
医師法は、医師の職務や資格を定める、医療の根幹をなす法律です。病院経営においてコンプライアンスを徹底し、運営上のリスクを回避するために、重要な条文について正しく理解しておきましょう。
医師法とは
医師法は、医師の任務や免許、業務、罰則などを定めた法律です。医療の適正化を図り、国民の健康な生活を確保することを目的としています。
医師法の目的と全体像
医師法は、医師の資格を定めてその職務の適正化を図ることで、医療水準を確保し、公衆衛生の向上に寄与することを目的としています(医師法第1条)。 具体的には、以下のような内容が定められています。
- 医師の任務
- 医師免許の取得・欠格事由・取消し
- 医師試験
- 医業を行う上での義務(応召義務、処方箋の交付義務など)
- 罰則
病院経営者にとっては、所属する医師がこれらの義務を遵守できるよう、適切な環境を整備する責務があります。
病院経営における医師法の重要性
医師法の各規定は、日々の病院運営に密接に関わっています。特に、患者からの診療要求への対応や、警察への届出義務などは、判断を誤ると病院全体の信頼を損なうだけでなく、法的な責任を問われる可能性があります。 医師法への理解を深め、遵守することは、医療の質と安全性を担保し、安定した病院経営を行うための基盤となります。
医師法の重要条文
医師法には多くの条文がありますが、ここでは特に病院経営において重要となるポイントを解説します。
第19条「応召義務」:正当な理由なく診療を拒んではならない
医師は、患者から診療の求めがあった場合、「正当な事由」がなければ、これを拒んではならないと定められています。これは「応召義務」と呼ばれ、医師の公的な責任を示す重要な規定です。
「正当な事由」に該当するかどうかは、個別の状況に応じて判断されますが、単に「診療時間外だから」「専門外だから」といった理由だけでは、直ちに正当な事由とは認められない可能性が高いとされています。緊急性などを考慮し、少なくとも応急処置を行う、他の医療機関を紹介するなどの対応が求められます。
厚生労働省は、応召義務に関する通知(医政発0724第1号 令和元年7月24日)で、「患者の迷惑行為」や「医療費不払い」などについても、直ちに診療拒否の正当な理由とはならず、状況に応じた慎重な判断が必要であるとの見解を示しています。病院としては、応召義務に関する院内での対応方針を明確にし、マニュアルを整備しておくことが重要です。
第20条「無診察治療等の禁止」:対面診療の原則
医師は、自ら診察しないで治療をし、診断書や処方箋を交付してはならないと定められています。これは、対面での診察を原則とするものです。 近年、情報通信機器を用いたオンライン診療が普及していますが、これも厚生労働省の定めるガイドラインに沿って適切に行う必要があります。安易な無診察での医薬品処方などは、この条文に違反するリスクがあります。
第21条「異状死体の届出義務」:発見から24時間以内の届出
医師は、死体を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならないと定められています。 「異状」の判断は、外因死(事故、自殺、他殺など)の疑いがある場合に限らず、死因が明らかでない場合や、予期せぬ急死なども含まれる可能性があります。届出を怠ると法的な責任を問われるため、院内で判断基準やフローを確立しておくことが重要です。
第24条「処方箋の交付義務」:患者への情報提供
医師は、患者に治療上薬剤を投与する必要があると認めた場合、患者またはその看護者に対して処方箋を交付しなければならないと定められています。 これは、患者が処方内容を把握し、どの薬局で薬を受け取るかを選択する権利を保障するものです。正当な理由なく処方箋の交付を拒むことはできません。
医師法違反のリスクと罰則
医師法に違反した場合、医師個人だけでなく、管理責任者である病院経営者も責任を問われる可能性があります。罰則には行政処分と刑事罰があります。
行政処分(医業停止・免許取消し)
医師としてふさわしくない行為があった場合、厚生労働大臣は、「戒告、3年以内の医業の停止、または免許の取消し」といった行政処分を行うことができます。 応召義務違反や虚偽の診断書の作成などが、処分の対象となる可能性があります。
刑事罰(罰金・懲役)
医師法の特定の条文には、刑事罰が定められています。
- 無診察治療等の禁止(第20条)違反: 50万円以下の罰金
- 異状死体の届出義務(第21条)違反: 50万円以下の罰金
- 無資格者の医業禁止(第17条)違反: 3年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金、またはその両方
これらの違反行為は、病院の社会的信用を著しく損なうため、絶対に避けなければなりません。
医師法遵守のために病院経営者が取り組むべきこと
医師法を遵守し、健全な病院経営を続けるためには、以下の取り組みが重要です。
院内マニュアルの整備と周知徹底
応召義務や異状死体の届出など、現場で判断が求められる事項については、具体的な対応フローを定めたマニュアルを整備しましょう。そして、その内容を全職員に周知徹底することが不可欠です。
顧問弁護士との連携体制構築
法的な判断に迷う事案が発生した際に、すぐに相談できる顧問弁護士との連携体制を構築しておくことは、リスク管理において有効です。問題が大きくなる前に、専門家の助言を仰ぐことができます。
医師法の遵守は病院運営の基本の「き」
医師法は、すべての医師が遵守すべき基本的なルールであり、病院経営の土台となる法律です。特に応召義務や異状死体の届出義務などは、病院の信頼に直結する重要な規定です。 病院経営者には、医師法の内容を正しく理解し、所属する医師や職員がそれを遵守できるような体制を構築する責任があります。院内マニュアルの整備や定期的な研修を通じて、コンプライアンス意識を高め、患者から信頼される病院経営を目指しましょう。