病院経営ケーススタディーvol.1:指示待ちの部下たち…自ら考える組織、どうやってつくる?【解説編】

病院組織の体質について

「指示待ちの職員が多い」経営層の悩みの背景にあるものはなにか

病院では、T事務長のように「職員が自分で考え行動してくれない」という悩みを抱える経営層が恐らく少なくないでしょう。私が事務長として感じるのは、特に病院事務職においてこうした傾向が顕著である、ということです。あくまでも個人的な見解ですが、その背景には、そもそもこれまで病院に経営的な視点や変革があまり求められてこなかったこと、その結果、病院組織では有資格者を中心としたヒエラルキーが根づき、事務職の発言力が弱かったことなどがあるように思います。しかし現在、医療のあり方は転換期を迎え、病院経営の複雑性が増しつつある。こうした状況に対応するには、病院の責任者である理事長や院長を、事務職が経営面から支えていく必要があります。つまり、病院経営において中心的な役割を担える事務職の育成が、急務となっているのです。

トップダウンとボトムアップのメリット・デメリット

K病院ではトップダウンのマネジメントが根づいてきたために、指示待ちの職員を量産してしまったようですね。既にご存知の方も多いかとは思いますが、準備運動としてまずトップダウンとボトムアップ、それぞれのマネジメント手法のメリット・デメリットを整理しておきたいと思います。

トップダウンとボトムアップ、いずれも長短があります。組織の変革が急務の場合、スピード重視でトップダウン式の意思決定を行うべきケースもあるでしょう。ただし、現場の理解を得ないまま進めれば反発は免れません。退職者が増加したり、現場で機能不全が生じたりするリスクがあります。一方で、ボトムアップ式の意思決定はある程度組織が成熟していないとうまく機能しないという側面があります。たとえば、ミーティングなどでそれぞれの職員が自己中心的な意見を述べるだけで収拾がつかなくなってしまう、といったケースが想定されます。また、現場の意見が優先されるあまり、病院の理念やミッションに反する形で意思決定が進んでしまう可能性も。組織の成熟度や変革のスピードに応じて、何を優先すべきか、どちらの意思決定の方法が適しているかをよく見極める必要があるでしょう。

K病院のプロジェクトチームが抱える課題とは?

前置きが長くなってしまいましたが、ケースに戻って考えてみます。ケース内の情報から、私は以下のような問題があると感じました。

(1)人の問題

  1. スタッフのモチベーション低下(自分で考え動くことがマイナスにこそなれ、プラスにならないため、必然的に職員一人一人のモチベーションは低下し、それに伴い生産性も低下)
  2. スタッフ間のトラブル(理事長ににらまれたくない看護部長と、患者さんの利益を優先したい看護師長の確執)

(2)環境の問題

  1. 職員間のコミュニケーションが生まれにくい(医療者と事務職員間の相互理解不足)
  2. 組織や業務が固定化しており、刺激・変化に乏しい

(3)制度・システムの問題

  1. トップの一存による人事など、不合理な評価制度
  2. 事務職員の育成が不十分

まだまだありそうですが、このチームは単に個々の力量が不足しているというより、トップダウンや縦割りの組織構造が強くなりすぎた結果、多くの課題を抱えるに至ったことが読み取れると思います。こうした状況に対し、T事務長はどう動くべきなのでしょうか?経営学で用いられるフレームワークをもとに、私個人の考えをご説明したいと思います。

トップダウンの組織を変えるために必要なもの

職員の意識統一(ミッション・ビジョン・バリュー)

プロジェクトチームが機能するためには、まず各メンバーが共通のゴール、つまり病院の目指す方向性を理解し、自分自身の問題として認識する必要があります。K病院では長らく「病院の方向性=理事長の意思」であったため、職員にとって「自分が何のために働いているのか」を自覚しにくい環境だったと考えられます。まずは組織が社会に存在する意義や役割を明確にし、メンバーで共有する必要があるでしょう。その参考になるフレームワークがミッション・ビジョン・バリューです。

ミッション・ビジョン・バリューを定義することで、それぞれの職員が何のためにその組織に所属し、働くのかが明確になります。いわゆる理念などの形で共有している医療機関も多いのではないでしょうか。しかし、ミッション・ビジョン・バリューに一貫性がなかったり、職員が十分に理解できていなかったりすれば、職員の行動には反映されません。まずは職員全員が「自院は〇〇のために存在している」と言えるよう、自院のミッション・ビジョン・バリューを十分に浸透させる必要があると思います。

目指すゴールを明確にし、職員のモチベーションを高める(GROWモデル)

病院の目指す姿を明確にしたら、次はそれに向かってメンバーが業務に取り組めるよう、サポートしていく必要があります。K病院のような組織では、目標は上が一方的に決め “やらされる”ものであり、そもそも「自身がどうありたいか・業務を通じて何を達成したいか」を考える機会は少なかったと想像されます。まずはそこを明確にすることが、課題を自分事化する第一歩でしょう。とはいえ、サポートといっても具体的にどうすればよいのでしょうか。

ここではGROWモデルという、目標達成を支援するフレームワークをご紹介します。

GROWモデルの活用方法

GROWモデルとはコーチング手法の一種で、目標設定と課題解決を支援するフレームワークです。メンバーの話を傾聴して目標(Goal)と現状(Reality)のギャップを整理し、ギャップを埋めるための資源(Resource)、選択肢(Options)、意思(Will)を明らかにすることで、業務に対するモチベーションを高めます。

