本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材します。
著者:小山晃英(こやま・てるひで)/病院マーケティングサミットJAPAN Academic Director
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門
さまざまな病院広報担当者と広報誌について情報交換すると、必ずと言っていいほど話題になるのが、鳥取大学医学部附属病院が発行している「カニジル」です。全国の病院広報担当者が注目するカニジルの作成秘話について、鳥取大学医学部附属病院(697床、鳥取県米子市)広報・企画戦略センターの大川眞紀さんにお話しを伺いました。
「カニジル」は蟹汁…?インパクト抜群の名称由来は?
――2020年12月に開催した病院マーケティングサミットJAPAN2020では、「医療にもっとクリエイティブを〜病院広報いとをかし〜」のセッションコメンテーターとしてご登壇いただき、ありがとうございました!病院広報誌「カニジル」は、病院マーケティングサミットJAPAN2019にご参加いただいた時に拝見しましたが、その後もいろいろなところで噂を耳にします。今日は、そのカニジルの誕生から作成に至る秘話を取材できるということで、楽しみにしておりました。
先日の病院マーケティングサミットJAPAN2020の登壇、とても楽しかったです!視聴者としてもさまざまなセッションがあり、カニジル作成にも活かせるヒントがありました。本日は、カニジルにスポットをあてた取材ということで、なんでもお答えしますよ!
――では、張り切ってカニジルが病院広報誌として注目される秘訣を聞き出したいと思います。まずは鳥取大学医学部附属病院の広報・企画戦略センターの位置付けと、カニジル誕生の経緯を教えてください。
鳥取大学医学部附属病院の広報・企画戦略センターは、2014年に開設し、当初は病院長直轄の病院広報組織として作られました。2019年に鳥取県出身の結城豊弘さん(読売テレビの報道局兼制作局部長待遇チーフプロデューサー)が、鳥取大学医学部附属病院の特別顧問に就任し、病院のブランディングや情報発信方法を見直すなかで、当時の病院広報誌「ささら」もリニューアルすることになったんです。
「ささら」は、当院の取り組みや病気についての情報を発信する媒体として位置付け、内製していましたが、形骸化しつつありました。結城さんの発案で、病院広報誌であっても “雑誌”として読み応えのあるものにするために、雑誌制作のプロに依頼しようということになり、企画立案から作成まで行う専属チームが作られました。
編集長にノンフィクションライターの田崎健太さん、副編集長に元雑誌の編集者の永井万葉さん(当時)、カメラマンに東京で活躍する中村治さんを迎え、地元のグラフィックデザイン事務所dm design store(D-MAGIC)さんと、我々広報・企画戦略センター3名(中原由依子、西海美香、大川真紀)が編集チームとなり、始動しました。現在は新しくノンフィクションライターの三宅玲子さん、表紙デザイナーとして三村漢さんがメンバーに加わっています。
――病院広報ではなかなか珍しいチーム体制ですね。よくある内製ではなく、本当に雑誌を作るごとく役割がきちんと定められたメンバーを招集したチーム作りから、新しい広報誌の作成が始まったわけですね。
名称の「カニジル」は、インパクトがありますよね。どのように決められたのでしょうか?
ネーミングに関しては、一人複数個の案を出し合い、ブレインストーミングしながら進めました。普段、病院に関わらない人には、医療の垣根は高いかもしれません。そこで、医療の世界を「いかに知ってもらうか」→「いかに知る」→「カニジル」となりました。
また、カニ水揚げ量日本一を誇る鳥取の認知度向上のため、鳥取県境港市にある米子空港で、期間限定ではありましたが、カニのだし汁がでる蛇口が設置されたことがありました。カニジルは、鳥取県民にとっても馴染みがあり、全国にアピールする上でもインパクトがあるのではということになり、採用されました。
――とてもユニークな名称だと思います。鳥取県知事も会見でダジャレ入れるイメージがありますが、鳥取県には、ユーモアが文化として根付いているのですか?
確かに、鳥取県は“目立たない県”として有名になりつつあることを逆手に自虐的な笑いとする文化があるので、ユーモラスな考え方が浸透しているのかもしれないですね(笑)。カニジルを皆様に愛される存在にしたいので、名称からでも興味を持っていただけるのはありがたいです。
編集会議では、スタッフは特集ごとに1人5本の企画案を準備
――カニジルは、ネーミングだけでなく、中身もすばらしいです。どのような狙いで構成されているのですか?
カニジルは、次の3つの大きな柱で構成しています。
- ヒト(スタッフ)にスポットする
- 医療のファクトを伝える
- 医療と直接つながりのない人でも、面白く読める記事を作る
企画会議では、特集1つにつき一人5本の企画案を準備します。その中で、どの内容がいいか、チーム全体で決めます。
――密度の濃い企画会議ですね。それだけの企画案を毎回準備するのは大変ではないですか?
大変です(笑)。前に却下された案をそっと再提案したこともあるのですが、すぐに見つかりまして……。現在は、毎回新規案を提案することになりました。医療従事者がいない編集チームですので、純粋に病院外からの視点を持って、このような情報が発信されたら面白いという案が次々出されます。
編集チームはプロの人材が集まっていますので、とても刺激になります。今では、日常業務の最中に、カニジルの企画案として使えるネタ探しをする習慣ができました。
――1つ目の柱「ヒト(スタッフ)にスポットする」からお聞きします。どの表紙もスタッフの写真となっていますね。
まずは院内スタッフの人となりがわかるような記事を作ることを目指しています。職種は問わず、発信する情報としてその人の業務内容だけではなく、考え方や現在の勤務に至るまでの経緯など個人のストーリーを重視しています。
――これまでに看護師、医師、クラークと幅広い職種を取りあげていますよね。その人がどのように歩んで来たかが伺え、ヒトの魅力がすごく伝わる内容で、読者をファンにさせてしまう力があると思います。取り上げるスタッフの方は、どのように選出されているのですか?
