病院経営ケーススタディーvol.1:指示待ちの部下たち…自ら考える組織、どうやってつくる?【ケース編】

トップダウンが常態化…K病院の場合

K病院の概要
  1. 病床数:200(一般病床80床 回復期病棟120床のケアミックス)
  2. 場所:首都圏郊外
  3. 職員数:約250名

会議をしても自発的な発言が少なく議論が発展しない。自分で考え、行動できる職員がいない。
「この組織を変えるためにはどうすればよいのだろうか?」
新しくK病院の事務長に就任したT氏のため息は止まらなかった。

K病院ではこれまで、院内の意思決定のほとんど全てを理事長が一人で行ってきた。人事も理事長の一存で行われており、管理職の入れ替えは多い。一方で、理事長と一定の距離のある一般職員たちにとっては、それほど悪い職場環境ではなかった。言い換えれば、理事長には意見をしない方がよいと割り切って、与えられた業務を粛々とこなす職員が多かった。

しかし昨今、医療経営環境が激しく変化するのに伴い、理事長ひとりで意思決定するには限界が出てきている。問題が深刻化するまで理事長に共有されにくいこともあり、様々な経営課題への対応が後手に回って、K病院の経営状況は悪化。理事長は焦りを感じていた。いずれ一人娘に病院を継がせるつもりだが彼女は他院で医師をしており、病院経営にはあまり興味がない。

K病院の幹部たち

  1. 理事長 兼 院長:68歳・男性。外科医。創業者である父から引き継ぎ15年目。
  2. 理事:32歳・女性。理事長の娘で医師。K病院では勤務していない。病院経営に興味なし。
  3. 副院長:58歳・男性。内科医。人柄はよいが病院経営には関心がない。争いを好まない性格。
  4. 看護部長:58歳・女性。理事長にはあまり意見はしない。
  5. T事務長:45歳・男性。ボトムアップ型の経営改善コンサルティング会社に勤務していた。医療業界には精通していない。

「私ですら経営がままならなくなりつつあるのに、経験のない娘なら今以上に悪化するのは目に見えている。この病院を守るには、自分が健康なうちにトップダウンの組織を変え、職員みんなで病院経営や改善活動について考え、変革を実行できるような病院文化をつくらなければいけない」
こう考え、現場の声を聞こうと試みたものの、気がつけば自分ばかり話している。一向に現場の声を吸い上げることができない状況に業を煮やした理事長は、コンサルティング会社出身であるT氏を新事務長として登用することにした。

T事務長は、多くの企業でボトムアップ式の経営改善活動を実施してきた実績がある。医療業界には精通していないものの、新たな視点で病院の組織風土を大きく変えてくれるのでは、という期待からの雇用であった。しかし、就任後まもなく、T事務長は企業でなら機能していたやり方が、病院では通用しないと思い知らされることとなる。

T事務長がミーティングで直面した現実

T事務長はまず、病院の課題の一つである「外来の待ち時間」にフォーカスをあてることにした。K病院では、外来の待ち時間が常時1時間を超えており、ひどい時には2時間を超えることもある。にも関わらず、根本的な原因や対策について職員間で議論・検討されることはなかった。結果、SNSや口コミサイトなどには、利用者からのネガティブな書き込みが後を絶たない。その影響もあってか、外来患者数は年々減少している。

K病院の収益構造を考えると、経営状況を改善するには、「いかに手術症例を増やしていくか」がポイントとなる。その窓口となる外来患者数の減少は、病院の大きな課題であった。理事長から相談を受けたT事務長は、あえて発言力の強い理事長を含めないプロジェクトチームを作り、改善策を検討することにした。

プロジェクトチームのメンバー


各メンバーにはプロジェクトの目的と、原因と解決策について自身の考えをまとめた上でミーティングに臨んでほしいと伝えてある。できるだけ現場の意見や多角的な視点を取り入れたいと考えたT事務長は、メンバーのうち受付を行っている医事課職員と勤続年数の長い総務課長には特に、「ミーティングで率先して発言してほしい」と伝えた。しかし、ミーティング当日…。

T事務長 「混雑時には外来の待ち時間が2時間を超え、患者さんからのクレームも多い。原因と対策について、現場目線で意見を出し合っていただき、改善策を皆で考えたいのです。ここでの発言が皆さんの評価にマイナスに作用することはありませんので、ぜひ忌憚のない意見を聞かせてください」
副院長 「皆さんご意見はありませんか?」
一同 「・・・」
副院長 「一時間に診る予約患者の枠を減らせないですか?」
看護部長 「私もそれが良いと思います」
外来主任 「私もそう思います・・・」
看護師長「でも、それでは患者さんにとってはさらに不便になりますよね。原因をつきとめないと根本的な解決にならないんじゃないでしょうか」
看護部長「じゃあどうすればいいのかしら? 改善策を聞かせてくださいよ」
看護師長「それは・・・」
T事務長「まあまあ。事務職の2人はどうですか?」
医事課職員・総務課職員 「・・・」
看護部長「総務課の人にはわからないでしょう。それよりも、クレームが多いのは受付の対応に問題があるのかもしれないわね」
医事課職員「そう言われましても、私は自分の仕事で精いっぱいで・・・」
T事務長「総務課長は勤続20年と院内のことをよくご存じのはずです。なにかお気づきの点はないですか?」
総務課長「僕は総務課の仕事しかわからないし、他院の状況を知る機会もないですから…。現場のことは皆さんの方がよくお分かりでしょう」
T事務長「・・・」

結局このミーティングの間、建設的な意見や考えはほとんど出なかった。しかも、予め発言を促していた医事課職員・総務課職員が口を開かないことにT事務長は困惑した。そもそも、自分の考えがある職員自体、少ないのかもしれない。病院の問題を自分ごととして捉えていないのだろうか。社員がトップダウンに慣れ思考停止してしまうケースは一般企業でも見受けられるが、ここまで現場から意見が吸い上げられない環境は初めてだった。

T事務長は、これが多くの病院で一般的な問題なのか、K病院特有の問題なのかすらわからなくなってきた。いずれにせよ、病院の経営を立て直すには、彼らが自ら考え、自発的に行動できるようにする必要がある。
「どう働きかければ、彼らの意識を変えることができるのだろう…?」
T事務長の苦悩は始まったばかりである。

【設問】
  1. そもそも、K病院には本当にボトムアップ型のマネジメントが必要なのでしょうか。
  2. プロジェクトメンバーが課題に取り組む上で、障壁となっている問題は何だと思いますか。具体的に、3つ以上挙げてください。
  3. プロジェクトメンバーが待ち時間の解消を自分の問題として捉えるためには、どのような働きかけが有効だと思いますか。
加藤隆之(かとう・たかゆき)

病院向け専門コンサルティング会社にて全国の急性期病院で経営改善に従事。その後、「全国初の足と糖尿病の専門病院」下北沢病院の立ち上げに参画。現在は日本M&Aセンターで医療機関向けの事業企画に従事。中小企業診断士、経営学修士(MBA)、工学修士などの資格を有する。専門領域は病院経営、データ分析、組織マネジメント、コスト削減。

<編集:角田歩樹>

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