大学院で学んだ理論は、病院事務職の実務に生きるのか? 済生会熊本病院―病院マーケティング新時代(45)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:小山晃英(こやま・てるひで)/病院マーケティングサミットJAPAN Academic Director
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門

目次

本連載42回目から執筆者に加わった済生会熊本病院・地域医療連携室室長の松岡佳孝さんは、業務と並行しながら、2022年4月に九州大学のSPH(公衆衛生系大学院)に進学されました。実は同じ病院の田﨑年晃事務長も、九州大学SPHに進学された経験を持つそうです。田﨑事務長と松岡さんに、病院事務職のキャリア形成をテーマにお話しを伺いました。(後編)

▼前編はこちら

病院事務職がSPH(公衆衛生系大学院)進学で得たものとは?済生会熊本病院―病院マーケティング新時代(44)

済生会熊本病院 事務長 田﨑年晃さん(左)、医療連携部地域医療連携室室長 松岡佳孝さん

院内のデータ解析を強化。救命救急センターの指定につながった

──大学院での経験が業務につながった例はありますか。

田﨑事務長:私が大学院に進学したのは2007年のことですが、その学び・つながりを当院に還元できたこととしては

  • データの可視化および、院内における共有体制の整備
  • 病院職員、行政職員の共同教育の機会創出

の2つでしょうか。

具体的には、Microsoft Access、SQL Server、SPSSなどを用いたデータ解析手法を習得したことにより、院内会議でデータ活用方法やベンチマーキング結果をフィードバックできるようになりました。

また、大学院で築いた熊本県や熊本市の医療行政担当者とのパイプを活かし、地域の急性期医療の客観的状況を定期的に報告する機会を設定。病院職員、行政職員の共同教育の場となっています。

当院は2010年に救命救急センターの指定を受けましたが、これは院内外でデータに基づいた議論・報告を重視するようになった結果だと考えています。
県の救急搬送データ分析についても数年間受託し、地域の救急医療体制の充実にも携わることができました。

得た学びを、院内の人材にどう伝えていくか?

──田﨑さんの行動力が行政も動かしたのですね。ところでデータ解析について、特に病院組織では「できる人がやる」という風潮が強く、スキルの伸長・共有が難しい印象があります。貴院ではどのように対応されているのでしょうか。

田﨑事務長:当院には、従来の医療支援業務と経営企画業務を融合したような役割を担う医事企画室という組織があり、医療と経営がわかる経営マネジメントスタッフの育成の場となっています。
医事企画室が解析した院内のさまざまなデータは、日々の病院経営に生かされます。
DPC制度(DPC/PDPS)が始まった頃、病院経営にデータを活用することを目的として設置され、私は初代室長です。

当院ではもともとクリニカルパスを導入し、患者さんへの説明の充実、根拠に基づいた医療の標準化、効率化と可視化を推進してきたのですが、DPCはその成果を確認できるツールとなりました。

──まさに理論と実務をつなぎ、院内に新たな流れを創出されたわけですね。松岡さんは現在大学院で学んでいる最中ですが、今後の展望を教えてください。

松岡地域医療連携室室長:田﨑事務長のお話を改めて伺い、やはり組織変革を実現するためには視野の広さと行動力が必要だと再認識しました。

そして「実務と学問をつなぐ」という私の夢を、既に実践されている先輩の下で働ける環境は恵まれているとも思います。

地域医療構想が始まって以降、行政との連携は難しくなっている面があるのですが、お互いのニーズが合致する部分は必ずあるはずです。
「2040年問題」「DX」「AI」――。医療機関がこれから取り組むべき課題は山積していますが、大学院で理論、データ解析スキルを習得して視野を広げ、より確実な実務につなげていきたいです。

病院事務職は学び続け、「対外試合」を重ねなければならない

──最後に、今後の病院事務職に必要とされることを教えてください。

田﨑事務長:「対外試合」の経験を積むことだと考えています。
事務職は医療職と違い、自分自身の手で役割・価値を創出していかないといけません。潜在能力以上のものを出すためには、いかに多くの対外試合を経験するかが重要です。

院内に留まらず、様々な部署や病院の外の人たちとの交流を増やしましょう。新たな知見を得ることで、新しいアイデア・イノベーションの創出が期待できます。

病院内で企業内起業家のような人材が生まれると、組織が成長する起爆剤となるでしょう。
我々は、病院経営マネジメントのプロです。
医療や世の中の動きをつかみ、学習し続けなければ、その役割は果たせません。自分自身や病院の価値を常に考え、洞察力を磨きながらステークホルダーのために動く、真の経営マネジメントが求められています。

*****

九州大学大学院 医療管理・経営学専攻22期生は『Advent Calendar 2022』にてブログを公開しています。各学生の進学の経緯や大学院での学びなどを紹介する企画です。
執筆は2022年12月1日~25日の期間限定ですが、その後も公開は続きます。ぜひ、ご覧ください。

<取材してみて>

いま、社会人の学びの重要性が高まっています。

ウェビナーなどが浸透し、学ぶ機会は広がりましたが、この不確定な現代社会で成長に大きな差を生むのは、田﨑事務長が表現された「対外試合」の経験の有無でしょう。
これまで踏み入れてこなかった領域に飛び込むことこそが重要なのです。

知識やスキルを得るだけでは十分と言えません。それらを使いこなせる実践力を持つために、院内にとどまることなく、様々な経験を重ねていく必要があると感じました。

>>公衆衛生系大学院(SPH)進学した事務長/地域医療連携室長に聞く!病院事務職が「学び直し」する意義とは? 済生会熊本病院―病院マーケティング新時代(44)

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