研修はイベントではなく経営戦略 事務職を段階的に育てる人材育成術―済生会横浜市東部病院 人材開発センター 西川泰弘課長補佐

研修を長期的な視野で設計し、受講者のフォローアップまで行うなど、未来のリーダー育成に力を入れるのが社会福祉法人恩賜財団 済生会横浜市東部病院(横浜市、560床)の西川泰弘氏です。西川氏は事務職向けのマネジメント研修を企画・運営する中で、その場しのぎではなく、自然にスキルが身に付けられるような仕掛けを取り入れてきました。今回は実際の研修内容をもとに、教育のポイントや人材開発職としての思いを聞きました。

新入職員研修後、若手の成長機会は描けているか?

―西川さんが所属する人材開発センターの役割と業務内容を教えてください。

人材開発センターは、当院職員の「学び」を支援する職種横断型の組織です。私が所属している人材開発支援室では、職種を問わず必要な知識・スキルを身に付けるための研修の企画や環境づくりを行っています。具体的には新入職員オリエンテーション、階層別研修、eラーニングなどです。

図1:人材開発センターの組織構成

そのほか、神奈川県内の済生会病院が合同で行う研修の企画、全国にある済生会病院の事務職員を対象とした事務(部)長会 人事・人材開発部会での企画など、自院を超えた教育にも関わっています。

―西川さんが企画・運営してきた研修で、事務職向けのものはありますか。

神奈川県済生会の取り組みで、新入職員研修と管理職研修の間を埋める、若手向けのベーシックコースと主任・係長向けのアドバンスコースという2つの研修を2016年度から設計・実施しています。この研修を企画したのは、新入職員研修を終えてから管理職になるまで長い道のりがあるのに、その間にまとまった教育機会がなく、成長ステップを描けていない事務職が多いことに危機感を覚えたからでした。

―ベーシックコースは、どのような内容なのですか。

ベーシックコースは新卒5年目の事務職を対象に、ヒト・モノ・カネ・情報の4要素が学べる90分×計10コマのプログラムを提供しています。

図2:若手事務職員向けのベーシックコース内容

5年目にもなれば担当業務を自力で回せるようになりますし、異動経験者や他部署との連携業務に取り組む人が出始めることから、連携して成果を出す“マネジメント”の意識を喚起するのにちょうどいいタイミングだと考えています。

―一方、主任・係長を対象にしたアドバンスコースは、どのような内容なのでしょうか。

勤続10年以上の中堅職員には、経営系大学院のMBAコースなどでも用いられる「ケースメソッド」を導入しました。「ケースメソッド」とは、事例をもとに問題を分析、討議しながら解決策を導く教育手法で、実践的な問題解決・意思決定能力が高められると言われています。

このアドバンスコースでは、考え方の基礎となるフレームワークをお伝えした上で、日常生活に始まり、自部署内や医療職との仕事における課題へと、比較的考えやすいテーマから慣れていけるように設計しました。ケースメソッドは仕事同様、明確な答えはありません。ただ、全員が納得する筋の通った解決策を提案しなければならないので、問題の本質を考えるいい訓練になります。

―経験年数に合わせた研修設計になっているのですね。企画後の運用面で工夫されていることはありますか。

当日の研修満足度に加え、現場での活用度を重視した効果測定をしています。研修の成功要因は「研修前40%:研修中20%:研修後40%」と言われるように、本番前後の意識付けが大切です。研修を「やって満足」で終えては、ただのイベント。研修の目的は、受講者がスキルアップして組織の課題を解決することなので、いかに業務上のプロセスに落とし込むかを考えました。

具体的には研修当日のアンケート、小テストだけでなく、受講約3カ月後を目安に行動変容があったかどうかのフォローアップアンケートを始めました。このアンケートは自分自身の振り返りだけでなく、上長評価により客観性のあるフィードバックをもらえるのがポイントです。

また、ベーシックコースの講師は外部にお願いせず、完全内製化を目指しました。受講者が数年後の自分をイメージできるよう、入職10年目前後の職員を中心に講師をお願いしています。内製化のために、シラバスや研修内容の手引きを作り、初めて講師を務める人でもスムーズに準備ができるようにしました。

―研修後のフォローアップアンケートでは、どのような結果が出ていますか。

アドバンスコースの例で言うと、主任・係長に求める基本行動を5段階で評価する選択式と、事前アンケートで設定した課題の克服度を事後評価として記述する方式で測定しました。

5段階評価は本人・上司ともに点数が微増しており、自由記述も好意的な内容が多く見られました。例えば、受講者は「説明力に課題を感じていたが、結論を先に発言し、接続詞の使い方にも工夫するようになった」、上司は「複数の視点から意見を出し、会議や資料にも反映できている」などのコメントが出ています。このように、研修による行動変容を可視化することで、研修効果の振り返りに利用できるだけでなく、上層部への成果報告にも活用できます。

図3:フォローアップアンケートから見えたアドバンスコース受講者の行動変容度

―時間が経ってからも研修の効果があると証明されたのですね。そのほか、研修以外に、事務職がスキルアップするためのいい方法はありますか。

はい、医療界特有の文化でもある学会発表に、ぜひ挑戦してほしいですね。要点をまとめるスキルが身につきますし、プレゼンスキルも鍛えられ、結果として病院事務職の業務水準の向上に貢献できます。まずは地方会から、遅くとも4~5年目には挑戦してほしいと考えています。当院では1年目から発表する職員もいます。

