人見知りのわたしが病院長になる決断をした理由―前編―医師への選択、医師の選択【第29回】

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著者:野末睦(あい太田クリニック院長)

 
質問:院長就任に誘われたらどうするべきでしょうか?
※編注:質問に対する「私的結論」を次回掲載します。

教授選に敗れた時、残念な気持ちはありましたが、むしろ自分自身と向き合い、今後のキャリアを考えるいいチャンスでもありました。向き合ってみるとこれから学問の世界で生きていくのもいいけれど、むしろどこかの病院長として病院全体の運営、経営に携わってみたいという強い希望があることに気づきました。この気持ちが生じたのは、関連病院への出張で、医療をマネジメントすることの面白さ、病院長としての生活の楽しさを実感していたからだと思います。

単身赴任は避けたかったので、茨城県で病院を探し始めましたが、求人があるのは個人立の小さな病院の院長職だけでした。その時45歳だったわたしが個人病院の雇われ院長になれば、定年までの20年、その病院の院長として働くことになるでしょう。そこにやりがいを感じ続けられるかと考えた時、避けたい道だなというのが本音でした。

徳洲会との出会い

そんな、いろいろな可能性を探していたところに、親友の医師から「徳洲会もあるぞ」と誘われたのです。1月も末のある夜に、徳洲会の人事担当の方を囲んで、その親友とわたしと鍋をつつきながら、医療にかける思い、病院運営をやってみたいことなどを、つれづれなるままに語りあっていたところ、急にその人事担当者が「これから徳田虎雄理事長(当時)に会いに行きましょう」と言ったのです。普段は一人っ子で育ったせいもあってかなり人見知りのわたしが、国会議員であり医療界では伝説的な人物の徳田氏に、いきなり会いに行きましょうと言われても腰が引けてしまいます。一度は断るのですが、その時は、親友が一緒だったこと、まただいぶお酒が入っていて気が大きくなっていたことなどもあって、会いに行くことにしました。土浦発20時過ぎの特急に乗って上野まで行き、迎えの車に乗って、永田町にある徳洲会本部についた時は21時を過ぎていました。そこには、ぎょろっとした目で、わたしをじっと見つめ、ゆっくりと力のある声で語り掛け、そして時々この世のすべての困難を背負っているような溜息を「ふーーーー」と長く吐く姿の徳田氏がいました。この息を長く吐く習慣は、その頃発病しつつあったALSの症状を緩和するためだったのかもしれません。いずれにしろ、徳洲会が掲げる「命だけは平等だ」の理念や、離島・へき地医療にかける思いなどをお聞きし、その後、徳洲会のいくつかの病院を見学することを約束し、深夜0時を過ぎたところで、家まで秘書の運転する車で送ってもらいました。

≫次回に続きます≪

 

野末睦(のずえ・むつみ)

初期研修医が優先すべきこと1―医師への選択、医師の選択(野末睦)筑波大学医学専門学群卒。外科、創傷ケア、総合診療などの分野で臨床医として活動。約12年間にわたって庄内余目病院院長を務め、2014年10月からあい太田クリニック(群馬県太田市)院長。
著書に『外反母趾や胼胝、水虫を軽く見てはいませんか!』(オフィス蔵)『こんなふうに臨床研修病院を選んでみよう!楽しく、豊かな、キャリアを見据えて』(Kindle版)『院長のファーストステップ』(同)など。

 

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