人制度導入はなにをもたらすか. 医療白書2014-2015;160-169, 2014.
2)小松秀樹:社会保障制度改革国民会議報告書を読む. ?医療・介護分野(上). 厚生福祉, 6041号, 2-5, 2013年12月20日.
3)小松秀樹:社会保障制度改革国民会議報告書を読む, ?医療介護分野(下)・完. 厚生福祉, 6024号, 2-6, 2013年12月27日.
4)小松秀樹:病床規制の問題1:千葉県の病床配分と医療危機. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.539, 2012年7月11日. http://medg.jp/mt/2012/07/vol5391.html#more
5)小松秀樹:病床規制の問題2:厚労省の矛盾. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.540, 2012年7月12日. http://medg.jp/mt/2012/07/vol5402.html
6)小松秀樹:病床規制の問題3:誘発された看護師引き抜き合戦. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.566, 2012年8月9日. http://medg.jp/mt/2012/08/vol5663.html#more
7)小松秀樹:埼玉県、千葉県、茨城県にメディカル・スクールを. 厚生福祉, 5875号, 4-7, 2013年3月15日,
8)小松秀樹:医療格差. 厚生福祉, 6013号, 10-14, 2013年8月27日.
9)小松秀樹:「消費税増収分を活用した新たな基金」の問題1,民から奪い、支配に使う. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.18, 2014年1月24日. http://medg.jp/mt/2014/01/vol18-1-1.html#more
10)小松秀樹:「消費税増収分を活用した新たな基金」の問題2, 私権論の現代的意義. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.26, 2014年2月1日. http://medg.jp/mt/2014/02/vol25-2.html#more
11)小松秀樹:「消費税増税を活用した新たな基金」の問題3:横倉基金と朝三暮四. MRIC by 医療ガバナンス学会. メールマガジン; Vol.60, 2014年3月8日. http://medg.jp/mt/2014/03/vol603-1.html
12)小松俊平:地域包括ケアの戦略 合理性に基づく標準化. ロハス・メディカル, 112; 27-29, 2015.
(2015年7月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 より転載)
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