ECMO研修用機器、レシピ本出版、ラジオ番組スタート…。東北大学病院が3つのクラウドファンディングを成功できたワケ―病院マーケティング新時代(27)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:小山晃英(こやま・てるひで)/病院マーケティングサミットJAPAN Academic Director
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門

目次

  • 院長の「コロナ禍の面会許可」方針に、当初は反発の声も
  • オペ室や診察室で婚活イベント!?すべては地域の活性化のため
  • 被災地からの患者受入の経験により、スタッフの自立心が養われた

コロナ禍以降、医療機関で感染症クラスター対策として「入院患者さんへの面会・お見舞いお断り」という掲示をよく目にするようになりました。そんな中、医療法人八女発心会姫野病院(福岡県)は、コロナ流行当初から面会を認めています。結果、入院・転院希望者が後を絶たなかったそうです。様々なリスクが想定される状況で、決断を支えた思いとは?舞台裏を企画管理室の川上勇貴さんに伺いました。

姫野病院 企画管理室 川上勇貴さん

院長の「コロナ禍の面会許可」方針に、当初は反発の声も

──姫野病院では新型コロナウイルス感染症の第一波から、面会を止めなかったそうですね。その方針はどのように決定されたのでしょうか。

院長は流行当初から「当院は面会を止めない」という方針を院内外に打ち出していました。
背景にあったのは「大切な家族との面会は、患者の治療効果を引き出す。認知症の進行遅延や、入院期間の短縮、死亡率の低減が期待できるはずだ」という判断です。

また、もし境界防御が破られ、院内にウイルスが侵入したとしても、院内に設けている数々のバリアーによる“多層防御”により、院内の感染拡大は防止できるという見込みもありました。

8年前に完成した当院の新病棟は、全館差額ベッド代不要の個室となっています。個室ごとにトイレ・洗面所が備えられた、独立空調、独立換気の簡易陰圧室です。
さらに、病棟ごとに200平米超の多目的スペースがありますので、間隔を保ちながらリハビリ・食事・レクレーションをすることが可能です。

ただその方針に対して、すぐに周囲の理解を得られたわけではありません。
スタッフからは「院内クラスターが発生したら、現場の責任が問われる可能性もある。面会は止めた方がいいのでは」という反対意見が挙がりました。また、町議会議員の先生方から「なぜ姫野病院は面会を止めないのか」と指摘を受けるなど、世間から“異端児”扱いされました。

そこで、「面会を止めない理由をしっかり伝えなければならない」と考え、病院の入り口に以下のポスターを掲示しました。

姫野病院がコロナ禍の面会についての考えを示したポスター

病院としてメッセージを発信したことで、院外から反対のご意見をいただくことはなくなりました。またスタッフたちにも「クラスターが発生しても経営層が責任を取る」という姿勢が伝わり、精神的安全性を保ちながら運用できるようになったと思います。

実際、一度だけ小規模クラスターが発生しましたが、他患者への感染なく、1週間で鎮静化しました。

──多くの医療機関が面会を止める中、簡単な決断ではなかったと思いますが、踏み切れたのはなぜでしょうか。

ベースには「病院が潰れると地域が潰れる」「地域が潰れると病院が潰れる」という当院の信条があります。私たちは日頃から、当院の姿勢が良くも悪くも地域の活気・雰囲気に影響すると考えながら病院を運営しているのです。

経営陣は地域の皆さんに「姫野病院があるから安心」と言ってもらえる病院としてあるべき姿を考え、決断したのだと思います。

「病気から逃げるのではなく立ち向かいたい」「十分な対策をした上でもし失敗したら、その反省を次に生かそう」という思いもありました。

──面会OKの方針は、入院患者さんやそのご家族から喜ばれていると聞きました。

そうですね。他院に入院されていた患者さんが、当院に救急車で搬送され、ずっと会えていなかったご家族とようやく再会できた事例もありました。とても喜んでいらっしゃって、それまで反対していたスタッフも、面会の意義を感じたようです。

コロナ病棟に入院中の患者さんへの面会も可能です。ご家族が防護具を着用して感染対策した状態であれば面会できます。看取りも可能となりました。

現在、他院に入院中で、ご家族と面会できないでいる多くの患者さんが、当院への転院を希望されています。病棟は満床の日々が続き、コロナ禍当初と比べて外来通院数も増えています。

前回は病院のクラウドファンディング利活用についてお伝えしましたが、記事が掲載されてから、医療関係者からクラウドファンディングについて尋ねられることが多く、医療業界で注目されていることを実感しました(前回の記事はこちら)。今回は、実際にクラウドファンディングのプロジェクトを達成した病院関係者を取材。2019年11月からクラウドファンディングサービスを運営するREADYFOR社と提携し、これまで3つのクラウドファンディングのプロジェクトを達成された東北大学病院で、栄養管理室と医学部クリニカル・スキルスラボ、てんかん科、広報室にそれぞれの挑戦の経緯や、目標を達成できた要因を伺いました。

