社会的共通資本と医療 宇沢弘文の伝えたかったこと ~健康ゴールド免許に思うこと~

沢国際学館
占部まり

2016年12月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

社会的共通資本と関連付けて、健康ゴールド免許の取材を受けました。人生100時代の社会保障へという小泉進次郎氏が提唱した文章の一節です。提言の大筋は、終身雇用を前提とした社会保障制度を改革し、現在の情勢にあったものとする。長く働けるような社会にしていこうというものです。その文脈の中で、健康に対して努力をしていた人としていなかった人が同じ保険料を払うのはどうであろうということから、健康診断を定期的に受けている人が病気になった際の医療費の負担割合を変えるなどとして、人々の内的動機付けをしようと提言しています。
結論から言うと健康ゴールド免許が人々の健康を目指すものであればよし、医療費削減が目標ならば社会的共通資本という概念とは相入れません。この提言では、健康という誰しもが必要と感じている状態にもかかわらず、内的動機付けが必要であるということを明言しており、今までになかった着眼点であると思います。ここでは、健康維持に内的動機付けが必要であるということについて感じたことをお伝えしたいと思います。

健康ゴールド免許臨床に携わっている人なら度々経験することだと思いますが、健康に対する努力を継続するというのは非常に大変なことです。肥満があり高脂血症の人に減量を勧めて実際に減量に成功する人が少ないことなどはよくある話ですし、タバコを吸うと血圧が上がるということを患者さん自らの血圧をもって証明しても、タバコをやめる人はまずいません。高血圧を放置するリスクを懇々と説き、威かしなだめすかしても高血圧の治療を拒否する方もいます。タバコの弊害をその目で見る機会の多い循環器の医者の中にすらタバコをやめない人もいます。
内的動機を形成し維持するのは本当に大変なのです。誰しも健康に暮らしたいという気持ちを持っているに違いないのですが、それを実行そして継続するのは難しいことなのです。臨床医は、特に開業医は、その人その人にあったアドバイスをしながら、時に褒め、時に励まし、中には恫喝さえ辞さずに、その内的動機付けを維持していくことに診察時間の多くの費やしていると言っていいでしょう。

このように、人々の健康に対する意識を高めていくことは、本当に大事なのですが、なかなか難しいのです。それが悪しきものであると頭では理解していても、習慣を変えることの前には大きな壁が立ちはだかっています。なので、健康診断に通っていて医療費が少し減ったとしても、それが健康への持続的な動機付けにはならないでしょう。先の自己負担額の軽減も、一回目の支払いの際には良かったと思うかもしれませんがそれが持続するわけではありません。病院や薬局でもらう領収書にあなたはゴールド免許ですいくらか支払いが減っています、などと書いてあっても何度ももらううちに嬉しさもどんどん目減りしていくに違いありません。少しずつ変化のあるご褒美がないことにはそれを継続することは難しいでしょう。

例えば、ポイント制はどうでしょうか?みなさのお財布にも何らかのポイントカードが入っているのではないでしょうか?なんとなくポイントがたまると楽しい気持ちになりませんか?ためたポイントをフルに活用できていないのにも関わらず、新しいポイントカードをもらってしまった経験はありませんか?あまり意味がないと思っても貯まることは楽しいもののようです。

そこで、減塩食の料理教室や乳がんのセルフチェックの講座、糖尿病教室、転倒防止のためのトレーニング教室など健康維持につながる催しに、参加ポイントがつくとしたら面白いかもしれません。貯めたポイントをどのように使うかが問題となりますが、胃がんのリスクファクターを検査する7000円ぐらいの自費検査や数十万となる遺伝子検査などを対象にするのも良さそうです。ためたポイントを子ども食堂などに寄付できたり、貧困地域への支援に充てることができたら、自分の健康意識が日本のみならず世界レベルでの健康支援につながっていくという壮大なものとなりますが、夢物語でしょうか。

個人情報の観点からすると、導入には難しいかもしれませんが、ポイントカードにその人の健康状況をそこに記録しておくことができると便利です。他の病院の医師も他院で受けている治療がはっきりわかりますし、臓器移植の意志や治療をどこまで行って欲しいのかといった情報も組み込まれていれば、救急で搬送された時に大いに役立ちます。情報が膨大になると思いますが、AIの力を借りれば、フィルターをかけ必要な情報を取り出すことも可能でしょう。インフォームドコンセントというのが一般的になりましたが、一回の医師からの説明で、医学知識のない患者さんや家族が理解できるのは10~20%と言われています。簡単に共有できれば、かかりつけ医が患者さんの深い理解を保つための手助けになるでしょう。

さらに、紹介した患者さんがどのような治療を受けたのかはっきりとわかる手立てができます。そしてどのようなフォローをしていくかということも共有できます。実際患者さんの中には、自分が受けた手術をなんとなくしかわかっていないこともあります。胃を全部取った、少し取ったと言われれば医者はどんな手術であったか想像することが容易ですが、心臓の弁を何かしたみたいという表現ですと、どの弁にどのような処置をしたか詳細まではわかりません。いろいろな事情で病院を変わる際、戻る際に薬の変更などの情報が曖昧になることがあります。入院時ご持参されているものと紹介状に記載されている薬が違うということはよくあることです。いろいろな状況から推察し、処方を調整していきますが、情報が一元化されればより確実性が増していきます。

主治医の先生が気を悪くするのではないかとセカンドオピニオン外来の受診をためらう人もいますが、カードの情報があれば簡単に受診できるようになるという利点もあります。もちろん手軽になるマイナス点も吟味していかなければなりません。
これだけ医療というものが多様化しその情報量が膨大になっているとその管理を一つの病院にまかせるわけにはいかない状況です。患者さんの情報が患者さんに集まっているというのは重要でないかと思います。薬の重複処方や病院が変わるごとに検査をやり直すといった現状から抜け出す一歩になるかもしれません。

病気にはならないのに越したことはありません。誰しもがなりたくてなっているものではありません。病気と無縁の生活をするために、健康への有効な内的動機付けを探し、人々が健康に暮らせる社会を目指して議論していくのは非常に重要であると思います。内的動機付けが、うまく機能していけば、人々は健康な暮らしを長く続けることができますし、その結果医療費が削減されていきます。様々な分野で新しい治療が開発され、医療費が高額になる傾向があります。いろいろと取りざたされていますが、オプシーボの著効例を実際に見ると、目の前に苦しむ患者さんがいれば、迷うことなく投与できる環境を維持して欲しいと切実に感じます。このような形で医療費を削減し、それを先進医療にあてることはできないのでしょうか?

人々がゆたかに暮らすためには健康は欠かせません。何かの際に安心して医療を受けられるという安心感が、安定感を与えてくれることは間違いありません。その安定感がより、充実した活動に繋がっていきます。社会的共通資本の中で、医療は重要なものです。急速に高齢化が進み大きく変化していきますが、社会的共通資本という理論をもとに制度を構築していくと安定した社会になります。より多くの方に知っていただけましたら幸いです。

占部(宇沢)まり 医師
東京慈恵会医科大学卒業
メイヨークリニック ポストドクトラルフェロー(1992~4年)
地域医療の充実を目指し内科医として勤務
2014年宇沢弘文死去に伴い、宇沢国際学館 取締役に就任
2016年3月国連大学にて国際追悼シンポジウムを開催

(2016年12月12日 MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

 

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