病院のマネジメントとは?「組織行動の規範」の醸成こそが目標―溝口博重の「院長、それじゃみんなは動きません」vol.5

病院のマネジメントとは?「組織行動の規範」の醸成こそが目標―溝口博重の「院長、それじゃみんなは動きません」vol.5

「溝口さん、最近、リーダーシップ研修やマネジメント研修などの案内が多いのですが、どういった内容のものにスタッフを参加させればよいのですか?」といった相談を受けることがあります。
確かに、「リーダーシップ」も「マネジメント」も超大事。けれど、組織運営において一番重要なのは「組織行動の規範」があるかどうかです。
前回も登場していた「組織行動の規範」という言葉、「なにそれ?」という方も多いでしょう。今回はその中身について、お話をさせていただきます。

病院組織は、いわゆる「組織論」からすると標準的とは言い難い構造をしています。まず、組織構成員の多くが国家資格を有する専門家であり、また我が国ではそのトップである理事長・院長がプロの経営者でないことを前提とした組織構造となっています。

経営面において、一般的な民間企業と異なる点は主に以下の3点です。

経営上のポイント

1)医療は公定価格であり、診療の値段が全国一律で決まっている。
2)医療費は保険者から支払われるため、未払いがない(窓口支払いを除く)。
3)医療政策による誘導で、行うべき医療サービスに一定の指針がある。

医療費は市場価格ではないという点と、売掛金の未回収リスクや市場動向の把握など、いわゆる「民間企業」とはビジネスの構造が異なる、という点をご理解いただければ充分です。

一方で、組織運営面の特徴としては以下の3点が挙げられます。

組織運営上のポイント

1)医療有資格者の基本的な業務は「患者の治療」である。
2)医療有資格者は自身の仕事に責任を持つ。極論すれば、他者の仕事は知らずとも良い。
3)医師が全体の指示を出す事になっているが、医師も各職種の細かい仕事内容を把握していない。

現在、保険診療では「同一サービス同一価格の原則」があるので、ベテランが担当しようと新人が担当しようと、報酬に差異はありません。一般的に、このような専門職は自身の知識・経験・技術を評価してもらいたがるものですが、医療スタッフは診療報酬という形では、自分のスキルに対する評価を得ることができないわけです。

しかし、それでもスタッフたちが一定の士気を保って医療に取り組んでいる病院組織は少なくありません。なぜ、そうした病院ではスタッフのモチベーションを維持することができるのでしょうか?

そのカギとなるのが、「組織行動の規範」なのです。

「組織行動の規範」とは何か?

結論から述べると、「組織行動の規範」とは、その組織の一員として相応しい行動指針のことです。言葉通りの意味ですね。具体的にどういったものなのか、例を挙げながら説明していきたいと思います。

医療機関は、「組織行動の規範」の前提である価値基準の統一ができていることが多いのです。その価値基準とは、すなわち「患者の治療」。病院スタッフの多くは「患者の治療」については、指示がなくとも取り組みます。それが専門職としてのMissionだからです。

同時に、医療従事者の多くは、自身の専門分野に関わる治療を担当します。
病院では、医師、看護師、薬剤師、理学療法士、栄養士など、様々な専門家が各々の専門領域で力を発揮し、患者の治療に取り組んでいます。診療規則上、医師の指示の下で診療を行いますが、その実、それぞれの過程の詳細については、医師も把握していません。職種が細分化しているのにはそれなりの理由があります。医師自身も専門職であり、他職種のマネジメントができるならそれに越したことはありませんが、その本質は技術者であってマネジャーではないのです。

病院のマネジメントを行う経営幹部と、組織を構成している専門職スタッフそれぞれの目的と互いの関係は、下記の図の通りです。

図1 経営幹部と専門職スタッフの目的と関係

図1のように、経営幹部と専門職スタッフ、それぞれの立場によって組織内での目的は異なります。
一般的に、病院の医療スタッフが「病院の黒字化」を第一目的として働くことは考えにくいですし、病院の黒字化のために働け、と言われてモチベーションが上がる専門職スタッフは極めて稀有だと思われます。概念的には、患者治療の延長線上に黒字経営があることが望ましいとされ、黒字経営が先行して目標になることは少ないでしょう。