栄養管理室が野菜レシピ本を出版!東北大初のクラウドファンディング事例に

(提供:READYFOR)
東北大学病院 診療技術部栄養管理室長 布田美貴子さん

──まずは栄養管理室の布田美貴子さんに伺います。栄養管理室では、東北大学病院広報誌hessoに連載していた「野菜を食べる副菜レシピ」をまとめたレシピ本の発刊に挑戦されました。まずはプロジェクトのきっかけを教えてください。

布田:宮城県民の野菜摂取量は、1日に50〜100グラム不足しているというデータがあります。栄養管理室では、義務感や努力で野菜を摂取するのではなく、楽しみながら無理なく野菜を摂取できる調理法を地域の方に伝えたいと思い、広報誌でレシピを連載してきました。それを本として出版したいと考え、「出版費用をクラウドファンディングで獲得しよう」という運びになりました。

──プロジェクト進行中に苦労したことはありましたか?

布田:東北大学で初めてのクラウドファンディングだったので、「成功させないといけない」というプレッシャーが大きかったです。戸惑いながらのスタートで支援が伸び悩み、当初は焦りを感じました。しかし、栄養管理室のスタッフ全員で「できることからやっていこう」と気持ちを切り替え、認知につながる活動を進めました。患者さん・地域住民の方にチラシを配ったり、新型コロナウイルス感染症の流行前だったため、院内でイベントを行ったり……。

企画やイベントを通して徐々に活動の輪が広がり、普段はあまり関わりがない事務や診療科のスタッフからも応援をいただけるようになりました。患者さんからの反響も励みになりましたね。

──東北大初のクラウドファンディングだったのですね。プロジェクト達成までを振り返っていかがですか。

支援が積み重なるにつれ、モチベーションが高まり、勇気づけられながら、無事にプロジェクトを達成することができました。出版できたレシピ本は、栄養管理室全員でクラウドファンディングを成し遂げた思い出が詰まった1冊になりましたし、認知活動を通して、病院内のスタッフに栄養管理室の業務を知っていただく機会にもなりました。

ECMO研修用機器の購入費用1,500万円を目指して。サイトに届いた500以上の応援メッセージ

(提供:READYFOR)
東北大学クリニカル・スキルスラボ荒田悠太郎さん(中央)

──続いて、医学部・東北大学クリニカル・スキルスラボの荒田悠太郎さんに伺います。スキルスラボは、臨床実習前にシミュレーション教育を行うための施設です。まずは、施設の特徴について教えてください。

荒田:東北大学クリニカル・スキルスラボは、震災を機に施設が拡充されました。我々の施設は、学生や東北大学病院のスタッフはもちろん、地域の医療従事者にも常に開放しています。年間1.7万人ほどが利用していて、その4割近くが学外の医療従事者です。この施設は、震災後からこれまでの地域全体の医療の質向上に貢献してきました。

──一般的にスキルスラボは在学生の実習で利用することが多いので、学外利用者が4割とは驚きです!教育の場として、地域に貢献していることがよくわかります。クラウドファンディングでは、体外循環装置ECMO(エクモ)の研修用機器 (シミュレータ等)の購入費用を募ったとか。きっかけは何だったのでしょうか。

荒田:医学部長の発案です。スキルスラボでは、新型コロナウイルス感染症により市民レベルでも有名となった治療法の体外循環装置「ECMO(エクモ)」の取り扱いの研修を、コロナ前から定期的に開催していました。コロナによりECMOの重要性が更に高まったことで、より充実した研修のために機器の購入を検討しており、その費用の一部をクラウドファンディングで補おうと考えました。目標金額が1,500万円と大きく、プロジェクトの計画段階では、達成できるのか疑心暗鬼だったスタッフもいたかもしれません。

目標金額が大きかったこともあり、プロジェクト開始前から入念な準備をしました。クラウドファンディングサービス「READYFOR」のキュレーター、東北大学病院広報室と連携しながらプロジェクト達成までのガントチャートを作成し、開始前から週に1回以上、定期打ち合わせの時間を設けて……。プロジェクトが始まる前にしっかり準備できていたことが功を奏し、プロジェクト開始直後は順調に寄付が集まりました。

──事前準備をしっかりされた成果として、順調なスタートが切れたのはすばらしいですね。そのまま問題なくプロジェクトは進行していったのですか?

荒田:いえ、最初から最後まで順調だったわけではなく、いわゆる“中だるみ期間”もありました。支援金額が900万円くらいになったころから、支援の勢いが止まってしまって……。「このままで達成できるのだろうか」という不安や焦りも感じましたが、寄付の募集ページに寄せられる応援メッセージが、大変励みになりました。

例えば、あるタクシー会社からの応援メッセージが印象に残っています。

東日本大震災後、東北大学は全国の医学生を募って、被災地での医療実習を行なっていました。メッセージをいただいたのは、その実習中の移動でご協力いただいたタクシー会社です。災害を通じて生まれた大学と地元企業との繋がりを再認識することができました。

そのほかにもさまざまな方々から励ましていただき、最終的に500を超えるメッセージが届きました。地域からも応援されていると肌で感じることができました。おかげで「これだけ応援いただいたんだから、走り切るしかないな」とスタッフ一丸となって、プロジェクト達成まで進むことができました。

