病院公式YouTubeが公開した「コロナクラスター収束までの37日間」。配信に踏み切った思いとは? 谷田病院―病院マーケティング新時代(33)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:小山晃英(こやま・てるひで)/病院マーケティングサミットJAPAN Academic Director
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門

目次

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)について「自院で感染者が出たら、どのように情報発信するべきか」と悩んだ医療機関は多いのではないでしょうか。関連施設で新型コロナのクラスターが発生した谷田病院では、収束までの様子を動画に撮影し、自院の公式YouTube「やつだチャンネル」で配信しました。配信に踏み切った背景には、どのような思いがあったのでしょうか。事務部長の藤井将志さんと広報担当者の松永崇さんに伺いました。

谷田病院の松永崇さん(左)、藤井将志さん(右)

採用活動のためにYouTubeチャンネルを開設

──広報担当の松永さんに伺います。新型コロナのクラスターが発生する前から、YouTubeチャンネルを開設されていたということですが、きっかけを教えてください。

松永:採用活動として、どうやったら当院の情報が“採用したい層”にもっと届くようになるだろうかと考えたときに「若い人は雑誌やテレビは見ないけど、YouTubeだと見てくれる」ということに気づいたんです。以前からSNSを活用した広報をしていたためか、院内の承認もスムーズにおり、公式YouTube「やつだチャンネル」を2020年6月に開設しました。

──普段は、どんな動画を配信されているのですか。

松永: 第1回目は「力を使わない介護」をテーマに「ノーリフト」を紹介しました。ノーリフトとは、看護師や介護士が介助される人を抱き上げるときに、人力のみに頼らず、相手の自立度を考慮した器具を活用することです。

現場のスタッフから「職員の腰痛対策としてノーリフトを実践していることを、院内外に発信したい」という要望があり、YouTubeを活用できるのではないかと思いました。実際に動画を撮影してみると、ブログなどで説明するよりも圧倒的にわかりやすかったですね。

コロナクラスター発生。「収束に至るまでの対応を、社会に伝えるべきだと思った」

──関連施設で発生した新型コロナのクラスターの収束までの37日間を記録した動画は2021年11月時点で、5万7000回再生されています。配信に至る経緯を教えてください。

松永:当時、医療機関で新型コロナ感染者が発生した場合の情報発信の指針がなかったので、動画を作成するべきかどうか悩みました。DMAT(災害派遣医療チーム)から助言をもらいながら対応していく中で、感染区域をレッドゾーンとして、そこからウイルスを持ち出さないようにすること、医療従事者は個人防護具を身につけて対応すれば、感染リスクはかなり抑えられることなどを知ったんです。

施設でのクラスター発生だったのですが、患者の搬送先が見つからない間は施設内で治療をせざるを得ず、医療との連携が重要なカギになりましたし、保健所もがんばって、搬送先の病院を探してくれていました。「これらの情報は多くの人に共有するべきだ」と考え、YouTubeでの配信を決めました。

──新型コロナ関連の情報発信には慎重になる病院が多いと思います。動画を配信することに院内で反対意見は出ませんでしたか。

藤井事務部長:院内に広く確認していたら、もしかすると配信できなかったかもしれません。動画を配信することと内容については、私と松永さんのほぼ2人で決めました。こういうとき大事なのは、誰がリスクテイクするかですね。

松永:当院や関連施設が「クラスター収束までどうやって対応したか」を社会に伝えるべきだと思いました。結果として、配信した動画内容に関しての批判は寄せられていません。

──すばらしい決断力と行動力ですね。日ごろから広報内容には承認のルールはないのですか。

藤井事務部長:広報内容に承認は必要としていないですね。インスタグラムに1つ投稿するのにも、関係各所の印が必要な病院もあるようです。しかし、その過程の中で、原案作成者が伝えたいニュアンスが変わってしまうのは残念だと感じます。

松永:情報発信にはスピードも重要なので、広報にはある程度、発信内容を決定する権限を与えていただきたいです。職員のモチベーションの観点からも、目的を持って提案したものが、承認作業を経て、原案からあまりに変わってしまうのは望ましくないと思います。

「新人看護師の採血練習」も2万7000回以上再生の人気動画に

──「新人看護師の採血練習」も2万7000回以上再生されていますね。この動画はどのような経緯で作成したのでしょうか。

松永:もともと「やつだチャンネル」は採用活動を意識して始めたので、開設当初から当院の研修内容を伝えたいと考えていました。特に看護部は研修に力を入れており、一人一人に合わせた教育プログラムを作成しています。そこで看護師として誰もが通る、採血の研修を撮ることにしました。

──誰もが新人の時期があることが伝わる動画ですね。先輩が自分の経験を語りながら実演指導してくれる様子からも、新人に対してしっかり教育してくれる雰囲気が伝わり、看護師を目指している学生も安心できると思います。他の部署の研修動画もあるのでしょうか。

藤井事務部長:部署ごとに紹介動画を作っています。入職したスタッフに聞いてみると、自分が入る部署の紹介動画はほぼ確実に見ていますね。YouTubeが当院への応募人数の増加につながっているかはまだわかりませんが、興味を持ってくれた人をさらに惹きつける役割は果たしていると思います。

病院がYouTube動画を作る上で、何より大事なこと

──「動画作成は難しそう」と悩んでいる広報担当者に、アドバイスはありますか。

松永:私はもともとプライベートでも動画を作成していたので、そのノウハウを生かせました。ただ、動画作成の経験がないという方も、広報誌の延長線として考え、「写真を動画に変えるだけ」と捉えればハードルは下がるのではないでしょうか。今は動画制作の便利なツールもたくさんあり、昔よりずっと簡単になっています。まずは挑戦してみてください。私は、1本の動画を早いときは1~2時間程度で作っています。

──チャンネル開設からもうすぐ1年半が経とうとしています。病院が公式YouTubeで動画を配信する意義をどのように考えますか。

藤井事務部長:You Tubeは採用活動においては一定の効果を発揮しています。一方で、集患に繋がるかについてはまだ見えていません。動画がバズって(※)も、患者さんや地域の病院が当院を「受診してみよう」「紹介してみよう」と感じるかは別問題です。今後は成果を計る上で、アクセス数だけではない評価指標も模索中していかなければなりません。もちろん、バズりも狙っていきます(笑)

SNSなどで投稿が爆発的に拡散されること

動画を作成、配信する上で何よりも大事なことは、担当者が楽しんでいるかどうかです。松永さんが楽しんで動画作りをしていることが、「やつだチャンネル」がうまくいっているポイントだと思います。

<取材をしてみて>

「やつだチャンネル」で、病院の近くにオープンした大手チェーン店を取材している動画があります。松永さんが企画を思いつき、そのままお店に行って交渉し、撮影に至ったようです。藤井さんはこの動画についても「企画内容を上層部に相談して、組織として正式な依頼文書を出していたら取材許可が降りなかったかもしれない」と話していました。まさに現場の熱量とスピードで、動画作成からアップロードまで進めています。組織によって広報企画を承認する過程は異なりますが、情報発信をスピーディーに行える環境づくりは重要だと感じました。

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