商社パーソンが医療機関に出向!病院経営に特化したキャリアと、自身に起きた変化とは?―病院マーケティング新時代(49)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:松岡佳孝/病院マーケティングサミットJAPAN 医療マーケティングディレクター

済生会熊本病院 医療連携部 地域医療連携室長

目次

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商社に在籍しながら医療機関の事務職として出向する働き方があることをご存知でしょうか?三井物産株式会社ウェルネス事業本部の久保健一郎さんは、国内の様々な医療機関に出向し、病院経営・運営に携わってこられたユニークなキャリアの持ち主です。

現在は聖マリアンナ医科大学に出向し、デジタルヘルス共創センターのChief Healthcare Innovatorとして活躍。海外のヘルスケアビジネスの知見を活かし、ヘルスケアのデジタルトランスフォーメーションのほか、医療機関と企業の共創事業を手掛けています。久保さんに病院事務職としてのやりがいを伺いました。

プロフィール

久保健一郎さん
1993年、三井物産入社。米国、ロシア、マレーシアに駐在し、ヘルスケアビジネスを担当した。日本では三井記念病院、神戸国際フロンティアメディカルセンターに出向し、病院経営・運営に携わる。現在は、聖マリアンナ医科大学に出向中。

久保健一郎さん

3病院に出向し、「医療機関の中の商社パーソン」に

――商社パーソンが医療機関に出向されていると聞き、驚きました。

三井物産がヘルスケアサービスの事業部隊を立ち上げたのは2008年です。

海外では病院チェーンへ出資参画し、拡大するアジアの医療需要に貢献していますが、国内では病院ビジネスは非営利の原則等があるため、医療機関を取り巻く法規制や環境が大きく異なります。そのような背景もあり、医療提供を支援する周辺サービスにおいて、複数のビジネスに取り組んでいます。

医療関連ビジネスを手掛けるには、医療提供側のニーズを正しく理解することが重要です。病院内で課題を理解してビジネスを俯瞰できる人材が必要になり、私のような「医療機関の中の商社パーソン」が生まれました。

――これまで複数の病院に出向されていますが、具体的にはどのようなお仕事をされてきたのですか。

最初の出向先は三井記念病院(高度急性期/500床規模)でした。

三井家創業の病院で、グループにとって重要なアセット(経営資源)なので、グループから人材が病院に出向し、活躍しています。

私もその一人として運営に関わり、特に医療経営の根幹といえる「医療の質」向上に注力。病院の価値を上げるべく、医療サービスの質(Quality)を継続的に向上させるTQM(Total Quality Management)部を設立し、国際的な医療機能評価であるJCI受審を院内決定してその運営に携わりました。

その後は、神戸国際フロンティアメディカルセンターで勤務。消化器専門病院の開設を三井物産が支援した縁で、医療法人に出向し運営全般を担いました。新病院立ち上げという稀有な機会に参画でき、貴重な知見を得ました。

現在は、三井物産と2021年に業務提携を締結した聖マリアンナ医科大学デジタルヘルス共創センターに出向中です。学内のDX推進や外部との共創事業を担当しています。

医療経営に携わることで、意思決定の判断に新たな軸が加わった

――企業のビジネスパーソンから医療機関の経営パーソンになったことで、久保さんご自身にはどのような変化がありましたか。

まず、意思決定の判断軸が増えました。

ビジネスパーソン時代は、日々「プロフィット」と「ロス」の2軸を重視して判断をしてきました。つまり、いかに収益を上げて費用を減らすか。それを実現するためにはどうしたらいいかということです。

病院で働くようになり加わった軸は、命と言っては大げさですが、人々の心身の健康を守ることを最優先するということです。この3軸で様々なことを思考して意思決定しなければならない。3次元の判断力が求められる難易度の高い仕事だと思っています。

また、日々発生する課題に対して、効率よく最短距離で解決することが難しい仕事だと感じます。

医療はスペシャリティの高い領域で、かつ医療職が中心になって運営されています。そのため、ビジネス界では通常プロセスである「全体を俯瞰し、横軸を通して最適化し、解決策を見出す」ことの実現難易度が高いのです。

ただこの課題は、事務方のスキルによって大きく改善が可能です。経営幹部がどのくらい事務方に委ねられるか、またスキルが高い「経営職」とも言える事務系職員を育てられるかが重要だと思います。

医療の領域は学ぶことが無限にあり大変ですが、面白い。特に知見の異なる医療職の方々とともに、難しい課題を解決できたときは非常に充実感がありますね。

――医療機関の事務職に対する印象を教えてください。

熱い想いを持って入職されている方が多いと感じます。

一般企業と比較すると、医療は業務の量・タイミングのコントロールが難しいですし、休日や勤務時間など労働環境にも課題が多いと感じます。そんな中でもみなさんは「医療機関で患者とそれを支える医療職のために働こう」と奮闘されています。

事務職が経営戦略策定の根幹を担っていくことで、日本の医療はよくなっていくと信じています。先程お伝えした「全体を俯瞰して、横軸を通し、最適化して……」という分野は事務職の力の見せ所ではないでしょうか。

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次回は、聖マリアンナ医科大学でのデジタルトランスフォーメーションの取り組みとして、「マリアンナアプリ」のお話をお伺いします。

〈取材してみて〉

生産年齢人口が減少し、医療機関においても「人材不足」への対策が急務となっています。
ライセンスの有無を問わない事務系職員のリクルートは、メディカルスタッフと異なり他業界が競合となるため、優秀な人材確保には新たな施策が必要です。

また、あらゆる分野の共創が進むことを背景に、産業界と医療業界のインターフェースとなる人材の育成も求められています。
医療の枠を超えたリテラシー向上が求められる中、
・業務提携
または
・共創に取り組む双方にとってメリットが大きい場合は、企業パーソンを「出向」という形で迎え入れること
は、イノベーションを実現するきっかけになるかもしれません。

>>コロナ禍も患者面会許可を貫き、転院希望者・患者が殺到。姫野病院はなぜ決断できたのか?―病院マーケティング新時代(48)

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