療養病棟の患者特性をふまえた退院支援を
退院支援における2つのパターンとは
介護・療養病棟からの退院支援には、大きく分けて2つのパターンが考えられます。
1つは、病床運用上、入院期間を「3ヶ月」「半年」などと区切る前提で受け入れているケースです。この場合、患者家族も入棟時から退院を意識しているので、在宅復帰に向けた準備や、他施設への入所・転院の手続きなどを計画的に進めることができます。そして、予定入院期間を終えれば、病状に大きな変化がない限りは自ずと退院が決定します。特に、紹介患者を多く抱える療養病棟ではこうしたケースがよく見受けられます。
もう1つは、あらかじめ入院期間や目標設定を共有していないケースです。X病院の介護療養病棟も、こちらに該当するようです。病床稼働に不安のある病院に見受けられることが多いでしょうか。この場合には、患者家族への退院支援に注意が必要です。
その理由は、データからもはっきりしています。たとえば、2019年7月に行われた中医協の分科会では、図1が公開されました。この資料は、療養病棟入院料1に入院中の患者の3ヶ月後の変化を調査した結果です。
図1の赤枠内「平成30年8月1日時点で医療区分1であった患者の 11月1日時点での状態」を見ると、医療区分1の患者については、入棟3ヶ月後も51%の患者が医療区分1のままであることがわかります(図2)。
症状が軽度なため在宅復帰や施設入所などによる退棟が3.5割いる一方、半数以上は変化がありません。死亡率も医療区分2・3と比べると、極端に少ないと言えます(図1)。要するに、入院期間をあらかじめ定めるなどして目標設定を行わないと、医療区分1の患者の半数以上が長期入院となってしまい、医療区分2・3の該当患者割合を増やす支障になりえるということです。
患者家族の不安・不満…どう対応する?
国の方針もあり、一般病棟の在院日数は短縮化しています。その影響から、患者家族によっては急性期治療を終えた途端に退院を言い渡されます。しかしながら医療や介護の問題などにより在宅復帰が叶わない方もいて、やっとの思いで療養病棟に入棟するのです。そうした患者家族にとって、療養病棟から“いつ退院を迫られるか”は大きな不安要素です。療養病棟において入院期間が明示されない場合、患者家族はその病院を「終の住処」と認識していることも少なくありません。病院の経営方針の変更(病床転換)によって退院を迫られることには、強い抵抗感を抱くでしょう。
X病院では、介護療養病棟の患者の病状が悪化して医療区分2・3の状態になったら医療療養病棟入院料1の病棟に転棟させ、実質的に終身の入院が可能であることを1つの売りにしていました。しかし病床転換に伴い、介護療養病棟に入棟している医療区分1該当の患者家族に対し、退院支援を行わなければならない状況になったのです。
では、実際にどのようにすれば、患者家族の納得を得ながら退院支援を進めていけるのでしょうか。転換は病院の都合ですので一方的に通知するのではなく、患者さん・ご家族の不安に寄り添いながら丁寧に段階を踏むことが必要です。私も同様の経験をしたことがありますが、MSW(医療ソーシャルワーカー)1人では十分な説明・サポートは難しいでしょう。主治医を含め、多職種のチームによるアプローチが必須になります。具体的には、以下のような流れで支援を行うことが望ましいと思います。
ステップ(1):主治医からの説明
まずは、主治医と患者家族の面談を設定します。いきなり退院勧告をするのではなく、入院経過や現在の状態などを説明し、患者の身体状況について理解してもらいます。その上で、病床転換により入院継続が困難である旨を伝えしましょう。このとき、あくまでも病院都合により患者に負担・不安を与えてしまっていることへの謝意をきちんと伝えます。
中には診療報酬制度などについて、インターネットで詳しく調べ始めるご家族もいるかもしれません。説明をはしょったり曖昧な言い方をしたりすると、あらぬ誤解につながる可能性もありますから避けましょう。必要に応じて資料を渡す、事務職員から説明するといった対応もとれるよう、準備しておくと良いと思います。
そして、退院に際してはMSWが最後まで責任を持って相談に乗ることを伝えます。このステップ(1)がうまくいかないと「患者を追い出すのか!!」「X病院に見捨てられた」とクレームに発展したり、地域に悪評が広がったりする恐れもあります。慎重かつ丁寧に対応し、患者家族の理解・納得を得るよう誠意を尽くすことが求められます。
ステップ(2):MSWとの面談
2016年診療報酬改定の退院支援加算をきっかけに、MSWの役割は、早期介入による早期退院支援によって、在院日数を短縮する役割というのが病院経営の視点においては浸透してきました。
しかし、MSWの専門性は、診療報酬点数が初めてついた2008年よりもずっと昔(日本にでは戦後直後ごろに始動)から、病傷による生活復帰とその患者自身の自己決定支援が専門とされており、時には病院の経営方針に対峙しても目の前の要支援者の代弁者として支援することを、教育課程において専門性として叩き込まれてきました。
長年にわたり介護療養病棟で生活してきた患者(利用者)にとって、病院都合による退院は不安や負担、そして時にはやはり不満を伴います。
生活の場を選択するのに寄り添うということは、患者家族の人生相談に乗るのと同じこと。丁寧にニーズを汲み取り、在宅復帰へのエンパワーメントや施設選びの情報提供など、サポーティブに関わる必要があります。しかし同時に、病院から離れて生活していけるよう、“お世話を受ける立場から自立へ向けた支援”という視点を忘れてはいけません。特に、長期入院患者は、上げ膳据え膳、困った時にはナースコールを押せば世話をしてくれる受け身の環境に慣れてしまい、“やってもらって当たり前”の感覚が身についてしまっています。ソーシャルワークは、あくまでも自己決定と自立のための支援を担います。
