経済成長の陰にあるカンボジア国内の医療の現状

カンボジアの医療

東北大学医学部医学科6年
武内就

2017年8月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

4月に大学の実習の一環でカンボジアのNational Pediatric Hospitalに留学した。

現地に到着すると、首都プノンペンは高層ビルが建ち並び、若い人たちはスマートフォンなどの最新の電子機器を操り、経済の発展は著しいように感じた。実際、2011年以降、経済成長率は7%(※1)を維持しており、中国やインドと肩を並べる。そのため、実際に現地を訪れてみると、当初私が予想していたイメージとは違い、夜は東京のように明るく、途上国とは思えなかった。

しかしながら、ホテルにチェックインするやいなや、同年代のフロントの男性が、「僕は生まれつき体が悪く、日本の病院で手術してもらって良くなって感謝している。日本は先進医療を行っていてどんな人でも救えるが、カンボジアは遅れていて、みんなが助かる訳ではない。」と言われ、とりわけ医療においては、経済のように成長著しい訳ではないのではと思った。

※1. IMF-World Economic Outlook Database

私が今回留学したNational Pediatric Hospitalは、首都プノンペンに位置する国立小児病院で、小児外科や感染症科、新生児科など15の部門からなる。病床数は150ほどで、120人の医師と200人の看護師が働いている。

病院に着いて早々、目に付いたのが、廊下に置かれたベッドである。病院が患者さんで溢れ、廊下に病床を作らざるをえない状況のようである。また、病室や手術室では日本語や日本の国旗をよく目にした。カンボジアにとって日本は最大の開発援助国であり、医療器材などの多くのものが日本から寄付されたものであった

経済成長が進む中で、貧困に起因した病気がなくならないのも現状である。私がみた生後3ヶ月の女の子は、下痢を主訴に受診した。私が現地の研修医を介して母親に詳しく聞くと、「自分は健康でないと思っている。だから、母乳を与えたくなかった。でも、粉ミルクを買うお金もないから、代わりにシリアルを与えていたら具合が悪くなってきた。」と答えた。このような事例は稀ではなく、深刻な栄養失調で来る子供も少なくない。

ところで、粉ミルクも買うお金がないということは、病院を受診するお金もないのでは?と思うかもしれないが、国立病院にはtik tik fundというものがある。厳しい審査を受けて支払い能力がないと認められた家庭が1回の受診で20ドルまで無料になるというものだ。
それでも、長期間の入院となると、経済的には厳しい。ちなみに、1泊の入院で10ドルかかるそうだ。

カンボジアには日本のように国民皆保険がないため、医療費は基本的に全額自己負担である。そのため、個々人の経済力によって受けられる医療が決まってくる。小児外科の教授Dr. Vuthyも、「手術が必要な子供でも、お金がないという理由で手術を拒否する親がいる」と言っていた。

治療を受けられたとしても、国内では受けられる医療は限られてくる。私が留学した病院も、レントゲンやエコーはあっても、CTやMRIはなく、国立病院にも関わらず大きな手術は行うことができない。先天性心疾患の子どもも入院していたが、こちらの病院では小児心臓の手術が行えないとのことで、親はとても不安そうであった。

NGOの病院で大きな手術を行っているところもあるが、それでも、毎年21万人もの人がタイやシンガポールなど近隣諸国の病院へ行っているのが現状である。その理由の1つに、クメールルージュの存在がある。1970年代、武装組織クメールルージュを率いるポル・ポトは独裁体制をひき、2万人を超える人々を虐殺した。その影響で、487人いた医師は、内戦直後には43人にまで激減した。

その後、生き残ったごく少数の医師が中心となって医師の養成にあたったが、それでも不十分であった。そのため、1980年代、政府はベトナムから医師を招いた。Dr. Vuthyも、「私が医学部2年生の時の組織学の先生はベトナム人であった。」と言っていた。しかしながら、それも短期間のことで、十分な医師を養成するに至らなかった。そのため、社会主義国を中心とした諸外国から派遣された医師に頼らざるをえなかった。そして、現在もカンボジアの医療は外国人医師に依存しているのが現状であり、自立には至っていない。

それにも関わらず、国内には医学部が3校しかない(公立1校、私立2校)。そのため、現在は人口1500万人に対してカンボジア人医師は3000人ほどしかいないと言われている。学費も平均月収100ドルに対して月100ドル以上かかり、一部の限られた人しか医学部に行くことできない。さらに、日本と違い、専門医の資格を取るのが非常に難しい。カンボジアの医学部は日本と同様に6年制だが、専門医の資格を取るのはとても狭き門で、合格率は約5%と言われている。その上、生涯で専門医試験は2回しか受けることができない。人気な科は100人に1人しか受からない年もあるそうで、私が現地で友だちになった小児科の医師も「元々は皮膚科医になりたかったけど、私の受ける年は皮膚科の募集が全体で3人しかなく、15人募集の小児科に変えた」とのことだった。これでは、国内の専門的な医療は進まない。

今回実際にカンボジアを訪れてみると、街は想像していた以上に栄えていた。しかしながら、経済の発展が進む一方で、医療は追い付いておらず、経済と医療の乖離を感じた。カンボジア国内では医師という職業の人気は高く、平均月収が300ドルほどにも関わらず「名誉のある仕事だから」という理由で医師を目指す人は少なくない。そのうえ、常に皆が私に「日本ではこの疾患はどのように治療しているの?」と聞いてくるなど、向上心が強い。
私は、将来、カンボジアと違い、専門医の資格をとりやすい日本で専門性を身に着け、その知識や技術をカンボジアに還元したいと感じた。そして、彼らとともに、カンボジアの経済に取り残された医療水準の向上に貢献したいと思っている。

(2017年8月9日 MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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