本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。
著者:小山晃英(こやま・てるひで)/病院マーケティングサミットJAPAN Academic Director
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門
病院移転を機にまちづくりの中心となり、地域を動かしている北海道済生会小樽病院。病院と隣接するショッピングモール内に、市民のための健康・福祉ゾーン「済生会ビレッジ」を設け、発達支援や就労支援、子供の居場所づくりなどに取り組んでいます。北海道済生会常務理事の櫛引久丸さんに具体的な事業内容や、櫛引さんの行動力の原点をお伺いします。
目次
ショッピングモールを新しいビジネスモデル実証の場に
──隣接するショッピングモール内に「済生会ビレッジ」という市民のための健康・福祉ゾーンを設けているそうですね。具体的にどのような事業をされてきましたか。
「済生会ビレッジ」の設置には、2つの目的がありました。
一つは、通うだけで自然と健康になる場所をつくる。もう一つは、医療機関がその商業施設と連携し、医療機関としての新しいビジネスモデルを実証できる場所にするということです。
例えば、ウォーキング事業。モール内にウォーキングコースを導入し、来場者はアプリを活用し、歩行数に応じてポイントをためることができます。このポイントは、協賛テナントで利用できるように交渉しました。
また、モール内にワンコイン検診の券売機を設置しています。お客さんは買い物ついでに、隣接する当院に寄っていただくと、軽い検診を受けることができます。さらにその結果に応じて生活習慣改善を希望する人には、モール内のパーソナルジムでの独自の運動プログラムも用意しています。
このような活動が広がると、「我々とも連携しないか」と他の企業からの申し出も増えてきました。
検診の受診率が課題となっている企業には、病院のノウハウを活かし、企業研修の実施や健康経営の支援をしています。
健康経営の認証を取得したい企業へは、健康情報を毎月提供するなど、特定保健指導の受診率向上に取り組みました。当院にとっては収益が向上するだけでなく、地域企業との連携により小樽病院としてのブランド力も強化され、地域住民との繋がりが深まりました。
また、他にも「きっずてらす」という発達支援事業所をつくっています。
発達が気になる子供を育てる小樽市外に住む家族が、小樽に滞在しながら、のびのび子育てをする暮らし体験プログラムを用意しました。日常から少し離れた地域での保育園留学が可能です。
ほかにも、就労継続支援事業所の設置、利用者の筋力維持や認知症予防を目指す買い物をリハビリテーションプログラムなど、世代問わず集まれる場所をどんどん作りました。
小さな事例を積み上げているところですが、これらが何百例も形になって、まちづくりになってきます。単独では採算が合わない事業もありますが、済生会ビレッジ経由での新入院・新外来患者数が増えてきており、住民とつながる効果が確認できています。
──住民が暮らしを豊かにするためのサービスやモノを生みだし、より良いものにしていく「リビングラボ」ができているわけですね。行政との関わりもあるのでしょうか。
2023年12月に、小樽市と当院との包括連携協定が結ばれました。いくつかの行政部署がモール内に移転してくる予定です。収益化が難しい事業も安定的に運営できるようになり、これから大きな成果が出てくると期待しています。
第2の済生会ビレッジも設けられる予定です。障害者、高齢者、子供、誰もがスポーツを楽しめるように、人工芝を引いた全天候型のスポーツエリアを開設。副業を含めて、あらゆる人が働ける場所にしていくつもりです。
社会福祉法人がまちづくり、事業に取り組む理由
──櫛引さんたちの行動力が素晴らしいと感じました。櫛引さんの視野の広さと行動力の原点はどこにあるのですか。
私は元々、医療従事者として院内で働いていました。その当時、診察室の椅子一つとっても患者さん目線ではないことに違和感があったのです。サービス向上委員会などで活動し、「患者さんのため」という精神で行動してきましたが、組織を大きく変えるには病院の土壌自体を変なければならないと感じました。
そのために経営に関する勉強を続けてきましたが、30代で院長先生にお誘いいただいたのを機に事務の企画室を担当することに。そこからさまざまな病院改革に取り組んできました。
──病院を変えるのは、患者さんのため。経営に携わることで、組織変革に挑戦されてきたわけですね。最後に、病院経営に関わる方にメッセージをいただけますか。
病院事業は基本的に診療報酬制度の規則内で取り組むため、視野が狭くなりがちです。一方で、社会課題解決に対する医療業界の機能のウエイトはとても大きくなっています。
なぜ社会福祉法人がまちづくりに取り組むのか。
今の地域課題として挙げられる高齢化、独居老人、買い物移動の困難さ――、そういうのって我々の業務の範疇ですよね。病院外に目を向けると、私達ができることは、もっともっと幅広いのだと認識できます。
地域包括ケアシステムにおいて、病院の役割はわずかですが、役割を広げ、地域全体に健康と福祉を提供することが期待されています。地域社会と連携し、共に成長し合う仕組みを築くことが、未来のまちづくりにおいて不可欠でしょう。
お互いの資源を持ち寄って、イベント的に実施するのは本来の地域課題解決ではありません。不採算を覚悟しなければならない時もありますが、経営は仕組み化しないといけません。
我々は事業に投資もしますし、利益を回収し、継続性を担保させようと日々努力しています。これからも、医療福祉のまちづくりを通して、小樽の地域課題に挑戦し、未来を共に築いていく。そんな使命感を胸に、我々は前進し続けます。
取材してみて
北海道済生会小樽病院は、商業施設の中に新しいアイディアやサービスを組み込み、事業の多角化を進めています。
特に、地域住民の参加と共感を得られる事業を展開され、地域社会に新しい資源や価値を創造。未来志向の地域社会を築くための一翼を担っています。
今後はどの地域でも、病院がまちづくりの中心を担っていく流れは進んでいくと思います。そのためには、櫛引さんのようなキーパーソンが必要です。病院組織における人材の重要性を感じさせる事例でした。
>>病院移転を機に社会福祉法人がまちづくりを牽引!~北海道済生会小樽病院の挑戦(前編)―病院マーケティング新時代(54)
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