明確な“病院コンセプト”に、患者とスタッフは集まる 「足と糖尿病」の下北沢病院―病院マーケティング新時代(31)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:小山晃英(こやま・てるひで)/病院マーケティングサミットJAPAN Academic Director
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門

目次

今回のテーマは、“病院コンセプト”です。「優しい」「あたたかい」など抽象的な言葉を掲げがちですが、患者さんに浸透しておらず、スタッフですら理解していない、ということも珍しくありません。そこで、コンセプトを広報に上手に活用している事例として、「足と糖尿病の総合病院」を掲げる下北沢病院(菊池守病院長)の経営企画課・宮島岩重さんにお話を伺いました。

下北沢病院 経営企画課・宮島岩重氏

「日本初」「足病」のコンセプトに、開院当初からメディア取材が殺到

──まずは「足と糖尿病の総合病院」というコンセプトが、どのように作られたのか教えてください。

アメリカでは足を1つの臓器として診る「足病科」という診療科があります。足病医の数は歯科医とほぼ同数の約15,000人いて、歯科医のように身近な存在です。お年寄りは、かかりつけの足病医をもつのが当たり前になっています。

一方、日本では足の健康の重要性が知られておらず、これまで整形外科や各科の一部として足を診ることはあっても、全体をトータルに診る「足病科」のような存在がありませんでした。そこで、下北沢病院理事長の久道勝也が、日本初、アジア初の足専門の総合病院を設立しました。

下北沢病院理事長の久道勝也先生

──日本では馴染みがない「足病」の総合病院として、認知度向上のためにどのような活動をされたのでしょうか。

開院1年目までは、足病という言葉の普及活動として積極的にプレスリリースを行いました。ありがたいことに、日本に一つしかない専門病院なので、メディアにすぐに取り上げていただくことができました。メディアの効果は大きく、紹介元となる地域の病院関係者や、患者さんにある程度認知していただくことができました。

──「日本初」というキーワードはメディアに取り上げられやすいですよね。

2年目以降は、久道先生や菊池先生が足病について執筆した本が話題を呼び、取材の問い合わせがひっきりなしに入ってきました。病院内でのテレビ収録も多く、平日の昼間に対応することが難しい場合は、撮影が夕方から深夜に及ぶことも。現在も取材依頼は多く、必然的にスタッフの対応時間も増えていますが、日本で足病をさらに定着させていくためにメディア戦略は重要だと考えています。今後も情報発信は積極的に続けていきたいです。

──メディアで貴院を知った患者さんが来院されるケースもあるのでしょうか。

そうですね、全国各地から患者さんがいらっしゃいます。足を患い他院に通院されていたが、なかなか回復しなかった患者さんが、最後の砦として下北沢病院を訪ねてくることもありました。ただ、定期的な通院が難しい場合、希望通りの治療を行えないこともあるのが課題です。特に継続的な治療が必要な病態については、フォローが難しくなります。

──モテすぎる病院ならではの悩みですね。地域に向けた発信はいかがですか。

実はマス向けの広報は順調だった半面、地域内では当院がどんな診療をしている病院なのか、周知が進まないという課題がありました。

そこで、地域の方向けに市民公開講座やフットケアセミナーを行ったんです。当院には、皮膚科や形成外科、整形外科など幅広い診療科の先生が所属しています。それぞれの専門領域を話してもらうことで、セミナーの回数を重ねていきました。さらに病院ホームページで、足病にはどのようなものがあるのかを、イラスト付きでわかりやすく説明。最近は「足病だより」という広報誌も作り、配布しています。

また、「足の見える化検診」という名で足の健康診断を開設し、未病の方に足への関心を高めていただくような工夫もしています。

コンセプトを旗印に、同じ方向を見て進めるスタッフが集まる

──宮島さんは創業時からのスタッフと伺っています。「どのような思いで入職されたのですか。

日本で唯一無二の診療を提供できることに惹かれました。

元々は医療器機メーカーに勤めていましたが、「日本初」「アジア初」の専門病院をつくると聞き、ゼロからイチを作り上げる過程を経験したいと思って入職したんです。

ユニークかつ明確なコンセプトは、スタッフの採用にも大きく影響します。実際に、各診療科の医師・看護師・薬剤師・理学療法士・管理栄養士など、各分野の第一線で活躍する最高のメンバーが、当院のコンセプトに賛同し集結してくれました。入職した時点からみんながゴールを共有しているので、同じ方向を見ながら進めていると感じています。

──明確なコンセプトを掲げたことで、足病のプロ集団をつくることができたわけですね。入職後の教育システムなどはあるのですか?

これまで看護師向けにフットケアの技術指導は行ってきましたが、体系的な教育プログラムとしてはありませんでした。そのため、本年度から米国の足病医の資格をお持ちの泉有紀先生をプログラムディレクターにお迎えし、院内スタッフ向けの足病に特化した教育プログラムを開始しています。

また南カリフォルニア大学の足病外科のDavid G. Armstrong教授と、ジョージタウン大学医学部の足病医研修プログラムのディレクターで、形成外科の教授も兼任するJohn S. Steinberg教授が、当院のインターナショナルアドバイザリーボードとして就任。定期的なカンファレンスを行うとともに、教育プログラムの作成に協力いただいております。

John先生の「Advanced Options in Surgical Offloading for the Foot」と題した院内講演会

70社超の企業と連携し、“足”に特化した事業のアイディアを創出

──産業界との連携もされていると伺いました。

足病普及のためには、業界・企業の垣根を超えた足病対策が必要です。足関連の事業の展開を検討している企業と連携し、足に特化したコンソーシアム(共同体)「足ビジネスアイディアハッカソン実行委員会」を立ち上げ、アイディアを創出する場を作ってきました。現在では、足関連以外の企業も含め、参加企業数は70社を超えています。

──病院が、企業連携の中心となって活動しているとは斬新ですね。どんなアイディアが生まれているのですか?

シューズやストッキング、靴下などの商品開発が実現しています。またそれぞれの分野を超えて、足関連の商品開発や事業創造をすること自体が、予防や未病によって健康寿命を延ばし、持続可能な社会づくりにもつながると考えています。

足ビジネスアイディアハッカソン実行委員会の会議中

──最後に今後の展望をお願いします。

当院のタグライン(ロゴマークに隣接して書かれている言葉)は「足から健康を支えてゆく。」です。足に関するほんの小さなトラブルから、命に関わる重病まで対応します。患者さんの対応だけでなく、院内外での足病教育と企業連携などの社会貢献も行い、総合的な足病治療の普及と発展を目指していきたいと思います。

下北沢病院の医師たち

<取材をしてみて>

多くの病院がコンセプトを掲げていると思いますが、「なんとなくつけただけ」「形骸化している」という病院も少なくないのではないでしょうか。確かに、コンセプトはなくても困らないかもしれません。しかし下北沢病院の事例をみればわかるとおり、病院のビジョンに沿ったユニークなコンセプトは、広報活動においても強みとなります。また、より自院に合った職員の採用や、入職後のモチベーション維持にも繋がるでしょう。貴院のコンセプトも、この機会に見直してみませんか。

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