近年、事務長や医事課長といった“病院事務職”をめぐって、採用・転職トレンドに変化が生まれているようです。「医療機関の採用意欲が高まるとともに、求職者も若手や女性の応募が目立つようになった」と話すのは、雪竹舞子氏(エムスリーキャリア事務職紹介グループ)です。医療事務から事務長まで、病院事務職のキャリア支援に幅広く携わっている雪竹氏に、病院事務職の転職動向を聞きました。
2018年度に求められる病院事務職とは
―病院事務職の採用・転職をめぐるトレンドに変化が見られると聞きました。
はい、病院事務職の採用ニーズが以前にも増して高まっています。これまで理事長や院長からは「事務職はコスト」と言われてしまうことも正直、ありました。それが最近では、経営環境の目まぐるしい変化を前に、「病院の組織強化に向けて事務職が必要」という声の強まりに変わっています。
以前は「優秀な人材が欲しい」など“ざっくり”したものが多かったのですが、最近では、「こんな経験・資格のある求職者はいないか」というように、目的や採用要件の明確なケースが増えてきています。
―直近の2017年度を振り返ってみたとき、採用・転職市場に特徴はあったでしょうか。
事務長や医事課長への採用意欲が高いのが一点で、これは以前からあった特徴です。2017年度になって見られた特徴は、都市部から地方への流れでした。都市部の大手法人・グループ病院でのマネジメント経験がある人材を、地方の医療機関が求めるケースが多くなったのです。こうした医療機関は、病院や介護施設の開設・M&Aを進めていて、複数の施設を運営するノウハウを求めています。高年収が出やすい求人ですので、都市部で培った経験を地方で活かしたいという方にとっては大きなチャンスになっています。
―2018年度は診療報酬改定など大きな制度改正があります。病院事務職の採用にも変化は生まれそうですか。
まず、これまでの傾向は2018年度も続くでしょう。その上で、病床転換や増床の経験者ニーズが強まるのではないでしょうか。
今回の診療報酬改定では入院基本料に大きなメスが入れられたほか、地域包括ケア病棟の施設基準も変わり、介護医療院の導入もあります。多くの病院が自院の病床再編を検討するでしょうし、実際に動き出すところも少なくないと予想されます。そのため、病床転換・増床の手続きはもちろんですが、人員確保に強い人材や、リーダーシップを持って院内調整できる人材が求められてくるでしょう。実際、こうした方々の採用をしたいというお問い合わせもいただいています。
また、資格保有者もますます必要とされていくでしょう。現在も、診療情報管理士や医師事務作業補助者など、診療報酬の加算取得に必要な資格を持っている方が歓迎されています。医療機関の狙いとしては、単に加算の施設基準を満たしたいだけでなく、これらの“専門職”を活用した組織強化があります。今後は後者の狙いが強まっていくのではないでしょうか。診療情報管理士は収益の確保に貢献できる方が求められますし、医師事務作業補助者は、導入・増員に向けて教育できる方の価値が高まると思われます。
(30代・男性/事務長)
―ワークライフバランスで印象的な転職事例はありますか。
30代・男性の事務長Aさんです。お子さんの誕生を機に、23~24時まで残業、休みは週1日という働き方を変えて、ご家族を優先させたいとご相談をいただきました。
ただ、せっかく得た事務長のポジションを手放すのも惜しいという気持ちもあって――。いろいろと検討なさった結果、Aさんはご家族を優先できる働き方を選ぶことにしました。その方針に沿って私がご提示したのが、地域連携の求人でした。突飛に思えるかもしれませんが、Aさんがビジネス経験をお持ちで営業活動に強みがあること、求人元のB病院は残業時間も少ないことからご提案しました。
実はB病院をご案内した理由は、他にもあります。家庭優先を決めたとはいえ、Aさんが依然としてお仕事への情熱をお持ちでした。それに対し、B病院ではとりわけ地域連携に対する経営層の関心が高く、Aさん次第では将来、事務長へのキャリアアップも狙えるという計算もあります。
Aさんはここに入職して年収は50万円ほど下がったものの、今では残業がほとんどなく、週休2日と希望していた働き方を得られました。仕事についても「いきいきと働いている」とお聞きしています。
女性や若手・中堅の求職者が増加中
―求職者の傾向についても教えてください。
年齢層は20~50代と幅広いですね。以前に比べて、女性や30代~40歳前半を中心とした若手・中堅が増えてきています。
転職理由は大きく分けて“プライベート志向”と“キャリア志向”があります。プライベート重視の中にも、「人間関係が悪い」などの不満を解消したい“改善型の転職”と、結婚/出産/親の介護などライフステージの変化に合わせた“切り替え型の転職”に二極化されていますね。キャリア志向な方々は、「管理職に挑戦したい」「年収を上げたい」「〇床以上の病院で働きたい」などの希望をお持ちで、ご希望と経験・実績にギャップがないかを見るスキル診断のご相談も多いです。
―実際のところ、希望と経験・実績は嚙み合っているものなのでしょうか。
もちろん、過去の経験・実績を踏まえたご希望をお持ちの方もいますが、そもそもキャリアプランが定まっていない方も少なくありません。漠然とキャリアアップしたいといったビジョンはお持ちなのですが、落とし込み切れていないというか… たとえば地域連携一筋で医事知識などに乏しい方が「次は事務長になりたい」とおっしゃっていたりして、ビジョンと経験・スキルのギャップが大きいのです。
