新内科専門医研修制度について、いま研修医2年次が考えていること

新内科専門医研修制度について、いま研修医2年次が考えていること

市中病院 研修医2年次
匿名希望

2017年8月14日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

多くの方が関心を寄せられているように、現在、新専門医研修制度について議論が進められています。私たち研修医の研修内容、職場選択、ひいては人生設計そのものをも大きく左右する、非常に大きな制度変革です。しかし当事者である私たち研修医の意見は全く反映されないままに、開始日程やスケジュール決めばかりが先行しており、その内実は全く不透明と言わざるを得ません。大雑把な枠組みのみが決められている状態で、中身は未だに議論の只中にあり、私達現場の人間のほとんどは、新しい研修システムをほとんどイメージできていません。にもかかわらず何故か来年度から開始されるということばかりが強調され周知されている、という空恐ろしい状態です。

現在公開されている情報をかき集めてみますと、新専門医制度施行の際には、実際に研修をする私たちにとって多大な不利益が生じることは明らかですが、それも自ら関心を持って情報収集をした人にしか分からないような状態です。私達の多くは忙しい現場での日々の研修で精一杯で、この現状について情報を持っていない研修医も多くいることでしょう。私は以前よりこの制度改革に疑問を抱いて時折情報収集をしておりましたが、当然ただの一研修医が意見を述べさせて頂く場もなく、関連ニュースを見てはただ悶々と過ごして参りました。今回たまたまご縁があって筆を執らせて頂く機会に恵まれましたので、私が特に問題と思っている何点かについて、まとめさせて頂きたいと思います。

1.まず原点として、制度改革をする必要性自体の検討が不十分

そもそも今回の新専門医研修制度の策定の前提として、現行の研修制度で「具体的に何が」不十分であったのか、その根拠となるデータが示されていません。そうした評価自体、なされていないのではないかと邪推してしまいます(すくなくとも容易にアクセスできる情報源の範囲では、そうしたデータには行き着きません)。直近十数年の医師へのアンケート調査など、現行の後期研修プログラムに対する問題点の抽出作業は、どこかで行われたのでしょうか。そもそも現場の声を吸い上げようとする試み自体、全く為されている様に感じられません。現行のプログラムで十分な研修を積むことができたと考えている医師も多くいるはずですが、今回の変更で具体的に研修内容の「何が」改善するのでしょうか。そしてその根拠はどこにあるのでしょう。多くの犠牲を払ってまで、画一化して凝り固まった、「遊びのない」制度を現場に押しつけることが、本当に必要なのでしょうか。

2.循環型研修の強制は間違いなく研修の質を下げ、また研修医の給与は減額となる

自施設以外の病院での研修の強制にも、大きな問題があると考えられます。
まだ多くの研修医が意識できていないと思われますが、この間の研修医の扱いが非常に不透明です。循環型研修中の給料はどこから支給されるのか、毎度退職扱いになるのか、などの具体的な内容です。細切れの研修病院変更により毎回退職扱いとなる場合、単施設研修をした場合と比べてボーナスも退職金も大幅に減額となります。地域によっては総額数100万円単位の差額となるでしょう。そのような状態で大学病院へ帰局・配属となると、給与面でも非常に不安が残ります。また、異動に伴う煩雑な採用書類や、引っ越しなどの諸手続も大きな問題です。そもそも半年や1年のみでは異なるカルテ・異なる病院システム・スタッフ等に慣れるだけで多大なストレスになると考えられ、大きな研修の質の低下が見込まれます。
また、循環型研修は地域医療の崩壊を防ぐという観点で加えられた項目のようですが、むしろ単施設研修を主として地域医療を支えてきた地域も多くあるはずです。それぞれの地域で歴史を持ってその地域に適合する形で成り立ってきた医療を、今回の一斉改革で地ならししてしまうことに、どれほどの意義があるのでしょうか。地域に大きなしわ寄せを残しても得られるメリットが、今回の制度にはあるのでしょうか。そもそも地域医療の偏在の問題を専門医の問題と絡めて議論することに大きな矛盾があるように思います。プログラムに組み込むことで責任を若手医師に押し付けて、強制力で解決しようとしているのでしょうか。
しかし特に「内科」の新専門医制度における循環型研修では、まだsubspecialityも定まっていない様な、初期研修医の延長線上でしかない 「宙ぶらりん内科」 の状態で他施設に派遣されるケースが一般的となります。そのような人材が現場で大きな戦力となるようには到底思えません。前述の「施設への慣れ」の問題もあり、しばらくは本来のパフォーマンスすら発揮できないことでしょう。
女性医師のことも考える必要があります。これまでの研修でも出産・育児との両立は困難でしたが、今回の新専門医研修の施行でプログラムの締め付けが厳しくなり、そこに他病院での研修の義務化も加わることで、さらに両立が困難になろうとしています。住所を転々としなければならない中、育児出産のタイミングはますます難しくなることが明らかです。途中でのカリキュラム性への移行など提案されているようですが、現時点であまりにも不透明で、情報が不足しています。このような状態で来年から開始などと言われても、研修医2年次の身からすれば、全く悪ふざけであるとしか思えません。今後医師全体の3割近くを占めるといわれる女性のキャリアパスに対し、配慮が全く不十分です。今回の新専門医制度の施行の問題があるために、専門科の選択に悩む女性研修医は、周囲にも多数見かけます。