部署からの推薦ではなく、院内でキャッチした情報をもとに、病院長の意見も踏まえながら、「この人にスポットを当てたい」と思う人にお声がけしています。院内スタッフからもカニジルは好評で、ブランド化されてきていますので、最近では取材を快く受けていただけるようになりました。
医療従事者がいない編集チームだからこそ伝えたいこと
――続いて、2つ目の「医療のファクトを伝える」は、カニジルの名称の由来、「いかに知ってもらうか」につながるのでしょうか?
そうですね。情報過多のこの時代に、正確な情報をいかに選び取っていけるかは重要な課題です。特に医療の情報は、一般の方には伝わりにくかったり、誤った内容で世の中に拡散されていたりすることもあるため、カニジルは医療のファクトを伝えることを使命としています。
――「がん治療」、「妊活」、「予防接種」、「服薬アドヒアランス」、「擬似医療」など、多くの方に知ってもらいたいテーマをバランス良く扱われていていますね。また、読んだ人が理解しやすいとても丁寧な記事になっていると感じました。テレビ番組などでは、個人の経験やコメンテーターなどの出演者個人の意見が主張されがちですが、カニジルはあくまでファクトを発信されています。記事は読み返すこともできるので、正確な知識を得てもらうための情報発信としは、活字は価値があることを再認識しました。
医療従事者がいない編集チームだからこそ、自分たちも知りたい内容で、なおかつ社会で話題とされるようなテーマを選ぶようにしています。記事の内容は、ファクトを届けるために、臨床現場の方々に確認をしながら作成しています。
病院長と俳優・映画監督との対談企画が人気
――3つ目の柱である「医療と直接つながりのない人でも、面白く読める記事を作る」は、どのような狙いがあるのですか?
病院広報誌ですが、「1つの雑誌として成り立つ」ものをつくることを意識していますので、医療に関することだけでなく、読んで面白いと思っていただけるコンテンツでありたいと考えます。その中の一つとして、原田省病院長の対談企画があります。これまでに、俳優の佐野史郎さんや甲本雅裕さん、映画監督の錦織良成さん、女優の戸田奈緒さんなど多岐にわたる方々との対談企画がありました。
――いずれもとても面白い対談記事でした。原田病院長のフットワークの軽さもすごいですね。
原田病院長は、広報・企画戦略センターへ、“とんがったものづくり”を求めており、病院の広報活動参加についても積極的です。対談企画では、対談相手の人生に触れながら、その方の魅力を引き出すのが上手ですし、対談のテーマが病院外のことから始まっても、自然に医療の世界に落とし込んだ内容に発展することも珍しくありません。
毎号1万部を発行!記事はオンラインビジネス誌にも掲載するほどの完成度
――設置場所は院内以外では、どのような場所があるのですか?
近隣のカフェや飲食店、地方銀行など今までのつながりがあった場所に設置させていただいています。ウェブ上でも、カニジル専用サイトも病院ホームページ内に作成し、記事やバックナンバーを公開しています。
また編集長の田崎健太さんのご縁で、田崎さんがカニジルで執筆した記事や、カニジル編集部の記事が、PRESIDENT Onlineにも一部掲載されています。鳥取県以外からのアクセスも増え、雑誌図書館である大宅壮一文庫からもカニジル設置のご依頼をいただいたり、今まで情報がお届けできていなかった地域の方から送付のお問い合わせをいただいたりするようになりました。
――ホームページにアップされているものを見ている病院広報関係者は多いと思いますよ。発行部数はどのくらいですか?
第1号は6,000部の発行でしたが、すぐに4,000部の増刷が決まりました。第2号以降は、10,000部発行しています。
――第1号で1万部をすぐに超えるとは、一般の雑誌顔負けの発行部数ですね。年間の発行回数は決められているのですか?
年3回の発行です。当初は何月に発行するという明確なことは定めていなかったのですが、一定のサイクルで企画から作成まで進むようになってきていますので、大体の発行月も決まってきていますね。第6号は2021年1月に発行しました。
――年明けからホームページをちょくちょくチェックして、第6号がアップされたらすぐに読みます。今後もカニジルの快進撃を楽しみにしています!
ありがたいことに2019年の日本タウン誌・フリーペーパー大賞で、カニジルが企業誌部門で最優秀賞をとりました。今後も編集チーム一丸となり、カニジルをパワーアップさせていきますので、お楽しみに!
<取材をしてみて>
「カニジル」に掲載される記事のテーマは多彩です。直近では、鳥取大学医学部附属病院で改刷されたフェイスシード(ORIGAMI)やマウスピース(オーラルシェア)、人工呼吸器回路カバーFIT(フィット)などの作成秘話や、院内保育のルポなどもありました。どの内容も、登場人物のストーリーの書き方が秀逸で、魅力的でした。
雑誌を作るための専属チームが作られているため広報誌としての完成度はとても高いのですが、それだけでなく、編集チームの鳥取への愛が感じられます。鳥取大学医学部附属病院特別顧問の結城さんは、同院で手術をされた経験があり、カニジルではその体験談もつづられています。編集チームには鳥取に縁のある方が多いですし、編集者それぞれの言葉も毎号のカニジルに掲載されていて、編集者のストーリーも伝わります。読めば読むほど、鳥取県にも鳥取大学医学部附属病院が好きになり、ファンになってしまう広報誌です。病院の魅力を伝えるだけに留まらず、地域づくりにも貢献していると感じます。ぜひみなさまもカニジルを読んでみてください。
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