36歳で医事課長に。医事が病院経営に切り込むための仕事哲学―パナソニック健康保険組合 松下記念病院 西貴士医事課長

紙面からデジタルへと医療情報が移りゆく中、新卒から医事の道を突き詰めてきたのが松下記念病院(大阪府守口市、323床)の医事課長・西貴士氏です。一度病院を退職後、民間企業を経て入職した同院では、36歳という異例の早さで医事課長に抜擢。課長職就任は40歳以上が目安となる医療機関が多い中、どのような心がけが今のキャリアにつながっているのでしょうか。※所属は取材当時

新卒から10年間、医事一筋。民間企業で力試しも


―現在に至るまでのキャリアについて教えてください。

大阪厚生年金病院に10年、医療系のベンチャー企業で3年勤務した後、当院に入職。今、5年目で39歳になりました(2018年7月現在)。

新卒で病院に入職したのは偶然です。もともと公務員志望でしたが試験に受からず、就職氷河期直後で民間企業は厳しく、公務員浪人を考えていた中で大学の就職課から紹介されたのが大阪厚生年金病院でした。今まで考えたことのない選択肢でしたが、病院は社会的役割が大きいと感じたので、自分でも納得のうえで入職しました。

―10年勤めた大阪厚生年金病院では、どのような業務に携わりましたか。

所属はずっと医事課で、カルテ庫・受付・入院計算から統計業務・データ分析まで携わりました。それこそわたしが入職した当時はすべて伝票処理でしたが、徐々にオーダリングシステムや電子カルテ、DPC制度などが出てきたので、これらの導入や運用の調整役を担えたのはよい経験だったと思います。

とはいえ、オーダリングシステムの導入時は社会人3年目でしたから、他部署との調整では言いくるめられてばかりでした。それまでカルテ庫・受付・入院計算しかしていないので仕方なかったのかもしれませんが、医事課のあるべき論ばかり訴えて医師や看護師などの業務がまったく見えていなかった。その頃から事務職としての専門知識を身につけなければならないと気付き、診療情報管理士や上級医療情報技師をはじめとした資格取得に励むようになったのです。

―資格を取得するメリットは何でしょうか。

事務職としての専門性を高め、医療職としっかり会話ができることでしょうか。よく「医療職と事務職で話す言語が違うのでコミュニケーションがとれない」という話題があがります。この問題を解決するには専門用語に慣れることと、自分が腑に落ちるまで調べることしか策はないと思います。最近はインターネットで調べられるので大変便利になりました。

さらに、資格を通じて知識が身についただけでなく、同じ課題意識を持つ院外の人と出会える機会が増えたのもよかったです。医療系の資格には、だいたい取得者同士の勉強会やコミュニティがあるので、3年目以降は院外に出て情報交換することが増えました。

―院外の情報交換とは、具体的にどのような場があるのでしょうか。

「大阪医事研究会」という大阪を中心とした36病院の医事課長が毎月集まる場があります。わたしは26歳頃、当時の上司に連れていってもらったのですが、名だたる病院の医事課長が集まるので格式高い場に感じたのを覚えています。そこで他病院の医事課長から色々教えていただけるだけでなく、自分自身の見識や知識が足りないことも痛感できたので、そういったことを若い頃に感じられたのはよかったです。

松下記念病院も会員病院なので、初参加から10年経った今も参加し続けています。今年度は会長の任を賜りましたので、少しでもいい会になるように諸先輩方の力を借りながら取り組んでいるところです。他院の医事課長とこのような形で一緒に仕事をすると、さまざまな考え方に触れられるので勉強になっています。

―ちなみに、大阪厚生年金病院の後、民間企業に転職されたのはなぜでしょうか。

当時の業務内容に不満はありませんでしたが、一度病院の外に出て自分の力を試してみたかったのです。DPC制度により診療情報がデータ化されていくにつれて、病院事務職も経営を担う時代だという論調が高まり、わたしも経営学(MBA)を学びに社会人大学院に通っていました。わたしは医療経営に特化した大学院ではなくビジネス系の大学院で学んでいたので、そこに集まる起業家やビジネスパーソンから刺激を受けていた面もあります。

―社会人大学院(MBA)は、病院事務職のキャリアに役立ちましたか。

漠然としていた経営を体系立てて学べたのはとてもよかったです。とくに仕事で役立っていると感じるのは、経営学や会計学、ファイナンスで、意外な収穫となったのは統計学やデータマイニングの授業でした。普段データを扱っているにもかかわらず、今までにない考え方を教えていただいたことが興味深く、修士論文は「データマイニングを用いたデータ分析」をテーマに書いたほどです。

わたしが修了した関西学院大学専門職大学院経営戦略研究科では、現在、医療経営プログラムを開講しており、つい先日は非常勤講師として医事・医療情報管理について講義をする機会をいただきました。病院で勤務されているモチベーションの高い多職種の方と意見を交えることができ、大変有意義な時間となりました。

―社会人大学院(MBA)の学びをもとに、民間企業に入職してみての気づきはありましたか。

病院に10年もいたら病院経営のことは大体わかるだろうと思っていましたが、表面上の理解しかできていないと気づきました。その会社では医療法人の経営改善のためにアセットファイナンス(資金調達法のひとつ)を試みようとしていて、わたしの仕事は医療法人が外部委託している業務を請け負うための子会社を立ち上げて業務移管することでした。
アセットファイナンスをするには医療法人の土地・建物を買い上げる方法がありますが、そのためにはまず、投資に値する会社にすることが必要だったのです。

