後期研修医の視点からみた新専門医制度の欠陥

後期研修医の視点からみた新専門医制度の欠陥
安城更生病院
副院長/神経内科部長 安藤哲朗

2017年2月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行

新専門医制度は専門医機構・学会・大学と医師会・病院団体の綱引きによって物事が決められ、新制度の当事者となる現在の初期研修医、学生、現場の指導医の視点はほとんど顧みられていない。
この稿では当事者の立場から見て、新専門医制度のどこに欠陥があるかを論じる。本来は最も当事者である研修医が意見を述べるべきだが、彼らは学習・研修で多忙であり、十分な情報を持っていない。漠然とした不安を抱きながらも意見を述べることができない状況である。私は、市中病院において20年以上にわたり初期研修医、後期研修医(専攻医)を守り、支援し、教育してきた。若い医師を育てることを天職と考えている指導医であり、日常的に研修医達と意見交換をしているので、指導医の立場から述べるとともに、研修医の立場も代弁して述べる。

1.新専門医制度の実態は「後期研修医管理制度」である。

初期研修のように法律で規定されたものではないものの、初期臨床研修を終えた医師は、「いずれかの基本領域の専門研修を受けることを基本とする」としていることから、これは「後期研修医管理制度」であると理解できる。内容的にも指導医数、症例数などの外形基準の縛りが主体の制度である。プログラムは採用人数に規制が設けられており、また都会では人数がさらに制限されることになる。自分が希望している施設の診療科で働けない可能性が、現在よりも高まるだろう。事情によりどうしてもその地域で働きたい医師は、志望科を変更せざるをえない。
また後期研修を終えた時期の医師は、専門医としての入り口に立った段階であって、国民のイメージする「その領域において深い経験と能力を持つ専門医」とはほど遠い。国民目線から見ると「後期研修終了医」という名前の方が実態に則しているのではないか。

2.後期研修医の身分保障、経済面の配慮がない。

初期研修医には国費が支払われており、ある程度経済的な配慮がされている。しかし後期研修医にはそのような制度はない。少なからぬ大学病院では、十分な給与を支払うことができないであろう。この年代ではすでに家庭を持つ医師が少なくないが、初期研修医よりも給与が少なくなる可能性がある。そうなるとバイトをしなくてはならず、研修に専念できない。
また基幹病院から連携病院に所属が変わるときの身分保障や給与がどうなるか、いまだ不透明である。

3.女性医師のキャリア形成への配慮がない。

今後は医学部卒業生の約3割が女性である。後期研修時期の女性医師は結婚し出産・育児をすることが多い年代でもある。産休が6カ月は認められているものの、その後の育児において、状況によっては時短や非常勤などのフレキシブルな勤務ができることが望ましいが、そうするとプログラム制の専門医を取得するキャリアが閉ざされてしまう可能性がある。
カリキュラム制よりもプログラム制の方が優れているという強いエビデンスがないならば、柔軟なキャリアを容認して最終的に到達目標に達すればよいとすべきではないか。

4.医療安全への配慮がない。

医師のローテート制と患者の死亡率は関連があるというエビデンスがある1)。初期臨床医は、単独で診療をしない立場なのでローテートは容認できるが、後期研修医は主治医になる立場なので、不要なローテートはできるだけ減らす方が安全である。
また、施設を移動することは医療安全において大きなリスクを伴う。国立国際医療研究センターの脊髄造影剤の死亡事故は、以前の施設と造影剤の取り出し方法が異なっていたことが要因の一つと考えられている2)。後期研修医の立場からみると、その病院のシステムに慣れておらず、また医療安全管理体制がどのようであるかがわからない。国立国際医療研究センターのように当事者の後期研修医を刑事事件の被告に追い込むような対応をする病院もあるため、安心して診療ができない。また逆に指導医の立場からすると他の施設からローテートしてきた後期研修医が、どこまで任せられる医師であるかがわからない。そのため後期研修医に対しても二重主治医制をとらざるを得ず、医師不足に拍車がかかる。