しかし、一口に「患者の治療」と言っても、多様な捉え方があります。そこで、「組織行動の規範」が登場するのです。

例えば、患者さんの治療として、病気以外の困っていることまで含めて考える病院と、あくまでも病気の治療のみに専念する病院があるとします。

前者の病院では、治療の最終的なゴールは退院ではなく、患者さんの社会復帰・日常復帰をサポートすることだと考えられており、それをスタッフに徹底して伝えています。これがその病院での行動指針となります。スタッフたちは、患者さんの身体的な傷病だけでなく、社会的、経済的な課題を解決するために様々な知恵を絞るでしょう。そうした「治療」には診療報酬はつきませんが、患者さんから感謝されますし、スタッフの視点が病院の外にも向いています。より広範に問題を把握し、活発に社会資源の利用を考える病院組織になる素地があると言えるでしょう。

一方、後者の病院では、病院の役割は患者の傷病治療のみにあるとされ、スタッフは、もっとも早く確実に、そして結果として低価格の医療費で治療することに専念します。こちらの病院では、診療報酬がつかない社会的・経済的な問題については自分たちの仕事ではないと考え、病院組織として最大限の効率化と専門性の深化を求めています。自ずとスタッフの考え方は、合理的・効率的なものとなり、そのやりがいも、治療成績の向上や低コストでパフォーマンスを上げる、といったことになってくるかと思います。

前者と後者に善し悪しはありません。
その組織がどういった価値観を有しているか、そこでは組織の一員として何を規範に行動することが求められるか、それだけの話です。
組織内で価値観や理念がしっかり共有されている組織では、院長や上司などから指示されなくとも、スタッフの一人ひとりがそうした指針に即した行動(知識や経験、技術を含む)を迷わず取ることができます。このような組織は非常に強いです。組織行動の規範の重要性を図示してみましょう。

図2

図2にあるように、病院組織において、組織行動の規範という基盤があれば、スタッフの価値観の平準化につながり、ひいては組織文化まで昇華させることができます。これが生産性・利益率・治療成績すべてにつながるのです。その病院は地域からの評判もよく、また組織運営においても、理事長・院長を悩ませることが少なくなるでしょう。

リーダーシップ研修やマネジメント幹部研修は、組織力向上につながるか?

結論から言えば「NO」です。
リーダーシップの定義は非常に曖昧です。新しい医療や組織を立ち上げる際には必要だとは思いますが、一般的な医療機関を運営する上で、必須要件ではありません。加えて、リーダーシップは研修では身に着けられないと考えます。
リーダーシップについては、また後日触れたいと思いますが、技術的なものではなく、その人物の在り方が重要になってくるでしょう。

またマネジメント研修の多くは、人材管理についてのスキル学習にすぎません。
前述したように、医療従事者の多くは専門職であり、上から言われなくとも患者治療を行います。医療有資格者のマネジメントに興味があるのなら研修を受けるのもいいでしょうが、本質的には専門職は管理に対して相性がよいとは思えません。事務長などの非医療職においては、医療スタッフの管理をする上である程度必要な要素ではありますが、やはり必須とまではいかないかと思います。

ゆえに、組織行動の規範が必要になるのです。
自律的な組織ネットワークの醸成、とも呼べるかと思いますが、それぞれのスタッフに、自主性・専門性を加味した上で、組織の一員としての在りようを学び、実践してもらうことが組織運営においては極めて重要なのです。

前回も触れましたが、大事な話なので繰り返します。
組織行動の規範を構築する上で、重要なのは下記の3点です。

1)組織としての目標・目的の明示
2)組織内部の統一した価値観の提示。
3)自身の業務の可視化、評価、正当化の機会の創出。

病院のように専門職が多い組織こそ、組織行動の規範がより重要になってきます。

次回はその実践事例なども踏まえて、さらに詳しく説明したいと思います。
これを実践できるのであれば、院内から院長の右腕が誕生するのも、そう先の話でないでしょう。

今回の標語
「組織行動の規範とは、組織文化のための土台創り」
【著者プロフィール】溝口博重(みぞぐち・ひろしげ)
株式会社AMI&I 代表取締役、NPO法人医桜 代表理事。
全国の医療機関の人材採用・組織マネジメントを中心とした経営支援を行うとともに、医学生に人気の研修「闘魂外来」やNPO法人日本救急クリニック協会の立ち上げに携わるなど、現場医療の課題解決にも精力的に参加している。
仕事への基本姿勢は「10年後の医療をもっと良く、さらに良く」
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