人口減少地域の市立病院が、起死回生をかけた医師採用とは─銚子市立病院 谷杉和紀事務長

人口増減率が千葉県54市区町村のうちワースト5(※)と、人口減少が加速する銚子市で、地域の医療を支えているのが銚子市立病院です。経営悪化に伴い2008年に運営休止、公設民営として再開後も紆余曲折を経ながら、地域を支えるため医師の招聘に奔走しました。エムスリーキャリアの採用支援サービスや、人材紹介サービス各社を活用して2018年後半からの約1年間で6名の医師を採用。救急告示取得や回復期リハビリテーション病棟の開設などが現実味を帯びてきたといいます。事務長の谷杉和紀氏に、これまでの採用活動の成果や、職員の定着率アップのための工夫などを伺いました。
(※…総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」)

本事例のポイント

課題・大学医局や近隣医療機関からの医師の派遣が見込めない
・アクセス難により、待遇面を改善するだけでは人材紹介会社に医師を紹介してもらいにくい
取組みのポイント・紹介会社の登録医師に対して病院からオファーし、医師に直接リーチする
・「地域医療に熱量のある医師」をターゲットにする
・医師一人ひとりのニーズに合わせて訴求する
結果・約1年間で6名の医師(エムスリーキャリア4名)を採用
・医師の増員により、2020年度からオペの開始、回復期リハビリテーション病棟の開設などを予定

アクセスの悪さや運営休止の過去が、採用の障壁に

──谷杉事務長は銚子市医療公社が指定管理者となった2015年から事務長をされていると伺いました。

以前は銚子市役所の保険年金課に10年ほど在籍しており、病院経営に関してはまったくの素人でした。いろんな職種の方がいて考え方もそれぞれ異なる病院組織の雰囲気に、就任直後は戸惑いもありましたね。
当時の指定管理者が、苦肉の策として年収をつりあげ医師を確保していたこともあり、当時、患者さんからの評判は正直芳しくありませんでした。前年度の赤字額は4億7千万円。経営状況の悪さもあいまって、院内の雰囲気は暗かったです。経営再建には地域のことを考えてくれる医師の招聘がマストでした。

──当初、どうやって医師を招聘しようとしたのですか。

伝手をたどり大学医局からの派遣を引き出せないかと考えました。しかし、なかなか厳しい状況で……。他院から医師を派遣してもらおうにも、近隣病院も医師不足でぎりぎりの状況です。それに、派遣してもらっても「少し重篤なので自院に送ります」となってしまうと患者さんの負担が大きい。この地域は高齢者が多いし、交通の便も悪いですから。当院に通うのも大変な患者さんに、「車で40分かけて別の病院に行ってください」というのでは、市立病院としての責任を果たせません。

患者さんの負担と経営、いずれの側面からも当院が一定の医療機能を備えていく必要がありました。そのためには地域のニーズにあった医師を自分たちで集めていかなければと、人材紹介会社に活路を見出そうとしたのです。

──医師採用にあたって、特にどのような点がハードルになっていたのでしょうか。

一番大きかったのはアクセス面です。都心部から2~3時間以上かかるとなると、当院に目を留めてもらうこと自体、簡単ではありません。待遇面や働き方など、近隣医療機関の水準を参考に整備していましたが、同じ条件の医療機関が都心部にあれば「千葉市にあるよ」で終わってしまいます。院長の熱意や地域に対する思いといった定性的な情報は、文字だけではなかなか伝わりにくいですし……。

また、総合病院時代に運営を休止しているという過去も、マイナスポイントになりえます。実際、「一度潰れて再開した公立病院はない」と言う人もいました。現在も経営の不足分は市の一般会計からの繰入金で賄っているので、市の財政状況が芳しくない中での運営に、不安や懸念を抱く先生もいるでしょう。

求める医師と出会える採用

──マイナス要素を抱えながらも、2018年末から約1年間で6名の医師を採用できたのはなぜなのでしょうか。

半分以上は、エムスリーキャリアの採用支援サービスの貢献が大きかったと思います。 通常の紹介サービスでは、「紹介会社のコンサルタントが医師の要望をもらって、その条件に合う医療機関を提案する」という流れが一般的でしょう。そうした紹介もありがたいのですが、医師の要望に合うまでは当院に連絡が来ません。

しかし、エムスリーキャリアの採用支援サービスでは当院の担当コンサルタントがいて、我々が求める“地域医療への熱量の高い先生”を、求職医師の中から探し提案してもらえます。つまり、ただ問い合わせを待つのではなく、当院とマッチしそうな先生に能動的にアクションをとることができるんです。

