薬剤師が変われば地域医療が変わる!? ~外科医が薬局に帰って気がついたこと~

狭間研至(ファルメディコ株式会社 代表取締役社長)

2015年9月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

私は、平成7年に大阪大学医学部を卒業し、学生のころからあこがれてた当時の第一外科に入局しました。その後、大学病院や国公立病院での勤務を経て呼吸器外科を専門として大学院に戻り、大学病院で研修医の先生たちと患者さんを診療しながら、大学院生としてはブタの臓器をヒトに移植するという異種移植をテーマにした研究活動にも携わりました。
周囲も私自身も、私が外科の領域でがんばっていくだろうと信じて疑っていなかったと思うのですが、実家が薬局だったということがきっかけで、外科医の道を離れて平成16年に薬局の代表に就任。あっという間に11年が過ぎました。
この転職(?)は、かなり驚かれましたが、実家に帰って気がついた問題を放っておけなくなったということも大きな理由でしたが、主には以下の3つでした。

1つは、薬局の薬剤師が患者さんに本当に役立つ仕事ができているのかが定かではないということ。もう1つは、薬剤師は本当にそれでやりがいある仕事だと燃えているのか疑問に思ったこと。そして、最後は、今のままで本当にこの国の医療はさらに良くなっていけるのだろうかと不安に感じたことです。

まず、1つめですが、医療機関を受診し現在の病状や治療方針の説明を受け納得した患者さんが、薬剤師に薬を渡してもらうことや説明を受けることのみを目的に薬局にいらっしゃっているのだとすれば、それは、本当に患者さんのためになっているのでしょうか?ワンストップサービスが主流になるなかで、機械化とICTの発達は薬の準備や説明をわざわざヒトがすることの価値を相対的に低下させていることを考えれば、薬局にわざわざ赴き、薬剤師からある意味ではわかりきった説明を受けているような現状は、日本の医療の役に立たなくなっているのではないかと思いました。

2つめは、多くの場面に遭遇する中で、このような現状に辟易とした薬剤師が、生活の糧と割り切って、もしくは、現状はこういうモノだと諦念して薬局で働いたり、場合によっては現状に耐えきれなくなって薬局での勤務や場合によっては薬剤師という仕事を辞めてしまったりすることに気がついたことです。医療従事者にとっては、患者さんと向き合い、自分の専門性を駆使して、患者さんが少しでも良い方向に進めるようにサポートし、結果的に何らかの貢献ができたと自他共に認めるようになったときにわき起こる何とも言えない感覚や感情が欠かせないと思ってきました。しかし、現在の「調剤薬局」のあり方ではそれを薬剤師が実感することができないと痛感しました。

3つめは、高齢化が進む我が国で、急増する医療ニーズを、急増しない医療従事者で、お金をできるだけかけずに支えていきたいと考えられていることは何となく感じてきましたが、それを解決するために、薬局や薬剤師という社会資源を上手く活用することは、何かの変化がおこるきっかけになるのではないかと思ったことです。今、薬局は5万7千軒を越え、コンビニエンスストアより多いと言われています。また、薬局で勤務する薬剤師は15万人を越え、開業医の数の1.5倍に達しています。しかも、この国の医療のほとんどは薬物治療です。そこで、医師や看護師も従来通り、そしてそれ以上にがんばるのですが、それに加えて、薬剤そのもののみならず、薬が体内に投与されたあとどうなるかを6年間専門的に学んできた薬剤師が、医療法では「医療提供施設」として位置づけられた薬局を基点に、薬物が投与される前までの話だけでなく、体内に投与された後の話まできちんとフォローアップするとすれば、薬局や薬剤師という巨大な医療資源が今までと異なる役割を果たせることとなり、我が国の医療のあり方は変わるのではないかと考えたのです。

患者さんにとっても、薬剤師自身にとっても、社会にとってもよいと思われたこのアイディアを具現化に移すには、3つのステップが必要だと思いました。
まず、1つは、「百聞は一見に如かず」をすることです。すなわち、私が私自身の薬局においてこういうことを具現化しなくてはなりません。口で言うだけではダメなのです。薬剤師が患者さんの体の状態を把握し、薬学的専門性を駆使してその状況を読み解き、医師や患者さん、その家族にそれらの情報をフィードバックして、薬物治療の質的向上をはかるということを、この10年ほどでなんとか形にしてきました。
2つめは、これらの取り組みを普遍化させることです。私どもの薬局の薬剤師だけができたとしても、日本の医療にとっては意味がありません。多くの薬剤師がそれぞれの現場で取り組めるように、新しい業務に必要な知識・技能・態度を、当社の取り組みをもとにして、最大公約数的なものを取り出し、平成21年に設立した一般社団法人日本在宅薬学会を母体に、広く業界に発信してきました。現在、会員数は1300名を越え、薬剤師向けのバイタルサイン講習会の参加者は3000名に届こうとしています。
そして、3つめは、これらを薬剤師や薬局のみの話ではなく、日本の医療の中で、システムとしてきちんと動かすことです。薬剤師が活躍する現場は、薬局店頭のみならず、在宅・介護施設、そして病院など多岐にわたります。それぞれの現場で具体例を出し、システム化して広めていくためには、やはり、実例が要ります。医師として、外来診療のみならず、平成20年からは介護施設や個人宅への訪問診療を行い、薬剤師との連携はどうあるべきかを模索し実践してきました。そして、それらの経験をもとに今年からは、病院のなかで医師と薬剤師が協業し、今までよりも良い医療ができないかを手探りで始めています。

薬剤師が変われば地域医療が変わる。そう考えた外科医が大阪の小さな実家の薬局に帰って始めた取り組みでしたが、今、その輪は少しずつ広がって行っています。
もし、あなたが町の薬局に行く機会があったら、薬剤師さんに薬のことのみを聞くのではなく、薬を飲み始めたあとの体調変化について気になることがあれば、是非聞いてみてください。ひょっとすると、あなたの予想を超えた頼もしい反応が返ってくるかもしれません。

狭間研至(はざま けんじ)
ファルメディコ株式会社 代表取締役社長
一般社団法人日本在宅薬学会理事長
医療法人大鵬会 千本病院 院長代行
平成7年大阪大学医学部卒業後、大阪大学医学部付属病院、大阪府立病院(現 大阪府立急性期・総合医療センター)、宝塚市立病院で外科・呼吸器外科診療に従事。
平成12年大阪大学大学院医学系研究科臓器制御外科にて異種移植をテーマとした研究および臨床業務に携わる。
平成16年同修了後、現職。医師、医学博士。

現在は、医療法人大鵬会にて地域医療の現場等で医師として診療も行うとともに、一般社団法人 薬剤師あゆみの会・一般社団法人 日本在宅薬学会の理事長として薬剤師生涯教育に、近畿大学薬学部・兵庫医療大学薬学部、愛知学院大学薬学部の非常勤講師として薬学教育にも携わっている。

(2015年9月10日 MRIC by 医療ガバナンス学会 より転載)

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