──応援メッセージが、達成のモチベーションになったんですね。プロジェクトを振り返った感想をお願いします。

荒田:これまでは、大学あるいは自分たちの普段の活動が、社会からどのように期待されているのか、知る機会があまりありませんでした。プロジェクトを通じて、東北大学が社会からどのように見られているのか、何を期待されているのかを知ることができました。

社会からご支援を得る仕組みにより、地域とのつながりを改めて認識しましたし、医学部・病院内の職員と同じ目標に向かって進むことで、スタッフ間の連携がより強いものになったと思います。また、戦略的な広報活動を考えるきっかけにもなり、全てが貴重な経験となりました。

「てんかんの正しい知識を伝えるラジオ番組をしたい」。プロジェクト公開初日でまさかの達成!

(提供:READYFOR)
東北大学病院てんかん科 公認心理師 小川舞美さん(左)、教授 中里信和さん(右)

──東北大学病院3つ目のプロジェクトについて、てんかん科の小川舞美さんに伺います。てんかん科という診療科があることに驚きました。まずはてんかん科の概要について教えてください。

小川:国内の大学病院としては初の診療科名を掲げ、「新患1時間外来」「2週間検査入院」「オンライン・セカンドオピニオン」など、全国に先駆けて新しい取り組みを展開してきました。てんかんに関する啓発活動も行っています。

──交通事故の際、運転者にてんかんの持病があるケースが報じられる影響などもあり、この病気に偏見を持つ人もいますよね。

小川:そうですね。てんかんへの偏見・誤解はいまだになくなっていないと感じます。てんかんという病名だけで、学校生活や仕事を思い通りにできなかったり、持病について周囲にどのように伝えたら良いかわからなかったりと、患者さんはさまざまな悩みを持っています。

──今回の「てんかんの正しい知識を広げていくためのラジオ番組をスタートさせる」というプロジェクトは、啓発活動の一環でしょうか。

小川:そうでうね。なぜラジオなのかをご説明すると、震災時に不安を抱えている患者さんたちを応援するため、中里信和教授を中心にてんかん科のスタッフが、地元のFM局に出演していたんです。そのときに、ラジオには多様な分野で活躍する多くの人を結びつける力があることを経験しました。

今回のクラウドファンディング企画は、ラジオ放送はもちろん、支援を募ること自体がてんかんの啓発につながると考え挑戦しました。

──最終的に、目標金額の倍以上の支援金が集まったとか。プロジェクトはどのように進んだのでしょうか。

小川:開始前は、支援が集まるかどうか不安が大きかったのですが、驚くべきことに、公開初日にして目標金額が達成されました。当初設定していたゴールは「ラジオ番組10回分の放送」だったため、次のゴールとしてさらに10回分の放送を追加しました。

──公開初日に目標達成はすばらしいですね。勝因は何だったと思いますか?

小川:これまでの啓発活動により、すでに支援の基盤ができていたのだと思います。てんかんの国際的な啓発活動のひとつに「パープルデー」があります。これにならい、毎年3月に「宮城パープルデー」というイベントを実施してきました。今回のクラウドファンディングは、その宮城パープルデーに合わせて開始したことがよかったのかもしれません。

──震災後のラジオや宮城パープルデーなど、日々の積み重ねによる達成だったのですね。今回のプロジェクト達成への反響はありましたか。

小川:他科のスタッフ、患者さんやその家族の方も、私たちと同じようにプロジェクトの達成を喜んでくださって、活動の輪が広がっていることを実感しました。また、ラジオが放送され、患者さんから「普段はてんかんに向き合えずに生活してきたけれど、ラジオをきっかけに家族内や他の人にも話しをすることができた」という声もいただきました。

──クラウドファンディングを経験した感想を教えてください。

「苦労したけど、クラウドファンディングをやってよかった」という思いです。この体験をして、てんかん科内の啓発活動へのモチベーションがより高まりました。支援者の皆さんにも感謝しています。

3部署のクラウドファンディングを支えた「病院広報室」の役割とは?

東北大学病院 広報室 溝部鈴さん

──最後に、3部署のクラウドファンディングに広報室はどのように関わったのか教えてください。

溝部:広報室は、事前準備の段階の会議から参加し、メディア対応やチラシ・ポスター作製など、プロモーション戦略の立案を担ってきました。写真素材撮影のサポートなど、普段の広報業務で培われたノウハウを役立てています。

どのプロジェクトでも共通していますが、主導する部署を中心としたプロジェクトチームの熱意がとても重要だと感じています。潜在的なチーム力を、より向上させられるように裏方としてサポートしています。

<取材をしてみて>

3つのクラウドファンディングプロジェクトを取材して感じたのは、どのプロジェクトも「得たものは支援金だけではない」ということです。では何を得たのか。プロジェクトメンバー間や組織内の信頼や、人との繋がりだと思います。それらは、形としては見えませんが、人が働く上で、個人としても組織としても重要なことです。組織が共通した成功体験を掴む場としても、クラウドファンディングへの挑戦は意味があると感じました。

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