ステップ(3):看護師による日々の患者家族ケア
病棟での生活場面においても、生活拠点の変更に対する不安などを丁寧に傾聴することが重要です。表出された内容はチーム内で共有し、必要であれば医師やMSWとの面談設定を提案しましょう。日頃から患者家族・スタッフ間のパートナーシップを構築することが、より良い生活再建へのプロセスを後押ししてくれます。
病床転換の成否を左右する広報活動
重要なのはタイミング!? 広報のポイント
ケース内でも触れているように、医療療養入院料1への病床転換に際しては、医療区分2・3の該当患者割合を8割以上にする必要があります。X病院の介護療養病棟は30床のため、満床稼働させるには単純計算で24名以上、医療区分1の患者から医療区分2・3の患者に入れ替えなればなりません。言うのは簡単ですが、介護療養病棟や医療療養病棟入院料2から医療療養入院料1への病床転換が進められなかった原因として、「医療区分2・3の患者を集めることができなかった」という声は多く、集患が高いハードルになっていると考えられます(この他、看護配置基準を満たせなかったことも原因として挙げられます)。
集患というハードルをクリアするには、どうすればいいか。療養単科のX病院は、他院からの紹介が主な入院経路です。そのため、どのタイミングで、またどのチャネルで広報活動を行うかがきわめて重要です。この成否で、病床稼働率にダイレクトに影響する可能性があります。医療区分1の患者の退院と医療区分2・3の患者の入院のタイミングがずれれば、一時的に病床稼働率が著しく低下してしまう恐れがあります。逆に、両者の間にタイムラグが生じないよう、間髪なく入れ替えられれば、病床稼働率を安定させることができます。私自身、病床転換に伴い患者層を入れ替える際には、病床稼働率の管理をかなり意識しました。
病床稼働率をコントロールするには、転入院の調整にかかる時間などもふまえ、戦略的に広報活動を行う必要があります。皆さんの病院では、転入院の相談を受けてから入院までにどのくらいの日数を要するでしょうか?療養型病院の場合、入院判定会議や患者家族との事前面談、患者の実調(実態調査)などを転入院前に行います。それらの日程調整だけでも1〜2週間くらいかかることは珍しくありません。したがって、患者層を入れ替える少なくとも1ヶ月前には、前方連携先病院への周知も含め広報を開始しておきたいところです。また、広報チャネルには、訪問以外にも定期広報誌やダイレクトメールといった方法が想定されます。影響度が大きい連携性先には実際に訪問して説明するのが有効です。
他院・他施設への影響も考慮し関係性を築く
集患という目先の課題だけでなく、長期的な視点からも広報活動は重要です。昨今では、地域医療構想など、地域内で求められている役割に応じて病院を運営していく必要があります。地域の医療機関・介護施設との連携強化が必須になりつつあるとも言えるでしょう。
ケースでMSWのIさんが言及しているように、X病院の病床転換は周辺の医療機関・施設にも少なからず影響を与えます。たとえば、これまでX病院に医療区分1に該当する患者を紹介していた病院は後方連携先を失うことになります。その病院は、在宅復帰のためのリハビリ体制強化や、老健(介護老人保健施設)との連携強化など、なんらかの対応策を講じる必要が出てくるでしょう。また、平均在院日数への影響も懸念されます。
一方で、近隣の老健やサービス付き高齢者住宅などにとっては、ニーズは高まることになります。
1つの病院が受け入れる患者層の変化により、地域全体の病院・介護施設などの患者・利用者の流れが変わることになるのです。
こうした大きな影響があるため、病院の退院支援部門には、周辺医療機関の病床機能や空床状況、入院待機期間、受け入れ患者層といった情報が集まります。
しかし稀に、診療報酬改定に伴って経営方針を変更(病床転換)したことを広報しない医療機関もあります。私も退院支援の際、介護療養病棟を持つ病院に転院相談をしたところ「当院は先月から医療療養に転換したので医療区分1の方は今後受け入れできません」と電話口で言われた経験が少なからずあります。また、戦略的に地域包括ケア病棟の導入をひた隠し、数ヶ月後に「実は……」なんてケースも耳にします。連携先への広報をおろそかにすることは、患者や地域を考慮していないと見られても仕方がないかもしれません。
もし私がX病院で地域連携を担当していたら、介護療養病棟に患者を紹介してくれていた前方連携病院を訪問し、対面で病床転換について説明するでしょう。前方連携病院にとって、X病院の病床転換は医療区分1相当の患者の退院先を失うことを意味します。病床転換がきっかけで信頼関係にヒビが入ることのないよう、たとえば事前に介護施設などの情報を調べておき、代替案を提示しながら説明するなど、伝え方にも工夫が必要になります。丁寧な病院の例では、紹介元と一緒に受け入れ先を探すなどの協力も行っていると聞きます。受け入れの対象外となった患者のことなど知らぬ存ぜぬ、といった態度はご法度です。
その上で、医療区分2・3相当の患者についてはこれまで以上に積極的に受け入れを行っていくこともしっかり伝えましょう。こうした工夫によって、病床転換によるネガティブな印象がポジティブなものに転化していきます。そしてその後、転院相談を受けた際には、確実かつ速やかに転院を成立させ、前方連携病院に成功体験を印象付け、以降の転院相談に弾みをつけます。地域連携は、信頼の上に成立するのです。
<編集:角田歩樹>
コメント