
ニュースや資料でたびたび見かける医療・介護業界ならではの用語を解説します。今回は「医療DX」について取り上げていきましょう。
医療DXとは
医療DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、デジタル技術を用いて、医療に関連する業務やシステム、さらには組織文化や働き方までを変革し、「医療の質の向上」「患者体験の向上」「医療従事者の業務効率化」を実現しようとする取り組みです。
①医療の質の向上と均てん化
医療DXの最大の目的は、データとデジタル技術を活用して、より安全で質の高い医療を提供することです。
- データに基づいた医療(EBM)の推進: 電子カルテなどに蓄積された膨大な診療データを解析することで、より効果的で個別化された治療法の選択が可能になります。
- AIによる診断支援: AIが放射線画像や病理画像を解析し、医師の診断をサポートすることで、見落としを防ぎ、診断精度を高めます。
- 地域医療連携: 全国の医療機関で診療情報を共有する「全国医療情報プラットフォーム」が整備されることで、どの地域にいても患者さんが過去の診療履歴に基づいた適切な医療を受けられるようになり、医療提供の地域格差の解消に繋がります。
②患者体験の向上
患者さんの利便性を高め、満足度を向上させることも医療DXの重要な目的です。予約から診療、会計、アフターフォローまでの一連の体験(ペイシェントジャーニー)をデジタル技術で改善します。
- 待ち時間の削減: スマートフォンによる診療予約、Web問診、自動受付・精算機の導入により、院内での待ち時間を大幅に短縮します。
- オンライン診療・服薬指導: 通院が困難な患者さんや、症状が安定している慢性疾患の患者さんなどが、自宅にいながら診察や服薬指導を受けられるようになります。
- 情報提供の最適化: 検査結果や治療計画などを患者さん自身のスマートフォンで確認できるシステムを導入し、治療への理解と主体的な参加を促します。
③医療従事者の業務効率化と働き方改革
医療現場は、限られた人員で多くの業務をこなす必要があり、その負担軽減は喫緊の課題です。医療DXは、医療従事者を対人業務以外の作業から解放し、専門性を最大限に発揮できる環境を構築します。
この取り組みは、2024年4月から始まった「医師の働き方改革」においても中心的な役割を果たします。
- 事務作業の自動化: 診断書などの文書作成を音声入力で効率化したり、RPA(定型業務を自動化するロボット)でレセプト業務を自動化したりすることで、医師や事務職員の負担を軽減します。
- 情報共有の円滑化: クラウド型電子カルテや院内チャットツールを導入することで、多職種間の情報共有を迅速かつ正確にし、カンファレンスや申し送りの時間を短縮します。
医療DXで実現する業務変革の具体例
医療DXの目的を理解した上で、それを実現するための具体例を見ていきましょう。ここでは「診療・情報共有」「事務・管理」「地域医療連携」の3つの領域に分けてご紹介します。
診療・情報共有のDX(クラウド型電子カルテ、オンライン診療)
医療の中核である診療行為と、それを支える情報共有を効率化・高度化するソリューションです。
- クラウド型電子カルテ: 院外からでも安全にカルテへアクセスでき、在宅勤務や緊急時の対応を円滑にします。また、多職種がリアルタイムで情報共有しやすくなります。
- オンライン診療システム: スマートフォンやタブレット端末を用いて、遠隔での診察を実現します。
- AI診断支援システム: CTやMRIなどの医用画像をAIが解析し、病変の疑いがある箇所を指摘するなど、医師の読影業務を支援します。
事務・管理部門における医療DX(Web問診、RPA)
患者対応やバックオフィス業務を効率化し、人的資源をより付加価値の高い業務へシフトさせます。
- Web問診システム: 患者さんが来院前に自身のスマートフォンで問診に回答できるシステム。受付業務の効率化と、診察時の情報収集の迅速化に繋がります。
- RPA(Robotic Process Automation): レセプト点検やデータ入力といった定型的な事務作業をソフトウェアロボットに任せ、業務時間と人的ミスを削減します。
- 自動受付・精算機: 再来受付や診療費の支払いを自動化し、窓口業務の負担を軽減するとともに、患者さんの待ち時間を短縮します。
地域医療連携のDX(全国医療情報プラットフォーム)
自院だけでなく、地域の医療機関全体で連携し、シームレスな医療を提供する基盤です。
- 電子処方箋: 紙の処方箋を電子化し、全国の薬局と処方・調剤情報をリアルタイムで共有します。重複投薬や飲み合わせのチェック精度が向上します。
- 電子カルテ情報共有サービス: 国が推進する仕組みで、患者さんの同意のもと、異なる医療機関の間でカルテ情報(傷病名、アレルギー、処方など)を共有できるようになります。
2024年度診療報酬改定から見る医療DX
2024年度の診療報酬改定では、医療DXを推進する医療機関を直接的に評価する仕組みが導入され、国が本腰を入れてDXを推進する姿勢が明確になりました。
新設された「医療DX推進体制整備加算」とは
改定の目玉の一つが「医療DX推進体制整備加算」の新設です。これは、以下の基盤を整備している施設を評価するものです。
- オンライン資格確認を導入・活用していること
- 電子処方箋や電子カルテ情報共有サービスを導入していること
- マイナンバーカードの健康保険証利用について、実績を一定程度有すること
この加算は、医療DXへの投資が診療報酬として直接還元されることを意味し、病院経営においてDXがコストではなく収益に貢献する要素となったことを示しています。
医療情報基盤の整備が経営上の評価に直結
この加算以外にも、診療情報をデータとして提出することを評価する「データ提出加算」の要件が見直されるなど、医療情報の標準化とデータ活用が、今後の病院経営の評価軸としてますます重要になっていきます。医療DXは一部の先進的な病院だけの取り組みではなく、すべての医療機関が取り組むべき経営課題であることを明確に示唆しています。