赤字の公立病院を立て直す。“オール三国”で導入した地域包括ケア病床の成果―福井県坂井市立三国病院

2次医療圏に唯一ある産婦人科や小児科を守りつつも、赤字経営が続いていた福井県坂井市立三国病院(105床)。6割の公立病院が赤字に陥る中、所管する総務省からは経営改革を迫られており、同院も9年前から改革に取り組んでいます。しかし近年は、旗振り役となるスタッフが市の公務員ということも相まって計画の実行が鈍化していました。

そんな中、2017年7月には新たな改革プランに基づいて、地域包括ケア病床を導入。導入から約1年、少しずつ改善が進んでいます。部署を超えた“オール三国”で取り組んだという病床転換やその後の運用について、携わった方々にお話を伺いました。

地域のニーズに合致した地域包括ケア病床

135年以上もの歴史を持ち、かねてより福井県坂井市(旧坂井郡4町)を支えてきた坂井市立三国病院。公立病院として地域医療を守り続けられるように経営改革を試みてきましたが、医師不足や少子・高齢化の波は止めどなく押し寄せます。そのため、経営改革の軌道修正は待ったなしの状況に迫られていました。しかし、ようやく新たな改革プランが出来上がった頃には、当時の院長が定年退職。同院の重要な局面で元院長の思いを引き継ぎ、2017年4月に入職したのが飴嶋(あめしま)愼吾院長です。

飴嶋氏(院長)「わたしの着任時には、一般病床の一部を地域包括ケア病床に転換することが決まっていました。わたしの役割は、計画を実行に移すこと。情報収集するなど、勉強しながらなんとか取り組んでいきました。

何より、内科医として現場に出て痛感したのは、当院のような地方の中小病院ほど、肺炎をはじめとした内科系疾患、骨折をはじめとした整形外科疾患のニーズが高まること。加えて、一人暮らしや老老介護の場合は退院調整に時間がかかることもあるので、ポストアキュート機能を持つ地域包括ケア病床への転換は坂井市の地域ニーズに合っていると思いました」

看護部の役割分担、そして新たに生まれたもの

多くの職員が病院経営に危機意識を持っており、はじめは一般病床105床すべてを機能転換する案もあがっていた同院。しかし、救急や分娩といった地域のニーズに応えるためにも約半数の43床にとどめての転床を決めました。導入期を支えた元看護部長で地域連携室長の清水壽子氏は、現場の不安を払拭するために看護師一人ひとりと向き合っていったと言います。

元看護部長の清水氏

清水氏(地域連携室長、元看護部長)「看護部ではまず、病棟のある3階と4階で役割を分けました。今までは科目で分けていたところを3階は急性期、4階は地域包括ケアという機能別にして、人員配置や夜勤体制も変えました。具体的には、3階には急患の受け入れや検査・処置などが続くので若くてバイタリティのある方、4階には臨床はもちろん、私生活で育児・介護経験もあるベテランの方を配置しています。

一見簡単そうに見えるかもしれませんが、みんなが慣れ親しんだ方法を変えることへの不安を抱く中、やってみなければわからない状況はものすごく苦しかった。それでも、意見を押し付け合っては前に進みません。すべてがうまくいくような特別な秘策はなくて、不安や疑問が出るたびに話し合って解決策を考える、その繰り返しで乗り越えていきました」

病床転換後は、地域のニーズや病院の経営課題に応えられるようになっただけでなく、看護師の働く場としても新たな魅力が生まれたそうです。

境智子氏(看護部長)「地域包括ケア病床では、自宅などに退院していただくことを強く意識します。各階の師長は、当院の急性期病床(一般病床)と地域包括ケア病床、両方を経験していますから、たとえば急性期病床への入院があっても、その時点から退院を意識して看護を実践するなど、視野が広がったようです」

看護部の皆さん(右端が看護部長の境氏)

求められている役割に応える、リハビリと地域連携室の取り組み

急性期病床から地域包括ケア病床へと看護部内で連携した後、バトンは、リハビリや地域連携室につないでいくことになります。

4名の理学療法士をはじめ、作業療法士2名、言語聴覚士1名のリハビリスタッフが在籍する同院で、25年以上勤めるリハビリテーション室長の今川洋一氏は、次のように話します。

リハビリテーション室長の今川氏

今川氏(リハビリテーション室長)「自宅復帰を目指す患者さんへのリハビリは、一人でトイレに行けることがひとつのゴール目安になりますが、病床が変わっても患者層やリハビリ内容は大きく変わりません。とはいえ、地域包括ケア病床の施設基準の“1日平均2単位”(1単位=20分)を満たせるかどうかは不安でした。ですから、そこは実績を可視化する管理資料も使いつつ、想定される入院期間から逆算して取り組むようにしました。