5.柔軟なキャリア形成を阻害する。

誰がどのような根拠で決めたかわからないが、19の基本領域のいずれかを選ぶように決められて、プログラム制なので途中で進路を変更することが困難になる。従来は、脳外科をやっていて途中から救急医になるとか、整形外科からリハビリ医になるとか、神経内科医から神経病理医になるというキャリアを積む医師が少なくなかった。医師としての経験を積む中で、自分の興味と適性がわかってくる場合があるのである。また、そのような柔軟な進路をとる医師がその領域の幅を広げ、医療を進歩させてきた。進路変更がなければ山中伸弥教授のiPS細胞は生まれなかったかもしれない。
硬直化した基本領域―subspecialty構造を持つ新専門医制度が始まると、時代の流れによる医療ニーズの変化に合わせた柔軟な対応が取りにくくなる。

6.担当した患者に責任を持って診る態度が涵養されない。

従来は後期研修医の年代は、ある程度責任を持って担当した患者を診る時期であった。地域医療の一端を担って目の前にやってきた患者に対応し、わからないことは調べ先輩に聞いて、飛躍的に医師としての実戦的能力が伸びる時期である。やってきた患者に全力で対応するのを繰り返して、気が付けば3、4年間で多くの経験を積むことになる。そして卒後6年目に専門医試験を受けることで、自分の経験の足りない領域に気づき、それを補うために勉強して、専門医資格を取ることで専門医として出発点に立つのがこれまでの制度であった。新専門医制度で予定されている施設移動を伴う短期ローテートの方式では、責任を持った診療をする態度は涵養されない。
新専門医制度になると、内科の場合は70疾患群200症例の主担当医となることを目標とする(終了認定には56疾患群160症例以上)とされているため、「なるべく多くの疾患群を集めるために、一度診た疾患はもう診なくてもよい」、「要領よく疾患群を集めたい」という動機が生じる可能性がある。極端な場合には、外来でフォローできる患者を、後期研修医のために無理やり短期入院させて受け待たせなければならない施設もでてくるかもしれない。地域医療を担う医師のあるべき姿勢を身に着けるのに、新専門医制度はふさわしくない。

これらの制度欠陥を考えると、研修を受ける当事者にデメリットが極めて大きい。ほとんど絶望的ですらある。立ち止まって考えるようにと、制度開始が1年間延期されたが、大きな問題点は何ら解決されていない。多くの医療現場の指導医は、この制度の欠陥に気づいている。そして一部の心ある医師達は反対の声を上げているが、それが専門医機構や学会を大きく動かすまでに至っていない。新専門医制度を設計している人達は、現場感覚が薄れている人達が多いのかもしれない。
私は指導医として、経済的な不安や医療紛争に巻き込まれる心配をできるだけ払拭して、研修医がよい臨床経験を積むことに専念できるような環境を提供したいと思う。しかし新専門医制度により今後はそのようなよい研修環境を提供することが著しく困難になる可能性が高い。若い医師がよい医者に育たないと、日本の医療の未来は暗い。
医療の未来は若い医師達の前に開かれているべきである。若い医師達の未来を硬直化した制度で縛るべきではない。当事者の学生、研修医達が、このとんでもない制度の情報を集め、考え、議論して、声をあげるべきである。「私たちは医師として、こういうキャリアを積んでいきたいので、新専門医制度には乗りません」と。かつての学園紛争の時代には、学生達が国家試験をボイコットしてインターン制を廃止に追い込んだ。この絶望的な制度を頓挫させるには、当事者の若者達が声をあげ、行動するしかないと思う。

文献
1) Denson JL, Jensen A, Saag HS: Association between end-of-rotation resident transition in care and mortality among hospitalized patients. JAMA 316: 2204-2213, 2016
2) 橋本佳子:医療維新、国立国際医療研究センター、誤投与事故「10の疑問に回答」Vol.1
https://www.m3.com/news/iryoishin/367013

(2017年2月1日 MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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