また、先生へアプローチする際も、待遇面の良さだけを伝えるのではなく、当院とマッチする要素を洗い出した上で、待遇面の良さを付加して伝えてくれる。マッチする要素とは、たとえば公立病院での勤務経験や地域医療への関心、また在籍医師の年齢や専門分野とのバランスなど様々です。簡単に聞こえるようで、この要素の洗い出しが病院にとっては難しく、紹介会社に最もお願いしたい部分です。

通常の紹介サービスは10名面接して1名採用できるかどうかなのですが、このサービスを利用してから、勝率がぐっと上がりました。実際にこの1年で入職が決まった6名の先生のうち、現・副院長を含む4名がエムスリーキャリアの採用支援サービス経由での紹介です。自力ではそのレベルの人材には出会えなかったでしょう。
(※サービス内容はオプションの有無によって異なります)

──医師の増員により、院内に変化はありましたか。

2020年度から入職される先生が多いので、大きな変化はこれからですね。しかし個人的には、現・院長が2016年に入職したことが、当院にとってターニングポイントだったと感じます。

院長の篠﨑先生は入職当時から患者ファーストを実践しており、職員に「市民から信頼してもらえる病院にする」と常日頃から言葉・行動で示しています。患者さんから信頼を得られるようになってきたことで、職員の意識も変化しました。たとえば当初、外来は定時ぴったりで閉めていましたが、現在は患者さんがいたら超過していても対応するという姿勢が見られます。

これはリハビリスタッフの話ですが、先日ある大学教授が、学生向け就職説明会への参加のお話をくださいました。理由を聞くと「受付に座ってずっと見ていたが、銚子市立病院は職員に活気があり、いきいきと仕事をしている」と。その教授は自分の目で見て「いいな」と感じた病院にしか学生を送らないそうです。そうした院内の活気も医師採用に好影響を与えているかもしれません。

──職員のモチベーションのために工夫している点はありますか。

一生懸命働いてくれる分、待遇面で還元できるよう整備を進めました。
当院では2015年度に比べ、2018年度の入院患者数が一般・療養をあわせて約2倍近く増加しました。病床稼働率も90%台まで上昇(※)しています。経営改善が進む中、増収分の3分の1は、職員の待遇改善に充てています。たとえばボーナスは5年前に比べ1か月分以上増えていますし、他院より低水準の科は補填し、多忙な科には手当を出すなど、少しずつ改善しています。
(※…休床中の病床を除いて算出)

市の財政負担をできるだけ軽くすることも重要ですが、持続性という視点からは、職員にとって“いい職場”になるよう投資することも非常に大切だと考えています。

市民が安心して暮らせるよう、市立病院として役割を果たしたい

──今後の展望について教えてください。

現在、回復期リハビリテーション(以下、回リハ)病棟の開設を目指し体制強化を進めています。銚子市は高齢者が多いため整形外科やリハビリのニーズは非常に高いのですが、十分なリハビリ提供体制が整っている病院はほぼなく、患者さんに負担をかけてしまっているのが現状です。外科の先生が増えるので、2020年4月からはオペを始め、年内のなるべく早い段階で回リハ病棟を開設できればと考えています。また、救急告示も取得予定です。将来的には、入院~生活復帰に必要な一連の医療を当院で提供できる体制をつくりたいです。

これは、当院のある地域全体の医療提供体制を鑑みても重要だと考えています。現在、オペが必要な患者さんや少し重篤な患者さんは地域医療支援病院である国保旭中央病院(989床)に送患しているのですが、近隣エリアから患者さんが集中するあまり、国保旭中央病院の受け入れ機能を超過しつつあります。当院が軽度急性期やバックベッドの機能を強化すれば、より適切に国保旭中央病院と役割分担・連携ができるようになるでしょう。

国が病院の再編統合を打ち出し、高齢化・人口減が加速する地方の病院が議論の俎上に上がっています。私は保険年金課時代、医療費の多寡は病院数に比例すると実感しました。医療費抑制という観点では、再編統合により病院数を減らす施策はたしかに有効かもしれません。
しかし、人口密度が低く医療機関が散在している地域で病院を減らすことが、実際にそこで暮らす人々の幸せにつながるかは別問題です。ちょっと痛みや不調があるときに診てもらえる病院がそばにあることは、その地域で安心して暮らすための大きなファクター。銚子市として、それをしっかり提供していけるようにしたいと考えています。

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