病床転換後も混乱なく患者さんに退院してもらっており、振り返れば、病床が変わったからといって、患者さんへの接し方を変えなかったことが功を奏したと思っています」

院内での加療後、スムーズな退院をコーディネートするまでが、地域包括ケア病床に課せられている役割。2011年には「まさにハコだけだった」という地域連携室を立て直し、院内外との関係づくりを担っていったのが元看護部長で地域連携室所属の吉田千晶氏です。

吉田氏(地域連携室、元看護部長)「地域包括ケア病床の導入前、地域連携室は兼任者ばかりで、院内でも中途半端な立ち位置になっていました。当然、地域とのつながりも十分とは言えない状況。そこで病床転換に備えて人数を増やし、専従者を立て、“入院は社会福祉士、退院は看護師”という明確な役割分担も決めました。退院支援にあえて看護師を置いたのは、患者さんの容態から退院のタイミングを見極められるとともに、退院後のケアを担う家族や介護施設の職員に対し、医療に関する疑問や不安に応えながら引き継げるからです。わたしたち地域連携室が地域との窓口を担う一方で、院内では会議などに積極的に入り込み、『退院調整は病院スタッフ全員で行うもの』という意識も高めました」

地域とのつながりづくりはゼロからの開拓も少なくなかったと、地域連携室の社会福祉士・野尻麻菜氏は話します。

野尻氏(地域連携室)「全病床が一般病床だった時、当院の入院ルートは外来と救急が大半を占めており、なかなか紹介までは手が回っていませんでした。だからこそ、地域とのつながりをつくるために、とにかくフットワークを軽くして、地域の集まりに参加したり、エムスリーキャリアのコンサルタントとともに開業医のもとに訪問したりして顔の見える関係づくりに取り組みました。入院に関してもレスパイト入院や、検査だけの入院など、柔軟に対応できることをアピールし、新たに30か所以上の連携先が見つかりました。そういった施設には週2回、空床情報をFAXするなど関係性の維持・向上に努めています」

地域連携室の皆さん(左から2番目が野尻氏、4番目が吉田氏)

医療職の連携を数値で見える化した事務部

ここまでに登場した医療職の連携を、経営収支の面からバックアップしているのが医事課主査の戸田尚里氏をはじめとした事務部です。現在は、退院支援の一助として日当点情報を週次で共有。医師、地域連携室で話し合うベッドコントロール会議でも、主観によらない退院判断を支援しています。

医事課主査の戸田氏

戸田氏(医事課主査)「医師は自分の診療行為が何点なのかを意外と把握していないので、数字を出すだけでも興味を持ってもらえます。これまで転床や退院を判断するタイミングは、先生や看護師の皆さんの感覚頼りでした。だから、入院が長引くほど患者さんへの思い入れが強くなるのか、なかなか退院を判断できないこともありました。そんな時の判断軸を皆さんも求めていたのだと思います。まずは点数の低い患者から退院調整ができないか話し合うことで、患者さんの状態と経営収支のバランスを見ながら判断できるようになりました」

患者の行き来を促す中間施設になるために

2017年7月から地域包括ケア病床が稼働し、2017年9月から3月にかけての稼働率は50%前後から70%台へ向上。収益も増収となり、常勤医をフォローするための非常勤医の採用や既存職員への還元など、働きやすい環境づくりにも一役買っています。

そして、何よりの成果は病床転換や患者の退院支援という共通目標ができたことにより、分断されていた部署同士のコミュニケーションが生まれるようになったこと。道半ばではありますが、飴嶋院長は今後の展望を次のように語ります。

飴嶋院長

飴嶋氏(院長)「これからは大病院と中小病院がうまく連携して、患者の行き来を促す時代。専門の呼吸器内科医としての経験や大学病院出身というパイプも生かし、地域にある大病院と、診療所や介護施設をつなぐ中間的な存在にならなければいけないと思っています。

わたしがスタッフに繰り返し伝えているのは連携と教育。稼働率が低かった時は、ある種の慣れがあったかもしれません。それでもこうした現状を前向きに打破し、地域のニーズに応えるためには連携体制を整えることが課題ですし、そのためには個々のスキルアップが欠かせない。国では在宅医療を推進する方針が出ていますが、この地域は立地や家族構成上、そう簡単にはできない面もある。だからこそ、地域の公立病院が果たすべき役割はまだまだ大きいものがあると思います。

2017年にはわたしを始め、あらゆるところで人事異動があったので、経営改善が病床転換のおかげだとは一概には言えません。それでも病院が前向きになってきたことは確かなので、しっかり効果検証をして健全な経営のもとで地域医療を支え続けたいと思います」

<取材・写真・制作・編集:小野茉奈佳>

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