3.内科症例スタンプラリーの強制は、医師としての成熟をむしろ妨げる

現在の制度設計ではSubspecialityの研修も並行して開始できる様に変更されたようですが、であれば従来通りの「内科認定医」+「subspeciality専門医」の制度設計に近づけるべきと考えます。現在施行されようとしている制度設計では、症例スタンプラリーが従来と比べて強く締め付けられており、これは若手医師の成熟をむしろ妨げると考えます。総合内科的観点、Primary Careは医師としての基本能力で、たしかに重要なものではありますが、初期研修から含めて医師4年目や5年目にもなって、専門研修と並行して他の内科症例のスタンプラリーを継続することに、いかほどの価値があるでしょうか。
5年で数十%の内容が古くなる(使い物にならなくなる)と言われる臨床医学の分野で、最初の数年間だけスタンプラリーを延長したところで、その医師のその後の総合的な「内科力」は果たして担保されるのでしょうか。時代が変わっても概ね普遍とされている「症候学」「身体診察」「臨床推論」「基本的な超音波検査」など、医師として基礎となる力はむしろ初期研修のうちに身に付けるもので、プライマリケア能力の高い医師をはぐくむのであれば、そうした観点で制度設計をすべきです。スタンプラリーを延長すれば身につく、という能力ではありません。その点では、初期研修やER研修の充実をはかることのほうが、より合理的なように思います。
危惧されるのは、ただ症例集めをするという目的だけの診療や担当医配属となり、ベッドサイドでの学びがほとんどない、形骸化した研修が普遍化してしまうことです。そうなってしまえば、症例報告などただの事務作業であり全く無価値なものですが、J-OslerというWebを利用した報告システムはむしろそれを助長してしまうように思います。

4.現場の人間、特に今回主役となる研修医の意見が、そもそも収集されていない

私が最も問題に感じるのはこの点です。今回の制度変更にあたり、現場の意見はいかほど加味されているのでしょうか。すでに現場の感覚から離れてしまっている遙か雲上の先生方が、机上の空論をかざして生んだ新制度を、権威主義的に現場へ強要することが、果たして本当にプロフェッショナル・オートノミーの形と言えるのでしょうか。現場の人間が、現場をよりよくするために試行錯誤をする。あるいは、指導者が現場の意見をしっかりと汲み取って、それを反映してこそのプロフェッショナル・オートノミーではないのでしょうか。その言葉を掲げるのであれば、本来、全国の初期研修医および後期研修医に対して意識調査を行うべきではないでしょうか。アンケートなどの形式で、全国の忙しい研修医の「机の上」に、必ず眼につくように、紙媒体で、今回の専門医制度改革についての諸々の問題点を開示した上で、意見を問うべきです。選択肢型でもよいでしょう。現場は何を問題に思っていて、何を改善してほしいと考えているのか。そしてその結果を全て公開すべきです。
専門医機構は結成当初から現場感覚の欠如が問題点として挙げられていたにもかかわらず、このような取り組みが未だに行われていないことには違和感を覚えます。情報の開示が不十分であるということも何度も指摘されているにもかかわらず、解決の試みが為されている気配がありません。本当に情報を開示するなら、医師の机の上に紙媒体で配置すべきです。そうした部分にこそコストをかけるべきで、立派なオフィスを構えることよりも遙かに重要なことです。現場の医師は忙しいのですから、「忙しくて情報収集できていないなら、それは自己責任」とも取れるような、現在の一方的な情報配信形式(Webでのあまりにも長文なPDFのみの開示)は、あまりに不条理です。
そもそも常識的に考えれば、こうした大きな制度の施行前には十分に吟味を重ねるべきで、不透明な部分があるのであれば、それを全て明らかにした上で、「公布」から「施行」までの時間をおくべきです。具体的には、当事者となる医学部6年生が、十分に制度設計を理解した上で初期研修先を選択できるようにすべきだと考えます。あるいは大きく譲歩したとしても、最低でも現在の研修医2年次が、後期研修病院を選択する前には全情報が揃えられているべきと考えます。今から募集が始まって来年度から施行など、全く言語道断で、あまりにも非常識なスケジュール設定です。私たち研修医2年次は、どのような判断基準で後期研修先を決めればいいのかも全く分かりません。また、今からの後期研修病院の検討は、時期的にもあまりに遅れています。
機構は何をあわてているのでしょうか。もっと議論を重ね、現場の意見を抽出し、よりよい、柔軟性のある制度設計を行ってから、各病院に適応してもらい、その上で開始時期を「公布」すればよいではありませんか。その状態で若手医師が自分の進路を設計できるようにして、その後の「施行」とすればよいではありませんか。どうしても来年度に始めなくてはならないという機構の焦りは、果たして本当に医療のため、プロフェッショナル・オートノミーのための焦りなのでしょうか。機構の組織運営など、あくまでも組織の都合のように思えて仕方がありません。
今後の日本の医療のためにも、今一度、十分な検討を強く望みます。

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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