病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。
著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長
目次
病院長は、役員会という“制約”の下で成果を上げなければならない
この春、新たに病院長としてのキャリアを歩み始める方も多いでしょう。組織のトップに立ち、責任の重さをかみしめながらも、「ようやく自分の理想とする病院づくりができる」と意気揚々とされているかもしれません。しかし、そんな気分に浸るのも束の間、病院長には実は手強い“上司”が存在することにすぐに気づくことになります。
これまで副院長だった方は、上司は病院長1人だったかもしれません。しかし、病院長の上司は複数人。しかも必ずしも医療人ではなく、病院のことを全く理解してくれない方々ということもありえます。そう、「役員会」です。(名称は理事会、議会など多様です)
役員会に向き合うことは、病院長の重要な仕事です。しかし、役員会という“制約”の下で成果を上げるのは至難の業とも言え、大きな困難が予想されます。
今回は、この役員会にどう対峙していき、どのようにして味方にしていけばいいか、お伝えしたいと思います。
非医療者も選任される役員会。医療界の常識は通用しない
まず、相手の視点を理解しましょう。役員会にはどのようなメンバーがいるでしょうか。
多くの法人組織では、医療職以外の役員も選任されます。したがって、医療界の常識が通用しない場面は珍しくありません。医療政策と逆行するような「外来患者をもっと増やせ」「治療終了後もより長期の入院を増やせば、稼働率も上がるし、患者も喜ぶ」などの注文を本気でされることも、病院運営が立ち行かなくなるような提案をしてくることもあります。
また、立ちはだかる壁は非医療者だけではないのです。前病院長が役員会メンバーに残り、そのトップに就いている場合、病院長時代とは異なる主張を繰り広げる可能性も十分あります。立場が異なれば、ものの見方・考え方は変わらざるを得ないからです。
役員会の意見が、現場の要望・経営者の判断とは真逆のものになることはよくあります。
現場は増員を切望し、病院長が「増員は医療の質の向上が図れるだけでなく、診療報酬により増収になる」と判断しているにもかかわらず、役員会からは増員を認められない――。そんな悔しい経験をされるかもしれません。
法人の中で病院は稼ぎ頭です。一方で、転ぶと大怪我をしてしまう、財務リスクを抱えた存在でもあります。病院収入の約半分が人件費であることを踏まえれば、役員会としては安易な人員増が認められないのも当然なのです。
役員会の構成メンバーには、組織における公式な権限があり、軽んじてよい存在ではありません。たとえ医療の素人であってもそれぞれの道を究めた方が集っており、ご自身の発言には揺るぎない自信があります。病院長の任命権も有しているでしょうから、命令に従わないわけにも、対立するわけにもいきません。
とはいえ、すべて役員会の言う通りにしていたら、病院長の理想とは程遠くなってしまう危険性もあります。
それでは、病院長はどう対応すべきなのでしょうか。
情報開示を徹底し、メンバーとの対話を増やす
1つ目のポイントは、役員会へのディスクロージャー(情報開示)を徹底することです。企業経営でも、所有者である株主に対して、事業や財務内容の定期的な情報開示が求められます。病院でも同様に、説明責任をきちんと果たし、透明性を確保することが必須です。
特に、悪い情報はいち早く伝えましょう。つい後回しにしてしまいたくなるものですが、一度信頼を失えばあらゆる権限を奪われる可能性もあります。
2つ目のポイントは、役員会メンバーとのコミュニケーションをできるだけ密にし、対話の機会を増やすこと。自分の考えや信念と異なったとしても、傾聴する姿勢は保ち続けるべきです。それぞれの立場によって論理・主張があるのですから、まずはいったんその言葉を受け止めましょう。
それぞれ経験・実績が豊かな方たちですから、第三者として有用な意見を言ってくれることも多いはず。組織について常識的な見地から貴重なアドバイスをもらえるかもしれません。対話の中で、医療について理解を深めてもらい、建設的な議論ができるように導くことも、医師である病院長ならではの役割です。よき相談者・理解者を増やすべく、話し合いを続けましょう。
会議などでの議論だけでなく、非公式のコミュニケーションも重要です。普段は厳格でとっつきにくい役員会メンバーも、異なる一面を見せてくれるかもしれません。どうしても理解が得られない場合は、第三者という刺客を送り込み、自らの意見に説得力を持たせることも有効です。
小さな成功を積み重ね、役員会の信頼を得よう
2つのポイントを挙げましたが、役員会との関係性において最終的に大事になるのは、「あの病院長に任せておけば大丈夫」と思わせられるかどうかです。そのためには、やはり病院長として結果を出す必要があります。
ただ、病院経営は長距離走。焦ってスタートダッシュを切ろうとしないでください。病院長自身が息切れしてしまっては意味がありませんし、役員に結果を示すことだけを考えて、無理に物事を進めようとすると、脱落する職員が続出してしまいます。徐々にスピードを上げるなどの配慮をしないと、組織が1枚岩にならないばかりか、大切な職員を失うリスクもあるのです。
組織はご自身の任期後も継続しますから、「自分はあくまでも中継ぎでしかない」ということを忘れずに。病院長に求められるのは、未来を見据えた病院経営を展開することです。小さな成功を1つ1つ着実に積み重ねて、役員会の信頼を得ていきましょう。
ただ、役員会にどんなに真摯に説明し、信頼を得る努力を重ねても、「この点はどうしても理解を得られない」ということもあるかもしれません。時には「自分の世代では変えられなくても、いつの日か来る理想を夢見て歩み続ける」という覚悟と割り切りも必要です。うまくいくことばかりではないですが、そんな現実も受け入れた上で、一歩一歩前に進む気力を維持していきましょう。
【筆者プロフィール】
井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。
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