
医療機関からは「当院は残業がないので、医師の働き方改革に特に困っていることはありません」との声が多く聞かれます。しかし、残業がないと思われていても、自己研鑽と労働時間の区別が曖昧な作業時間が存在し、それらを厳密に計算した結果、残業代が発生する可能性があります。最悪の場合、労働基準法違反や未払い残業代の発生リスクがあります。
今回は、医師の働き方改革における労務管理で陥りがちな注意点の一つとして、自己研鑽ルールの明確化についてご紹介いたします。
自己研鑽の考え方の指針を確認
令和元年7月1日基発0701号第9号労働基準局通達では、自己研鑽の労働時間該当性についての切り分けや自己研鑽を内容によって類型化した上で、類型ごとの考え方の指針が示されています。
自己研鑽の労働時間該当性に関する基本的な考え方
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことをいい、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たる、とされております。
医療機関が「自己研鑽」と考えている時間であっても、その時間が使用者の指揮命令下にあると見なされる場合には、その時間を労働時間として扱うことが基本的な方針です。
おさえておくべき重要なポイントは以下の点です。これらに注意し、認識の相違が出ないように取り決めを行ってください。
業務との関連性があるか否か
制裁等の不利益があるか否か
上司の明示・黙示の指示があるか否か
厚生労働省の類型ごとの指針まとめ
厚生労働省から自己研鑽を内容によって類型化した上で、類型ごとの考え方の指針が示されています。
①一般診療における新たな知識、技能の取得のための学習
診療の準備や診療後の後処理は、労働時間として扱われる可能性が高いです。ただし、上司からの明示または黙示の指示がなく業務上必須ではない行為を、所定の労働時間外に、本人の自由な意思に基づいて自ら申し出て行った場合、その行為は労働時間として取り扱われません。
例:診療ガイドラインの勉強、治療法や新薬についての勉強、自らが術者等である手術や処置についての勉強
②博士の学位を取得するための研究及び論文作成や、専門医を取得するための症例研究や論文作成
業務上必須でない限り、上司や先輩から論文作成を奨励されても、個人の自由意思に基づき、所定労働時間外に自ら行う場合は、労働時間に該当しません。ただし、大学付属病院などに勤務する医師の場合には注意が必要です。
例:学会や外部の勉強会への参加・準備、院内勉強会への参加・準備、本来業務とは区別された臨床研究に係る診療データの整理・症例報告の作成・論文執筆等
③手技を向上させるための手術の見学
上司や先輩から論文作成などを奨励されている場合でも、業務上必須でない限り、自由な意思に基づいて所定労働時間外に自ら行っている活動は労働時間には該当しません。ただし、実際に診療やその補助に関わった時間は労働時間となります。
例:手術・処置等の見学の機会の確保や症例経験を蓄積するために、所定労働時間外に見学を行うこと等
自己研鑽のルールと労働時間の該当性を明確化する手続・環境の整備
医師にとって、この作業時間が労働時間に該当するのか、自己研鑽として労働時間に含まれないのかが不明確であると、安心して働くことができず、労務管理においても不便が生じます。厚生労働省が示している指針を参考に、自己研鑽のルールを明記し、実施した場合の申告方法も定めておきましょう。
就業規則や雇用契約書に自己研鑽に当たる項目を追記する場合
「労働時間」の条文に、「労働時間とは職員が法人(管理者)の指揮命令下にある時間を指し、所定外労働時間中に上司の指示によらず診療上必要とは判断できない行為(自身の論文執筆や研究など)については、労働時間とみなさない」といった抽象的な表現も可能です。また、自己研鑽とみなされる行為を具体的に列挙することも考えられます。
自己研鑽のルール化については、厚生労働省の指針を基に、医師とのトラブルが発生しないように定める必要があります。これまでの状況を踏まえ、無理のないルールを就業規則と雇用契約書に記載するようにしましょう。