異業界から事業責任者に 経営のプロに求められる視点―順洋会グループ 櫻井英里子CEO/法人管理本部長

東京西部で医療・介護を提供している順洋会グループ(東京都清瀬市)。現在、2つのクリニックに加えて介護付有料老人ホームや介護事業所も展開し、高齢化する地域を支えています。そんな同法人に、MBA取得、政党立ち上げの事務スタッフ経験を経て、介護事業の責任者を母から引き継ぎ、そして理事長の父の下で法人管理本部長に就任したのが櫻井英里子氏です。現場経験がまったくない中で、どのようにしてキャリアを切り拓き、職員たちと協力しているのかを伺いました。

<インタビュイープロフィール>
順洋会グループ 法人管理本部 CEO/本部長
櫻井 英里子 氏

未経験ながら赤字の有料老人ホームを立て直す

順洋会グループ 櫻井英里子

-はじめに、現在の仕事に至るまでのキャリアを教えてください。

実は、大学在学中は物書きになりたいと考えていました。そのため、自分の視野を広げたくて、シナリオを書く勉強やMBAの取得、海外留学にも挑戦しました。

留学中に今後のキャリアについて今一度見つめ直す時期があり、どうしようかと考えていたところ、知人の議員秘書から政党の立ち上げを手伝わないかと誘われました。お話を聞いてみるとベンチャー企業のような環境で、いろいろな仕事がいい経験になると思い入職を決めました。

-政治の世界から、どんなきっかけで医療や介護に関わることになったのでしょうか。

率直に、偶然のタイミングでした。政党本部の仕事は5名ほどの少人数からスタートしたので、本当にいろいろな仕事をさせてもらいました。住民の問い合わせにも、政党の代表として回答するスタンスが求められていたほどです。その後2年半ほど勤めたタイミングで、実家の介護事業を引き継いでほしいという話があがりました。私としても今後のキャリアを考えていた時期だったので、また新しいチャレンジをしていこうと決断し、今に至ります。

-未経験の業界で経営者を務めることは、大変そうに思えますが。

介護の現場は未経験でしたが、政党の立ち上げに関わる中で福祉や医療の大枠の政策や方針を知っていたので、ある程度の理解はありました。国としての先々の動きがわかっていたので、経営方針としてどうあるべきかなどは見えていたと思っています。

-たしかに、それは強みですね。実際に就任されてからはいかがでしたか。

私が介護事業の責任者に就任したとき、運営する有料老人ホームは経営難で赤字が続いていました。それだけでなく、現場に赤字の危機感がないことが大きな課題となっていました。自分のミッションはその立て直しだったので、いかに現場スタッフと課題を共有し、前に進めていけるかが重要になっていました。

-なるほど。スタッフの方々とお話する中でギャップなどはありませんでしたか。

当初は、「未経験の何もわからない人」と思っているスタッフも少なくなかったと思います。その認識を変えて、対等にお話をしていくことが最初のステップでした。

とはいえ、私自身も現場の知識は浅いと感じていたので、3ヶ月くらいは各職種がやっていることをひたすら学んでいきました。本を読むことはもちろん、スタッフから話を聞き、さらに地域のニーズを理解するために営業回りをしました。介護福祉士等の資格を取ろうとも思いましたが、資格はあくまで資格であって、現場経験の大きなギャップは埋められないと感じていました。ですので、自分は経営のスペシャリストとして、スタッフと対等にお話をしていくという姿勢を貫きました。

-実際に、スタッフの意識を変えるために取り組んだことは何ですか。

まずは危機意識を持つ必要性をひたすら話すところから始めました。そのとき「経営改善を進めていくことで、皆さんの労働環境や生活を守っていきたい」など、スタッフに寄り添ったメッセージを伝えることも意識していました。

そもそも有料老人ホームが赤字だった原因は看護師の24時間常駐体制が組めず、医療依存度の高い患者さんを受け入れられなかったこと。そのため、稼働率の低い状態が続いていたのです。そこで、24時間対応ができるように体制をシフトしていくことから始めました。はじめは今よりも仕事量が増えるので反発がありましたが、しっかりとスタッフ目線で説明をしていきました。

結果、24時間体制を取れるようになったことで稼働率も上がっていき、私とスタッフの間でお互いが認め合える関係が築けてきたと感じています。

-素晴らしいですね。その際に意識されていたことはありますか。

グループの考え方として、サービス提供と経営の役割分担をはっきりとしていく「医経分離」を常に意識していました。役職や職種の違いは上下関係ではなく、役割が違うだけです。私も「上司だから言うことを聞け」といったコミュニケーションではなく、現場スタッフを尊敬する姿勢は常に忘れずに話をしています。現場と経営でそれぞれ役割分担をして、両輪で回していこうというメッセージは今も伝え続けています。

活躍のポイントは、自分のカラーに合う法人を見つけること

順洋会グループ 櫻井英里子

-現在はグループの管理本部長も務めていらっしゃいますが、そちらはどのようなお仕事なのでしょうか。

法人管理本部はグループ全体の管理なので、介護事業とは取り組む内容がまったく違います。グループはもうすぐ設立20年になりますが、現在も拡大が進んでいます。そのためグループ施設の管理はもちろん、経営方針に則った新事業の検討や実行を進めています。

-管理本部長の立場で、注力していることは何ですか。

主に2つあります。1つはスタッフの育成です。グループの拡大をしていく中で感じるのは、施設によって現場スタッフの成熟度も変わってくるということ。スタッフが増えるほど一人ひとりに声をかけるのが難しくなりますので、管理者の育成も必要になってくると考えています。

もう1つは、現在グループで総力をあげて取り組んでいる西東京市での新規施設の開設プロジェクトです。本施設を通じ、最終的にはまちづくりに貢献をしたいと考えていますので、医療や介護もそのひとつの手段として地域の皆さまに愛されるコミュニティにしていきたいと考えています。

-これまでのお話を踏まえて、今後の事務管理職に求められる力は何だと思いますか。

事務長など現場管理職とグループの運営管理で求められるスキルは変わってくると思います。たとえば病院やクリニック単体であれば、経営上どこに赤字が発生し、どのような課題が出ているかなど、分析した上でそれらの解決策を判断し、実行する力が必要になってきます。

一方、グループになってくると各現場の動きを見ていきながら、次の一手、新しい事業を検討できる力が重要になります。現に順洋会グループでは医療以外の事業も始めており、それらは法人のミッションを達成するひとつの手段として展開しています。

ただ、法人の方針や体制に応じて求められる力は変わってくるでしょう。どちらにしても、枠に縛られない幅広い視点は必要になるのではないかと考えています。

-櫻井さんのように他業界からチャレンジを考えている方にアドバイスはありますか。

他業界に限らない話かもしれませんが、自身の強みを発揮できる法人に入り込んでいくことが大事だと思っています。

医療法人は法人によってカラーがさまざまで、それによって方針や運営体制も多種多様です。たとえば順洋会グループは、事務部門が法人をリードしていくという気持ちが強いです。人によっては、この雰囲気が嫌だと思う人もいるかもしれません。ですので、展開しているサービスを調べたり、経営者の話を聞いたりして、自分の強みを活かしていける法人を見つけることが重要だと思います。

<取材・文:浅見祐樹、編集:小野茉奈佳>

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