現場からの増員要望にどう向き合う?「理想の医療」と「現実」のバランスのとり方とは―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(5)

病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

2022年度診療報酬改定でも評価される「手厚い人員配置」

医療材料には、一つを採用する際に既存の材料を一つ削減する「一増一減」という考え方があります。しかし、ヒトは一増一減という訳にはいきません(医療材料でも難しいことが多々ありますが)。

病院経営において最も大切なのはヒトです。たくさんヒトを採用して、患者のためにいい医療を提供することが理想です。経営者の役割は、優秀な人材を採用・育成し、活躍できる場をつくることでしょう。
一方で、ヒトを増やし過ぎると、財務状況は赤字に陥ってしまいます。ヒトへの投資は他の投資と異なり、いったん始めると簡単に中止できないため、慎重な判断が求められます。今回は、この「ヒトの増員・配置」の判断の仕方について考えてみましょう。

診療報酬の改定で、手厚い人員配置に加算が付くことはしばしばあります。ただ、多くは個別の加算で人件費の全てを賄えず、医療機関の持ち出し部分が増加します。厳しい財務状況の中でヒトを増やすのは容易ではありません。

2022年度改定でもICUについて、手厚い人員配置と重症患者対応を評価した重症患者対応体制強化加算が新設されました。これは理想のICUが表現された一形態なのでしょうが、現実的に対応できる病院は多くないでしょう。

ただ、「現実的でない」と経営者が考えても、現場のスタッフはそう思わないかもしれません。今回の改定を受け、「これらの届出を目指すことが理想の集中治療であり、是が非でもそれを目指すべき」「これだけ高い点数が付いているのだから、加算を取らない選択肢はない」と主張し、メディエイターの配置をも求めてくる可能性はあります。

この他にも2022年度改定では、麻酔科医、看護師、薬剤師等の術後疼痛管理チーム加算が新設されています。また、地域包括ケア病棟においても、許可病床100床以上で入退院支援加算1の届出を行わない場合には10%の減算となりました。
現場は、国の目指す姿に応えようと体制整備などを必死に努力し、経営陣に人員配置を訴えかけてくるでしょう。

また、数だけの問題ではすみません。
今改定では働き方改革において重要な鍵を握る医師事務作業補助体制加算に、大幅な変更が加えられました。加算1の配置基準が、「外来または病棟で8割以上」から「同一医療機関において3年以上の経験を有する者を5割以上」に変更になったのです。

今まで有期雇用など時限的な採用をしていた病院は、加算1の届出ができなくなるため、現場から「常勤で採用すべきだ」という声が上がることも考えられます。常勤雇用に転換すると中長期的には給与費増となるため、許容できない施設もあるでしょう。

現場の要望通りに増員し続ければ、組織は肥大化の一途をたどる

診療報酬改定のタイミングに限らず、時間外勤務が非常に多い部署で増員が行われることは多々あります。しかし、一度増員すればそれが既成事実となり、「結局新たな仕事が生み出され、時間外勤務の減少につながらなかった」というのはよくある話です(なお、増員したからには、費用対効果の事後検証が不可欠です)。

新たな仕事が付加価値を生むものであればもちろん問題ありません。しかし現実は、旧態依然と業務を引き継ぎ、必ずしもやらなくてもいい仕儀を継続するなど、ゼロベースでの発想に欠ける作業が多いのも病院の特徴でしょう。

増員により、医療の質が向上するなどの効果が期待できたとしても、その効果検証は容易ではありません。
また、製造業や一般のサービス業であれば、高品質の物・サービスを提供することによりブランドが生まれ、プレミアム価格を付けて、さらなる顧客を創出することもあるかもしれません。しかし、医療は違います。需要が限られていることに加え、保険診療には公定価格という制約があります。付加価値向上を価格に転嫁することはできないのです。(※)

このような背景から、多くの病院は「現状の定員を超えた人員増は難しい」という前提で運営されています。そのため現場は増員要望をする際に、それなりの根拠資料を用意してくるはずです。もし経営陣が「絶対増員しない」というスタンスをとっていたら、あえて2名増員など多めに要望し、落としどころを狙う現場担当者もいるかもしれません。

現場から「これだけ頑張っているのだから、増員は不可避」と真摯に訴えられると、その熱意についほだされそうになります。経営者としても、短期的に見ると増員してしまった方が職員の不満は抑えられ、対応は楽になるわけです。とはいえ、職員の理想通り、要望通りに増員していけば、組織は肥大化の一途をたどります。人件費比率は上昇し、財務状況はマイナスに転じるリスクがあります。

「本当に必要なヒトは誰なのか」を把握し、戦略的に配置する

もちろん、一概に「増員しない方がいい」と言っているわけではありません。
どの病院も優秀なヒトがいれば採用したいはずですし、中には喉から手が出るくらい必要としている人材もいるかもしれません。お伝えしたいことは、本当に必要なヒトは誰なのかを把握し、そのヒトをどのように、どれだけ配置するべきか戦略的に判断しなければならないということです。

では、どう把握し、判断したらよいか。
まずは現場感を持つことです。現場に何度も足を運び、職員の息づかいを感じ取りましょう。ただ、どの部署でも職員は忙しそうに見え、「『手抜きをして休んでいる人がいるのに、人員増の要求をしている』というわけでは決してない」と感じたらどうしますか。
その場合は、他院と比較した客観的データから自院の状態を把握することが有効です。病床当たりの常勤換算職員数データなどを、同機能の病院、あるいは近隣病院と比較してみましょう。

一方で、病院ごとに条件が異なり、一概に比較できないのも事実です。職員から「あの病院とは〇〇が違う」という意見が出るかもしれませんし、究極「質が違う」などと言われる可能性もあります。ただ、そこで議論をストップしてはもったいない。それならば他院と違いがあることを前提として、「自院の場合は、増員がさらなる成長につながるのか」をしっかり議論してはいかがでしょうか。

そして最後は、やはり経営者の「何を重視するべきか」という価値観です。
ヒトにしろ、カネにしろ、経営資源には制約があります。ヒトを増やせば業績が好転し、無尽蔵な資源展開ができる時代はすでに過ぎました。現代の病院経営者は、「限られた制約の中で、最大のパフォーマンスを発揮するためには何に注力するべきか」を判断することが求められています。

全ての領域への対応はできないことを前提に、現場のモチベーションに配慮しつつ、地域での役割分担も見据えて意思決定をする――。そんな難しい課題と、経営者は向き合わざるをえません。
重要なのは、経営者として客観的な意思決定をすること。単純に「自らの医師としての専門領域を重視する」というようなことは決してなさらず、視野を拡げていただきたいと思います。


※補足
もちろん、保険診療は公定価格だからといって、粗診粗療でコスト削減をしていけば、患者は来なくなります。例え、ある事象が局所的に見て経済的観点からマイナスになるとしても、それが重要な価値を持つ場合は「実施しない」ということはあり得ません。医療安全や感染管理などはその典型と言えるでしょう。
さらに、SNSなどで情報が拡散する時代です。提供する医療の質を下げることは、病院の悪評につながり、将来の患者獲得にマイナスに作用する危険性があることを常に忘れてはいけません。

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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