病院長は“裸の王様”。皆が事実を伝えてくるとは限らない―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(3)

病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

病院長に集まるのは「悪い情報」ではなく「いい情報」

病院長に就任したら「病院に関する正確な情報を、すべて適切に入手できる」と思いがちですが、現実は程遠いものです。

確かに病院長のもとには、多くの情報が洪水のように押し寄せ、就任前は予想できないくらい様々なことを耳にするようになります。
ただ、信頼に足る情報ばかりではありません。もちろん病院長になる程の方なのだから、選球眼には自信をお持ちでしょうけれど、「正しい情報を識別できる保証はない」と肝に銘じておくべきです。

病院長が「話を聞きたい」と言えば、院内に断る人はいません。しかし、病院長には悪い情報よりも、いい情報が伝えられがちだということを忘れないでください。
発言者は「うかつなことを言えば、評価や昇進にかかわるのではないか」と考えますから、どうしても防衛本能が働きます。嘘をついたり、何かを隠したりする意図がなかったとしても、情報には偏りが出るのです。(実際には、病院長に人事権などの決定権があるとは限らず、間接的な影響力しかないことも多いですが……)
裸の王様にならないよう、細心の注意を払う必要があります。

また、「誰からの情報か」という点にとらわれすぎない方がいいでしょう。
例えば、病院長の立場を脅かそうとする敵陣営。つい構えてしまいがちですが、情報や提案が間違っているとは限りません。否定的な言葉だったとしても、経営者として実行すべきことを適切に提案している可能性は十分にあります。
それを無視していては、病院を成長軌道に乗せることはできませんし、組織の軋轢がより大きくなる危険もはらみます。

一方で、腹心である側近からの情報も鵜呑みにしないことをお勧めします。現場から上申され、側近に届くまでの間には様々なフィルターがかかっているからです。「この人が言うことだから」と盲目的に信頼すれば、適切な判断ができなくなります。
「特別な有益情報」にも要注意。病院長になった瞬間に、それまで接点がなかった院内外の人たちが急に目の色を変えて近づいてくるようになります。

自院の将来を考える時間を確保するためには、情報を取捨選択するしかありません。しかし、皆が新院長の一挙手一投足に注目しているので、聞く耳を持たない素振りをすれば、悪い噂はすぐに広まってしまいます。傾聴する姿勢は忘れないでいたいものです。

一人で現場に出向き、公式ラインを超えた声を拾おう

さて、組織のトップとしては職員の声に耳を傾けつつ、振り回されてはいけません。中長期的な視点を忘れず、自らの判断で意思決定するのが病院長の役割です。

現場からの要望で最も多いのは、「人手不足だから増員してほしい」というものでしょう。「医療の質が低下する」「医療事故が起きるかもしれない」「職員の不満が募り、大量退職が起きかねない」などの声です。

確かに「医療の質」や「安全」は病院にとって何よりも大切です。しかし、現場にとっては増員を求める際の伝家の宝刀。誇張して伝えている可能性もあります。

現場の声を鵜吞みにして増員し続けると、人件費比率は際限なく上昇し、財務状況は悪化の一途をたどります。将来、本当に必要な人員を配置できなくなってしまうかもしれません。

押し寄せる様々な情報を精査し、本質を見抜くためには、院内のあらゆる部署にアンテナを張る必要があります。組織の公式な指揮命令系統から、事実が伝わるとは限りません。まずは自ら現場に頻繁に出向き、公式ラインを超えた声を拾いましょう。

この際、部下を引き連れた「病院長御一行」での訪問は、現場を委縮させる可能性があり望ましくありません。現場の最前線で働く若手からの意見も細かいニュアンスを含めて吸収したいので、基本的には一人でふらっと訪れます。

これは、武蔵野赤十字病院の泉並木院長も実践されています。

「時間も決めずに、不意打ちで行くと現場がよくわかる。人間関係ができていないと難しいと思うが、それぞれが困っていることを話してくれる。(中略)誰かを通して話を聞くと、その人の視点でしかわからないだろう」
(「検証 コロナ禍の病院経営―after COVIDに向けて持続可能経営への舵取り」井上貴裕著/ロギカ書房)

泉院長がおっしゃるように、一朝一夕で様々な情報が入るわけではなく、時間をかけて現場との関係構築が必要です。最初は周囲に意図が伝わらず、批判の声が挙がるかもしれませんが、くじけずに継続して常態化していただければと思います。

情報の精査、取捨選択の日々に疲れることもあるでしょう。そんなときはぜひ、他の病院長との対話の機会を大切にしていただきたいです。病院長なら誰しも、多かれ少なかれ似通った境遇にあります。双方の経験からの学びや共感は、互いの栄養剤に、そして精神安定剤になるはずです。

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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