病院事務管理職の業務に必要なスキルは、体系的に学べないものがほとんどです。経理や医事、労務管理の知識であれば書籍などで習得できますが、理事長・院長をはじめとする経営幹部が病院事務管理職に求めるスキルはそれらにとどまりません。
本連載では、病院事務管理職が経験しがちな“あるある”課題を事例として紹介します。事例を通して、より円滑に効率よく仕事するためのノウハウを学んでいきましょう。
解説者:加藤隆之氏 株式会社日本M&Aセンター 医療介護支援部 上席研究員/中小企業診断士/経営学修士(MBA)
本連載5回目は、連携室についてとりあげます。
病院の入退院に関する対応を行う部署なので、「病院の顔」と言っても過言ではありません。連携室の職員が他施設や患者にぶっきらぼうな対応をしていると、病院の評判はすぐに下がってしまいます。反対にソーシャルワーカーの対応がよい病院は、他施設から評価されて紹介患者が増えますし、患者の口コミによって病院の評判はうなぎのぼりになっていきます。
目次
「連携室」と「入退院支援室」の違いはなにか
連携室は、病院によっては入退院支援室と呼ばれていることもあります。今は連携室だけど、かつては入退院支援室だったという病院もあるでしょう。呼び方が異なる背景には、病院が部署に期待する役割の違い・変化があると思います。
そもそも入退院支援室の主な業務は、入院が決まっている患者に対して退院を見据えた情報のヒアリングをして、退院の際には退院先の支援を行うことです。
しかし、他施設との接点が多く、患者の入院経路を一番把握している部署でもあるため、経営幹部としては「入退院支援」以上の役割を期待してしまいます。それはどんな役割でしょうか。
特に病床の稼働率に苦しんでいる病院は、常日頃から「患者を増やすには、どこにどうアプローチすればよいのか」と考えています。しかし、具体的な対策があるわけではなく、していることと言えば、忙しい院長自身が業務の合間をぬって、たまに他施設へのあいさつ回りをするぐらい……。院内を見渡しても増患に向けて外部にアプローチしていそうな職員はいないわけです。
となると、経営幹部が事務部門に対して「外部にアプローチする役割を担い、現場レベルで他施設とのきめ細やかな連携を進めてもらいたい」という考えに至るのは自然な流れです。その期待を反映して、部署名を「入退院支援室」から「連携室」に変えるということが起こっているのだと思います。(現実的にその役割が担えるかどうかはさておき)
そういった背景をふまえた上で、部署名を「入退院支援室」から「連携室」に変更された新・連携室室長のケースを検討してみましょう。
【事例紹介】
新設された連携室の業務に真摯に取り組んできたつもりが、理事長から叱責された室長
~A理事長の話~
X医療法人は、地方の県内第2都市から車で15分の場所に位置するケアミックス病院を運営している。病院以外にも、複数の高齢者住宅、訪問診療・看護事業所、ショッピングモール内の診療所の運営など、幅広く事業を展開する法人だ。
一人の患者に対して外来・入院から在宅・介護まで一気通貫でサービスを提供できるにもかかわらず、各拠点の相談員同士が入退院支援について連携することは少ない。法人内で紹介できる患者も、他法人に紹介してしまう事が頻発していた。
病院経営が順調なうちは、理事長(病院長兼任)も「地理的な事情もふまえると、少しくらいはしかたがない」と目をつぶっていた。しかし最近は、経営の要である病院の病床稼働率が下がり、法人全体の収支を圧迫し始めている。
「法人内の連携や他法人への営業活動に力を入れなければ」と考えたものの、具体策は浮かんでいない。相談員は各拠点で業務を完結しており、他医療法人へのあいさつ回りもそれぞれが行っている。紹介パンフレットさえそれぞれ作成・所有しており、法人全体としての営業ツールがない状態だ。
理事長は「法人全体の入退院支援の連携と、集患に取り組める部署が必要だ」と考え、病院の「入退院支援室」を「連携室」に改めることに決めた。
~B入退院支援室長の話~
(入退院支援室長→連携室長:45歳男性、部下3名/80床のケアミックス病院:急性期40床、回復期40床)
B入退院支援室長は、X医療法人に入職して15年。病院内外に顔が広く、患者の退院先となる地域内の施設担当者とも親しいため、相談員が患者の退院先探しに困った時には頼りになる存在だ。
入退院支援室のモットーは「患者に寄り添う」。入院患者の家族情報をよく把握した上で、退院先を提案するため、患者や回復期病棟の看護師たちからの評判もいい。多忙ではあるが、業務に対する満足度は高く、とても充実した日々をすごしていた。
そんなB室長がある日、理事長から急遽呼び出された。
理事長は
- 「入退院支援室」の役割が変わり、名称も「連携室」に変わること
- これまでの業務に加え、法人内の施設内連携や外部への集患営業をする部署になること