(1)ゴール設定(Goal)
職員自身が将来的にどのような姿・状態でありたいのかを業務上の課題や目標に紐づけて設定する。

◆ポイント
・本人が自分事として考えられる目標を設定する
・目標が病院の目指す方向性とどう関連しているのか、職員に対し意識づけを行う
例)外来の受付担当として、患者さんに気持ちよく利用していただけるよう改善活動を行う(業務効率の改善や患者さんへの接遇力向上を通じクレームの数を〇割削減する)

(2)現状把握・資源の発見(Reality・Resource)
現状について目標達成度や課題を可視化し、達成のために活用できる資源(ヒト・モノ・カネ・情報・時間・スキル・経験など)を整理する。

◆ポイント
・不足している資源よりも既に持っている資源に注目し、課題に対し前向きに取り組めるよう働きかける
例)現状:クレームを月30件以上いただいている
     業務の効率が悪く、予定していたタスクの70%程度しか実行できない日が多い
  資源:事務長や他スタッフとの良好な関係(ヒト)
     以前、接客のバイトをしていたのでコミュニケーション力に自信がある(スキル)

(3)現状とゴールのギャップを明確化
目標達成に向けてすべきこと、課題解決するうえでハードルになりえること、を整理する。

例)
・自身の業務で手いっぱいで、患者さんに目配りしたりスキルアップしたりする余裕がない
・患者さんが何に怒っているのか正確に把握できていない

(4)選択肢と意思の確認(Options・Will)
目標達成のための選択肢(具体的なアクション)を思いつくだけ挙げる。一つ一つの選択肢について、やる気が持てるかどうか、本当に実行するかどうかなど本人の意思を確認しながら、実行の優先順位や期日を設定する。

◆ポイント
・選択肢を挙げる際は、いったん実現可能性や費用対効果などは気にせず、思いつくもの全て挙げさせる
・職員の考えたアクションに対し、批判や否定をしない
・中間目標や失敗した時の対策についても考えられるとベター
例)
・月1でどの業務にどれだけの時間がかかっているか確認。無駄やつまずきがちなポイントを洗い出し、〇か月後には現在〇時間かかっている業務を〇時間でできるようにする
・月に1回クレーム内容を確認し、特に不満の高い点については事務長や他のスタッフにも共有する

目標達成のためのリーダーシップとは

ミッション・ビジョン・バリューの浸透にせよ、GROWモデルの活用にせよ、一朝一夕でできることではありません。T事務長にとっては長い道のりになりそうです。ただ、ここは事務長としての腕の見せ所でもあるのです。パス・ゴール理論によると、リーダーに求められるのは、メンバーを目標(ゴール)達成に向けた道筋へと導くことです。その際、どのように働きかけるのかリーダーの行動として4つのスタイルが提示されており、それぞれどのような条件下で有効となるかは以下のように考えられています。メンバーや状況に応じたリーダーシップの発揮が求められるでしょう。

発言しない職員…事務長として実践していること

私自身は、事務長として職員に働きかける際に山本五十六の言葉である「やってみせ 言って聞かせて させてみて 誉めてやらねば 人は動かじ」を意識しています。職員に「どうすればうまくいくか」を具体的に見せ、その方法を学んだ上で、実践してもらうのです。たとえば、ミーティングで意見が出ず、議論が発展しなかったとき。ミーティング担当者には意見が出なかった理由をまず自分で考えてもらいますが、解決策がなかなか見えない時には私から「1人ずつ意見を聞いて出てこなかったから、3~4つの小グループに分けてディスカッションさせ、そこで出た意見を各グループでまとめて次回ミーティング時に発表してもらってはどうか」といった具体的な提案をします。そして実際に担当者に運用してもらうのです。

このとき、私が大切にしているのが、「自分の考えを発言しても周囲から否定されることはない」という安心感を職員に持ってもらうことです。他人の反応に対し不安や羞恥心を感じれば、人は安心して自分の考えを発言することができなくなってしまいます。メンバーの意見を引き出し、建設的な議論を行うには、メンバー1人ひとり発言することに不安感を抱かないよう、環境を整えることが非常に重要なのです。ですから、他人の発言を遮ってコメントしてしまいがちな職員には、人の意見を遮らず最後まで聞いてもらうよう、事前に伝えるなどの根回しも行います。こうした地道なサポートの積み重ねが、職員の育成につながるのではないかと思っています。

しかし、これには思いのほか忍耐力が求められます。私自身、まだ職員は考えている途中なのに、ついじれったくなり自分の考えを先に述べてしまうことも・・・。自分の未熟さを痛感させられる日々ですが、事務長も職員と一緒に成長できるよう、日々学んでいくしかないのかもしれませんね。

【参考文献】
・「【新版】組織行動のマネジメント―入門から実践へ」(スティーブン P.ロビンス (著),・髙木 晴夫 (翻訳)、ダイヤモンド社、2009年刊)
・「ビジネスフレームワーク図鑑 すぐ使える問題解決・アイデア発想ツール70」(株式会社アンド著、翔泳社、2018年刊行)

<編集:角田歩樹>

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