懇切丁寧な個別指導

病院の個別指導と監査
井上法律事務所 弁護士
井上清成

2017年8月29日 MRIC 医療ガバナンス学会 発行

1.個別指導の常識・非常識

医療者は誰でも、厚労省の地方厚生局による保険診療報酬請求の「個別指導」を受けたくはないであろう。「個別指導」の結果、不正請求または不当請求とみなされて監査に移行させられたり、不正請求分または不当請求分として自主返還を求められたりするからである。少なくとも医系技官である指導医療官から、行った保険診療への難癖をつけられ、時には誹謗中傷されることすらあるらしい。そのような捉え方が、医療界では、いわば常識となっているようである。
しかし、その常識は、社会一般の本来の常識ではない。実は、医療界特有の非常識であると言ってよいであろう。

2.個別指導は本来、懇切丁寧

街を歩いていると、学習塾や受験予備校の看板がよく目につく。ドキッとする宣伝広告に出会う。その一つが、「懇切丁寧な個別指導」などという謳い文句である。
何んと、あの「個別指導」が受験生の顧客向けのセールス文句になってしまった。何とも異様な光景だと感じてしまう。
しかし、しばらくして落ち着いて振り返ってみると、異様なのは、「個別指導」にビクビクしている筆者(や医療者)である。学習塾や受験予備校は、決して異様ではない。むしろまともである。
日本語で「個別指導」という時の「指導」は、「教育」とか「研修」を指す。「個別教育」とか「個別研修」という意味である。決して、「個別調査」とか「個別監査」を意味しない。
つまり、「個別指導」をゆがめた意味で理解していたのは、一般社会ではなく、医療界の方であった。医療界の理解の仕方こそが、非常識だったのである。

3.監査みたいな個別指導

医療界特有の誤った理解の端的な現われが、個別指導を拒否した場合の措置であろう。
厚労省保険局の監査要綱とそれに基づく実務運用では、「正当な理由がなく個別指導を拒否したとき」は監査に移行するものとされている。しかし、個別指導を拒否したら監査に移行するなどというのは、法的に見れば論理的でない。監査とは、不正請求または不当請求の疑いがある場合に行われる調査である。さらに、監査は、決して過去の制裁ではない。
個別指導を拒否することが直ちに不正請求または不当請求の疑いを生ぜしめるものではないし、監査はそれ自体として制裁措置でもないのである。つまり、個別指導を拒否したら、その拒否自体を端的な理由として、拒否自体に対するそのものへの制裁(たとえば、拒否した医療機関名を公表することなど)を加えればよい。
現状は何となく、そのように個別指導と監査とが中途半端に連動・関連、もしくは混同・混濁してしまっている。監査みたいな個別指導(監査的個別指導)は、本来の個別指導でない。監査的個別指導を廃して、本来の「懇切丁寧な個別指導」に戻すべきである。

4.自主返還を目指す個別指導

現在、指導には集団指導・集団的個別指導・個別指導の区分があり、それらの運用につき、厚生労働省保険局医療課医療指導監査室は「医療指導監査業務等実施要領(指導編)」(平成28年(2016年)3月)をもって詳細に定めた。それによると、集団指導・集団的個別指導・個別指導の3つの間で「目的」については何らの違いがない。いずれも、「療担規則等に定められている保険診療の取扱い、診療報酬の請求等について周知徹底することを目的として実施する。」と定められている。
また、「経済上の措置」についても、集団指導についてはそもそも何らの定めもない。集団的個別指導についても、その趣旨は集団指導と同じであり、「教育的指導を目的としていることから返還は求めない。」とされている。
ところが、個別指導については、何故か突然に、無留保に「自主返還」の措置が定められた。「指導対象となったレセプトのうち返還が生じるもの及び返還事項に係る全患者の指導月前1年分のレセプトについて、自主点検の上、返還を求める。」という定めである。そこには、目的の違いにも、取扱いの違いの理由にも、何らの留保がなく説明すらない。
そのようなことでは、「自主返還を目指す個別指導」とでも評さざるをえなくなってしまう。「教育的指導」に矛盾する取扱いでもある。したがって、今後の運用は早急に、自主返還を目指すのは改め、「自主返還なしの個別指導」に改善していかなければならない。

5.指導と監査を切断すべき

結局、問題の根本は、個別指導と監査とがリンクしていることにある。
個別指導は「個別教育」や「個別研修」といった教育的指導に徹し、監査は不正請求・不当請求の「調査」に徹すべきであろう。保険医療機関指定や保険医登録の取消といった「行政上の措置」も、自主点検・自主返還といった「経済上の措置」も、監査の後に限定しなければならない。個別指導の後には「行政上の措置」を行わないのと同じく、「経済上の措置」も行わないこととすべきであろう。
したがって、個別指導と監査とをきちんと区別して、切断するべきである。指導を拒否したから監査に移行するとか、指導と監査の担当者とが同じであるとか、およそ法的に適切さに不十分さを感じそうな点は改めるべきであろう。そうしてみると、究極の問題点は、指導も監査も地方厚生局に同じく担当させている現行の組織体制に行き着く。
指導にも監査にも本来の機能を発揮させて、国民皆保険の体制を維持させていくには、結局、指導の担当機関と監査の担当機関とを分離することが適切である。そうすると、指導は現行通りに地方厚生局に、そして、監査は厚労大臣直轄として本省に、それぞれ担当を分離することが望まれよう。

(MRIC by 医療ガバナンス学会より転載)

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