を説明。「これからは連携室長として頑張ってほしい」と激励した。
B入退院室長改め、B連携室長は、快く了承した。これまでも法人内各施設の相談員とはしっかりコミュニケーションをとってきたし、該当する患者がいたら紹介をしている。外部の営業についても、盆や年始の挨拶などはきちんと行ってきたつもりだ。連携室が新設されてからも「これまでの業務と大きくは変わらない。これまで以上に丁寧にやっていけばいい」と考えていた。
しかし、連携室ができて半年がたったある日、理事長に呼び出され。「君はこの半年間、何をやっていたのか? 連携室としての役割が全然果たせていないじゃないか。とても残念だ」と叱責されてしまったのだ。
B連携室長は、なぜ責められているのかわからず、戸惑うばかり。険悪な雰囲気の中、どのように返答してよいのかわからなかった。
【解説】
「連携室」の役割について理事長と室長の認識にズレ
「連携室」という新設部署の役割について、理事長と連携室室長の認識が食い違っていたという事例です。
理事長が言葉足らずだったとは思いますが、仮に理事長が連携室に期待する役割をもっと具体的に伝えられていたとしたら、室長は期待に添うことができていたのでしょうか? 私はそうでなかった可能性が高いと考えます。
これは一般論ですが、人は担当する業務について「今のやり方が最もよい」と信じがちです。そのため、既存メンバーで既存のやり方を根本的に変えることは、かなり難しいミッションだと思います。
私自身これまで多くの施設を見てきましたが、従来のメンバーのままで大きな変革を成功させた事例はほとんどありません。トップが変わる/組織体制を変える/アドバイザーが入る、などがなければ、大きな変革は難しいでしょう。
今回の事例で、「部署名を変えれば、業務や役割も変わっていくだろう」と考えた理事長は安直だったと言わざるをえません。
室長として「今後取り組むべきと考える業務」を理事長に話す
一方で、病院事務管理職にとって、上から突如新しい役割・業務が降ってくることは少なくありません。後からいくら「経営陣の仕事の振り方が悪い」「私は悪くない」と叫んでも、事態は好転しませんね。
それでは、B連携室長は、理事長に呼び出されたときにどのように心構えをし、対処するべきだったのでしょうか。
まず、「理事長から直接呼び出され、部署名を変えると告げられたのはよっぽどのことだ」と捉えなければなりません。理事長の意図をじっくり聞いた上で、これから連携室長としてどんな事に取り組むべきか、自身の考えを具体的に共有する必要があるでしょう。
強調しておきたいのは、今後取り組むべきことについて話すのは理事長ではなく、室長である、という点です。
「それでは、いつまでに○○を行い、今後こういった取り組みをしたいと思いますがよいでしょうか? その進捗について共有するために、しばらくの間は理事長と定期的な面談をさせていただきたいです。その際に、理事長のイメージする連携室の役割とすり合わせをさせてください」。
これくらい踏み込んで話をしないと、うまくいかなかった場合の責任は全て自身に降りかかってきます。管理職になると“自分の身は自分で守らなければならない”と心得ましょう。
私がB連携室長の立場だったら、まずは各拠点の相談員全員を集めた会議を開催し、理事長から連携室を新設した経緯を話してもらいます。そしてその相談員会議を月に一回程度開き、法人全体での連携の形を模索しながら、外部への営業の仕方についても検討を進めます。
さらに一番重要なのは、定期的に会議の内容を理事長にきちんと共有する事だと思います。組織としてのリスクヘッジの意味でも、自分の身を守る意味でも、司令塔である理事長に状況を伝え、認識をすり合わせるというプロセスをおろそかにしてはいけません。上司の信頼を得るためには、仕事の基本である「ホウ・レン・ソウ」を忘れない心構えが大切なのです。
【筆者プロフィール】
株式会社日本M&Aセンター 医療介護支援部 上席研究員 加藤隆之
中小企業診断士 経営学修士(MBA)
「事例でまなぶ病院経営 中小病院事務長塾」 著者
病院専門コンサルティング会社にて全国の急性期病院での経営改善に従事。その後、専門病院の立上げを行う医療法人に事務長として参画。院内運営体制の確立、病院ブランドの育成に貢献。現在は日本M&Aセンターで医療機関向けの事業企画・コンサルティング業務等に従事する傍ら、アクティブに活躍する病院事務職の育成を目指して、各種勉強会の企画や講演・執筆活動を行っている。
病院経営に関するご相談、事業承継に関するご相談は、
株式会社日本M&Aセンター(https://www.nihon-ma.co.jp/)まで(代表:0120-03-4150)
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