そして、やはり日常業務をいかに“学びの場”にできるかですね。人材開発では「70%:20%:10%」という有名な比率があります。これは職場で役に立つ学習は、その70%が日常の業務経験から、20%が上司や先輩等の助言から、そして10%が研修から得られるという知見です。助言や研修での学びを活用しつつ、多くの時間を費やす現場でいかに学びを得るかが、職員の成長に大きく関わってきます。

そこで、業務中に行われるOJT(実務を通じて職員教育をすること)が、PDCAの中の“D(実行)”ばかりになっていないか、“P(計画)”と“CA(評価・改善)”を確認してほしいと思います。Pについては、具体的に何を目指すのかを明らかにすること。各階層、もしくは各部署で必要とされるスキルを記述し、到達基準とされることをおすすめします。CAについては、時間をつくり、実務上でどんなスキルが身についたのか、本人と上司もしくは先輩が一緒になって確認することをおすすめします。

研修担当はイベント屋ではなく、戦略家であれ!

―さまざまな工夫のもとで研修設計をされていますが、西川さんは2010年に入職するまでどのような経験を積んできたのでしょうか。

入職前は、10年ほど会社員をやっていました。最初は教育業界に就職、教室運営を通して1人ではできないことを組織でできるようにするおもしろさを感じました。その後は総合人材サービス会社やコンサルティング会社でISOの認証取得支援、等級・評価・報酬制度の設計やキャリア開発支援など、外部支援者として法人をサポートするかたちで働いてきました。

ただ10年ほど経って、法人の内部にて人事に携わりたいと思う気持ちが強まりました。複数の業界を検討する中、医療経営の本を読んだことがきっかけで医療界に興味を持ちました。当時、企業出身で当院の院長補佐を務めていた正木義博(現:神奈川県済生会支部長)の講演会に行き、初年度大幅な赤字を計上した病院を黒字に転換したエピソードを聞いて、すごい方がいると感銘を受けたのが決定打でしたね。さらに、当院の基本方針に「働きがいのある病院作り」と「安定した経営の確保」を掲げ、職員の人材育成と健全な病院の経営にも力を入れていた点、患者さんのため一辺倒ではない、今の時代に合ったバランスのよさがあると思いました。

―人事畑で経験を積んできたのであれば、最初から人事希望で入職されたと思います。現在に至るまで、同院でどのような業務に取り組んできましたか。

もちろん人事希望でしたが、最初の1年は現場を知りたいと思い、医事課で外来対応や未収金回収などに従事しました。未収金回収では、業務の仕組み化や委託職員との連携を仕掛け、1年で相応の金額を回収。その功績を認めてもらえたのか、晴れて2年目には人事に異動、全職種の採用を担当しながら看護職員を大幅増員させたり、凍結していた人事評価を復活させたりしました。3年半ほど経った頃、一時的に医事課に戻りましたが、その後は新しく立ち上がることになった現在の部署で働いています。

―人材開発の業務に携わる魅力と日々心がけていることを教えてください。

人・組織の成長に関われること、そして、病院の理念や戦略を“教育”という切り口から試行錯誤して実践していけることが魅力でしょうか。知識ひとつ、スキルひとつあれば、あの時もっとよく振る舞えたのに、成果を出せたのに、と思っても後の祭り。学習、実践、成果、そしてさらに学習…職員がこのサイクルを日常とすることで、仕事は充実し、組織にもさらなる成果がもたらされると考え、その実現に向かって仕事をしています。

そのためには、まずはこちらから行動する。会社時代、かつての社是であった創業者の言葉、「自ら機会を作り出し、機会によって自らを変えよ」が大好きで、いまでも自分の行動規範にしています。多職種で構成する当センターの会議で議論する他に、採用担当をしていたおかげか、顔見知りの若手医療職も多く、廊下でのすれ違いざまに研修の感触を聞いて手応えを感じたり、個別に現場所属長のデスクを訪ねて教育談義をしたり、そこで得たネタを形にすべくデスクに向かったり…というのが、院内での日常です。

―ちなみに、院外ではどのようなことをインプットしていますか。

済生会の人事・人材開発部会に関わっているため、特に関東の済生会病院の間では逐次情報交換をしており、まるでひとつの人材開発部のような関係性を築いています。さらには、医療経営や人事に関する各種セミナーやインフォーマルな会合に出て、他院の医療関係者や他業種の人事マネージャー等と交流し、業務の参考にしています。特に後者では、業種を超えて悩みを共有できたり、気になることを気軽に聞けたりすることは、非常にメリットがあると感じています。

その延長線上で、昨年はアメリカのカリフォルニア州サンディエゴで開催された世界最大の人材開発カンファレンス、ATD2018に参加することができました。研修設計や効果測定、HRテクノロジーのセッションが多い中、最近、「ヘルスケア」のカテゴリーが独立して登場しました。世界でも、医療における教育の重要性が高まってきたことの表れだと思っています。このような知見も、逐次現場に反映させていきたいと思っています。

―最後に、今後の展望をお願いします。

有名な「3人のレンガ職人」の話のように、自分の仕事をどのように捉えるかで、人生の充実度は格段に違ってくると思っています。研修担当のような人材開発職はイベント屋ではなく、病院全体の戦略家の一人です。多くの病院では研修当日の運用ばかりに注力してしまい、育成プログラムの全体設計や事前・事後評価などがなおざりになってしまっていると感じています。業界としても、人材育成を体系的に考えられる事務職が少ないと感じるので、私のような仕事を担当する職員も育成していきたいですね。

<取材・文・写真:小野茉奈佳>

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