それこそ業務だけでなく従業員も移管しましたから、労務管理や人員の採用といった業務に関わっていたのですが、本当にわからないことばかりで。この事業は最終的には病院の経営改善につながるものだと頭ではわかっていても、スキームが間接的で理解しにくかったのも事実です。結局は病院のスタッフとして、直接的に病院の経営改善に関わりたいという想いが日に日に強くなり、今に至ります。

必要だと思うことは、機会を待たずに行動する


―その後、縁あって入職された松下記念病院では36歳の若さで医事課長に抜擢されたと伺いました。

そもそもわたしが医事課長を勤めることになったのは、たまたま中間層を担う人がいなかったということもあると思います。

ただ、病院の変化に合わせ、医事課としてできる限りの対応はしてきました。そこは評価していただけたのかもしれません。具体的には、わたしの入職後に緩和ケア病棟・地域包括ケア病棟の導入、総合診療科の立ち上げといった変化がありましたから、診療情報上の漏れがないようサポートしていったかたちです。とくに地域包括ケア病棟では患者ごとのDPC点数やリハビリ単位数など、多くの情報を把握する必要があります。それらの情報をリアルタイムで確認できるシステムを構築するなど、運用が効率的になるような取り組みも行いました。

―これからの医事課員には「データを分析して活用する」力が求められると言われますが、この点について、西さんはどのような意識を持っていますか。

データ分析でまず大切なのは、現状を見える化することだと思います。しかし、残念ながら、見たいと思う情報が電子カルテや医事システムのメニューにあるわけではありません。さらには、見たいと思う時に見えなければ情報の価値は下がります。そこで情報抽出をシステムベンダーにいちいち依頼していては時間も費用もかかりすぎてしまいますが、見たいデータは院内の情報システムに転がっているのです。そう考えると、自分で必要な情報を選び、組みなおす技術がデータを活用するためには必要です。

―西さんは、どうやってデータ分析のスキルを身に付けていったのでしょうか。

外来で受付を行っていた2~3年目の頃から、外来が一段落するタイミングで、統計業務の補助をしていました。当時の上司が統計業務を担当していたこともあって、Accessの使い方を教わりながらデータ登録や集計を手伝っていたのです。ただ当初は診療報酬請求のことを理解していなかったので、表面的な“作業”に留まっていたと思います。

その後、入院計算を担当しているとき、データを活用することでレセプト点検作業が軽減できることに気づきました。今となってはレセプト点検システムで当たり前にできますが、たとえばAとBの同月算定について、当時は紙レセプトから一生懸命になって見つけていたところをデータから探すようにしました。DPC導入に向けた試算も自力で行いましたし、データを活用すれば解決につながるような課題が多くあったことで、必然的に自分のスキルも向上したと思います。

わたしの場合は上司が任せてくれたラッキーな面もありますが、「この業務は、自分が一人前になったら」ではなく、自分に必要だと思うことはなるべく早く取り組んだほうがよいのではないでしょうか。

―一見すると病院という組織柄、自分で仕事を作り出すのは難しいように感じます。そこはどのように道を切り開いていくべきでしょうか。

たしかに病院は組織が大きい分、部署や仕事内容も縦割りになってしまいがちです。でも、それぞれが境界線を超えてオーバーラップしなければ、職種間のすき間が埋まらなくなってしまいます。わたしは院内での仕事をしやすくするためにも、医師や看護師からの依頼があればすぐに答えますし、頼まれる前に「やりましょうか?」と一声かけることも多いです。あとは、話をきちんと聞くとか、話しかけづらい雰囲気をつくらないなど、当たり前のことを怠らないようにしたいと思っています。

“まったくできない”は、ない。自己投資する時間を惜しまずに

―若手病院事務職へのメッセージをお願いします。

「受けた依頼は断るな」でしょうか。自分がそうだっただけなので押しつけるつもりはありませんが、振り返ればしんどい時こそ意味があったと思っています。

わたしが統計業務を担当したのは、医事システムを切り替えた直後です。それまでの担当者は他部署へ異動となり、システムが替わるので引き継ぎはほとんどありませんでした。他に統計業務に詳しい人は課内にはおらず、ベンダーの担当者と相談しながら対応しましたが、最初の月次報告は散々な結果。振り返ればひどかったなと思いますが、社会人3~4年目だったので「言われたからにはやらなければいけない」と。実際にやってみると「まったくできない」ことはなくて、「ここまではできましたが、ここから先はどうしたらいいですか」といった報告はできる。たとえ少しずつでもできることがあるのだと、比較的早い段階で気付けたのがよかったです。

あとは、若いうちはお金がないと悩むかもしれませんが、その代わりに時間があります。興味があることには勇気を持って飛び込んでみて、自己投資を惜しまないでほしいと思います。わたしも社会人大学院に行く前日の晩は、ついていけるのか不安でうなされたりもしましたが意外と何とかなるものです。

―今後の展望を教えてください。

健康保険組合に就職したので、データ分析の強みを生かして、データヘルス系の仕事に挑戦したいと思います。もちろん病院事務長にも挑戦したい。病院経営においてしっかり結果を出せるような人になりたいですね。でも、わたしは事務長がキャリアのゴールだとは思っていません。これから、わたしたちの世代は定年がなくなるとも言われていますから、どういう形であれ、医療業界で専門性を保ちながら必要とされる人材であり続けたいと思っています。

<取材・文・写真:小野茉奈佳>

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