医療機器購入が承認されるまでの院内ルール・慣例は適切か~事例でまなぶ病院経営 赤字体質からの脱却~vol.5

多くの医療機関が赤字に陥っている昨今。病院経営はかじ取りが難しい時代となっています。健全経営を続けるためにはどのような点に留意していく必要があるのでしょうか。医療機関の経営コンサルティングに携わる専門家が、事例とともに医療機関の赤字経営になりやすいポイントと、解決策について解説します。

解説者:加藤隆之氏 株式会社日本M&Aセンター 医療介護支援部 上席研究員/中小企業診断士/経営学修士(MBA) 

第5回目は医療機器の購入が経営を圧迫している事例です。

皆さんの病院が医療機器を購入する際は、院内でどのようなステップを踏んでいますか?
大規模病院では年度予算に則り、購買課が半年ほどかけて検討を進める事が一般的ですが、中小病院の場合は、「現場から要望が出るたびに判断している」ということも多いのではないでしょうか。

今回は中小病院で医療機器購入の承認をする際に起きがちな問題を取り上げます。

目次

E病院(78床のケアミックス病院)の事例

【基本情報】

  • 地方の中心都市にあり、病床数は78床(急性期一般38床 地域包括40床)
  • 購買担当職員はおらず、経理課が購買も担っている

E病院で起きている経営課題

E病院では、20万円以上のモノ・サービスを購入する際はすべて稟議書の作成が必要だ。
医療材料・カーテン・部門システムの購入から、保守点検、清掃業者への業務委託に至るまで、事務長、看護部長、院長、理事長の承認を得なければならない。現状、毎月5件以上の稟議書が精査されている。

医療機器の購入も例外ではなく、稟議書を作成している。
さらに、現場が医療機器の購入を希望するなら、慣例としてまずは現場のスタッフがA代理店に見積もりを依頼することになっている。
その見積もり書が現場から経理課に提出された後、経理課からA代理店に競合製品の見積もりを依頼。さらに、A代理店から見積もりが出された全製品について、B代理店に相見積もりを取るという流れだ。

2つの代理店からの見積書がそろったら、経理課がそれらを添付した稟議書を作成。事務長、看護部長、院長、理事長に回覧し、承認が得られたら購入となる。
ただし、看護部だけは経理課を通さずに自ら稟議書を作成し、看護部長の押印のうえで、事務長、院長、理事長へと稟議書を回覧している。

しかし実態は、稟議の要となっているのは最初に押印する事務長のみ。事務長の承認を得た後はほとんどの稟議書がそのまま承認されていた。

ところが、その事務長が数か月前、親の介護のために退職してしまった。
それ以降、稟議書のルールは継続しているものの、実質的には誰も精査をしないまま、すべてのモノ・サービスの購入が承認されるようになった。その結果、これまで以上に、現場から高額な医療機器購入の要望が増え、経営を圧迫しつつある。

しばらくして、医事課長が事務長代理に就いたが、これまで購入に関する精査を事務長に一任していたために、どう判断したらいいかわからないようだ。現場から次々と上がってくる要望も無下にできず、結局ほぼすべてを承認している状態は変わりそうにない。

E病院の経営を改善するヒント

  • 購入承認までの院内ルールや慣例を見直す
  • 属人的な運用を避ける

【解説】

改善すべき点が多い事例だったかと思いますが、特に稟議書の運用と、相見積もりの取り方の問題が大きいようです。まずは購入の承認を得るためのルール・慣例について確認してみましょう。
※一部は、その医療材料・機器、ほかの病院より高い値段で買っていませんか?~事例でまなぶ病院経営 赤字体質からの脱却~vol.4の復習です。

改善点1:稟議書の運用・体制について

E病院の一番の問題は、稟議書による承認が形骸化していることです。

事務長の承認以降、ほとんどの稟議書が通ってしまうような運用は見直さなければなりません。事務長以外は稟議書に機械的に押印しているだけ。もしかしたら目も通していないかもしれません。これでは複数人での承認体制にしている意味がないですね。

事務長が承認したものの中にも、院長・理事長としては疑問を持つべき事案、否決すべき事案が必ず含まれていたはずです。その精査を放棄するのは、経営者として失格だと心得てください。

また、事務長が退職したことで実質的なチェック機能が働かなくなったということは、極めて属人的な運用だったと言わざるをえません。
E病院の場合は、これまで信用できる事務長がいたことで大きな問題は起きていなかったのでしょうが、この体制ではもし事務長が横領などをしていたとしても誰も気づきません。

E病院はこれまでの反省を生かし、

  • 誰でも一定程度の精査が可能な運用
  • 不祥事やトラブルなどが起きにくい/または起きたときに発見しやすい運用

を考えていく必要があります。
病院が赤字となってから、ルールを再検討しても遅いのです。

すぐに着手できそうな点としては

  • 一定の価格以上の製品・サービス購入の稟議については、経営会議での説明を必要とする
  • 稟議書のフォーマットを修正し、作成者、承認者それぞれのチェック項目を設ける

などがいいでしょう。

改善点2:相見積もりの取り方について

E病院ではA代理店から見積もりを取った後で、同じ製品についてB代理店にも見積もりを取ることが慣例となっているようですが、 製品価格を下げるという目的においてはほとんど意味がありません。

vol.4 でも説明しましたが、販売業者は、最初に見積もり依頼があった代理店に仕切り価格を提示します。その後は他の代理店から見積もり依頼が来たとしても、A代理店以上に安い価格を提示することはほぼありません。

2つの競合製品の見積もりを取りたい場合の正しい方法は、

  1. A代理店に製品Cについて見積もりを依頼する
  2. 同時にB代理店に、Cの競合となる製品Dの見積もりを依頼する

です。
A代理店―C製品、B代理店―D製品という競争関係を作ることで、製品価格を下げることが可能となります。

院内に昔からあるルールや慣例は、長年見直されないまま運用が続いてしまいがちです。しかしその中に、赤字経営への落とし穴が潜んでいるかもしれません。
現時点では大きな問題が起きていなくても、「この運用は本当に適切なのか」という視点で精査してみてください。

最後に、医療機器購入の際のアドバイスをもう一つ。保守費用も一緒に見積もりをとることも忘れないでください。
しっかり対応されている病院が多いかと思いますが、日ごろ病院様に訪問をさせていただく中で、たまに1年間の無料保守期間が終わった後、保守費用の見積もりを取られているケースを拝見します。このようなケースだと、販売元の言い値で保守契約を結ばざるをえません。保守対象製品を購入する際は、競争原理が働くうちに製品価格と共に保守費用の見積もりも依頼して、合計額をふまえて検討しましょう。

【筆者プロフィール】

株式会社日本M&Aセンター 医療介護支援部 上席研究員 加藤隆之
中小企業診断士 経営学修士(MBA)
「事例でまなぶ病院経営 中小病院事務長塾」 著者
病院専門コンサルティング会社にて全国の急性期病院での経営改善に従事。その後、専門病院の立上げを行う医療法人に事務長として参画。院内運営体制の確立、病院ブランドの育成に貢献。現在は日本M&Aセンターで医療機関向けの事業企画・コンサルティング業務等に従事する傍ら、アクティブに活躍する病院事務職の育成を目指して、各種勉強会の企画や講演・執筆活動を行っている。

病院経営に関するご相談、事業承継に関するご相談は、
株式会社日本M&Aセンター(https://www.nihon-ma.co.jp/)まで(代表:0120-03-4150)

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