―ビジョンを目指すこと自体は素晴らしいけれど、性急すぎるということですね。
そうなのです。ただ大事なのは、ビジョンを本気で実現したいお気持ちがあるかどうかです。ですから、ご本人の意向を確認した上で、ギャップを埋めるためにまず何からできるかを一緒に考えることもありますよ。
キャリア志向の女性事務職が、転職に踏み切る
―女性が増えているという話ですが、何か傾向がありますか。
体感ですが、以前は1割ほどだったのが、最近は3割ほどに増えています。
女性の場合、結婚・出産だけでなく、「リーダー職にチャレンジしたい」とご相談に来る方も相当数います。医療業界は女性の管理職登用に及び腰な風潮がまだまだ強いようで、40代以降の女性が「経験を活かして、教育やマネジメントに携わりたい」といった想いを秘めているケースですね。そうした方は勤務先での昇進が見込めないと見切って、転職に踏み切っています。
(40代・女性/医師事務作業補助者)
―キャリアアップの視点から印象的な転職事例はありますか。
医師事務作業補助者で、業務委託から正社員へとステップアップした40代・女性のCさんです。Cさんは業務を通じて仕事にやりがいを見出していましたが、業務改善をしようにも立場上なかなか難しく、正職員になってリーダー職に挑戦したいという意向をお持ちでした。
ご相談いただいたタイミングでは該当する求人がなく、その後も、定期的に状況をお伝えしていたものの、ご希望通りの求人は見つかりませんでした。しばらくして就業希望エリア内で「リーダーシップを発揮して動ける医師事務作業補助者が欲しい」という求人が見つかり、3日後には面接、その場で見事、内定を獲得。内定先ではCさんのご希望だった院内プロジェクトやメンバー育成業務に携われることになりました。
Cさんの場合、次の職場で実現したいことが明確で情熱もお持ちだったため、医療機関の方も評価していただけたようです。そのおかげで、年収も50万円ほど上昇しています。
キャリア支援でコンサルタントが大事にしていること
―転職希望者にとって、いきなり見ず知らずのコンサルタントに相談するのは気が引ける面もあると思います。雪竹さんは求職者の方とお話するときに、心掛けていることはありますか。
転職は人生の大きな分岐点ですから、仕事とプライベート、両面の話をしっかり伺うよう心掛けています。両者は切り離せるものではありませんから、ご本人が希望しているベストバランスがどこなのかを探るために、優先順位を聞いたり、あえてご本人が想定していないケースをご提案したりしています。(参照:番外コラム 転職事例1:ワークライフバランス)
―そうしたサポートへの反応はいかがですか。
ありがたいことに、求職者の方からは「雪竹さんに相談しなかったら、このキャリアビジョンは描けなかった」と言っていただいたり、医療機関の方からは「とても良い事務職を紹介してもらえたので、事務職の採用以外にも相談に乗ってほしい」というお言葉をいただいて、深いお付き合いに発展したりしています。これらはわたし自身の励みにもなっています。
―今後ますます、医療機関側、そして求職者からのニーズも高まりそうですね。雪竹さんの今後の展望をお聞かせください。
求職者と医療機関のそれぞれに対して、力を入れたいことがあります。
1つ目は、病院事務職にさまざまな形で活躍の場を提供していくことです。ご自身に適したキャリアプランを考えようとしたとき、案外ご本人では気付かない視点があるものです。わたしたちコンサルタントのような第三者、かつ、多くの方々のキャリアを伺っているからこそ気付ける点もあります。
特に女性は、もっと活躍できると感じています。事務職に多い女性たちは、ライフイベントの発生でキャリアが中断することも少なくありません。しかし、せっかく経験を積んだ女性たちがどうしたら復帰できるのかや、希望の働き方で復帰できるのかといった情報は得にくいのが現状です。そうした問題を払拭して、皆さんが長く活躍できるように尽力していきたいです。
2つ目は、大病院から町のクリニックまでどんな医療機関に対しても、経営施策に応じて採用の道筋を提案できるようにしていくことです。事務職は施設基準がほぼ示されていませんから、医療機関ごとの個別性が強い分野です。医療機関は経営計画を立てても、必ずしもそこに適した採用計画を立てられているわけではありません。採用計画以外にも、求人票のつくり方や面接の進め方、人材の見極め方など、医療機関の方々が悩むポイントはたくさんあります。今もご相談いただくケースがあり、わたしたちがご提案できることは多いと感じています。
―最後にメッセージをお願いします。
事務職の人材紹介・転職支援は、まだまだなじみがないと思います。ただ、エムスリーキャリアは医療業界に特化してサービス提供していますから、医療業界について知識、経験のあるキャリアコンサルタントがより専門性の高い転職支援を行っていますので、何かのお役に立てるかと思います。求職者の方も、医療機関の方も、わたしたちへの相談には少し勇気がいるかもしれませんが、ぜひお気軽にご相談いただければと思います。
エムスリーキャリア株式会社 経営支援事業部 事務職紹介グループ
大学卒業後、企業にてBtoC営業とセミナー企画・運営に従事。兄弟が先天性の疾患を抱えていたことから、思い入れの強かった医療業界に飛び込むべく、エムスリーキャリアに入社。現在は、前職での営業経験も活かしながら「顧客ファースト」を信念にキャリアコンサルタントとして活動中。趣味はミュージカル・舞台鑑賞で、月1回の鑑賞を欠かさない。
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