京都府内の医師の75%が働き、一般病床400床以上の病院だけで9施設もひしめく京都・乙訓医療圏。ここでの生き残りを懸け、緻密なデータに裏打ちされた経営分析に取り組むのが京都第二赤十字病院(京都市、676床)の医療情報室の山本順一氏です。
データから自医療圏の市場規模を概算した前回に引き続き、今回は自院の強み・弱みを探るためのPPM分析などを使い、「経営計画・事業戦略」の策定に必要な、より詳しい経営分析についてお話を伺いました。
前編
・病院に必要な「経営計画・事業戦略」とは
・DPCデータを市場調査にフル活用
後編
・競合相手を含めた医療圏データから見えてくるもの
・院内の受け入れ体制はあるか
・課題は、経営計画を実践するための組織づくり
競合相手を含めた医療圏データから見えてくるもの
―算出した市場規模から、どのようなことが分かるのでしょうか。
たとえば、当院のある京都・乙訓二次医療圏は、推定で739億円の市場規模(2014年度)がございます。果たして、この市場規模は今後も保たれるのでしょうか。つまり、医療需要がどのように推移するかで、取るべき戦略も変わってきます。
この推移は、入院患者の将来推計データを組み合わせることで分かるようになります。当院の二次医療圏は、2035年に市場規模が16%増加して854億円でピークを迎え、そこまでは医療需要の増加が予想できました=下図=。
ほかにも、地区別・疾患群別でも伸長率を確認することができます。
―2035年までは、膨らむ市場のシェアをどのように握るかがカギになりそうですね。競合病院の動向が気になります。
前回、市場規模の算出過程で、施設ごとに大まかな“粗利益”(前編参照)の推計についてお話しました。つまり、DPC対象病院同士であれば、競合病院と自院の位置付けを比較することができます。医療機関別係数や在院日数がありますから正確ではありませんが、ベースの粗利益が分かることになります。
実際に並べると、当医療圏の場合、突出したスタープレイヤーの不在を見てとれるかと思います。DPC対象病院・準備病院では、市場の75%を握るトップ層だけでも10施設あり、そのほかにもまだ多くの施設があります。病床規模で見ても、一般・療養合算で400床以上の病院が医療圏全体の25%(11施設)、200-399床が38.6%、0-199床が36.4%と中小規模の病院も多く、非常に競争環境の厳しい医療圏となっています(※)。
※ 平成26年度診療報酬調査専門組織・DPC評価分科会 資料より
次に時間軸も加え、より詳しく見てみましょう。バブルチャートを使い、2012年度と2014年度で比較します。x軸が病床数、y軸が2012年度比でどれほど伸長したかを表しています=下図=。
当院の医療圏は2012年度から2014年度で市場全体が669.6億円から739億円へと10%ほど成長しております。その中で各々の病院はどれほど伸びているでしょうか。2012年度比でマイナス成長だった病院は6病院。それ以外は、市場の拡大に合わせて、プラス成長していることが分かります。
ただ、これだけでは単純な各施設の伸長率程度しか分かりません。今度は、同じグラフのy軸を市場の成長率の「110%」、x軸を病床規模の300床以上で区切ってみます。そうすると患者さんがどういう風に動いているのか見えてきます。
市場成長率を上回る伸長率を示している病院は300床以上(I群を除く)の「約88%」、300床より小さな病院の「約43%」となっております。これは、規模の大きな病院の方が市場成長率を超えて成長している施設が多いことを示しており、一つの仮説として患者さんが規模の大きな病院へ集中してきているのではないかとも見て取れます。
=下図=。
―現状は良いポジションを取れていそうですね。経営の視点から見て、順調ということでしょうか。
実は、そうでもありません。より詳しく分析していくと、特定疾患群において相対的シェアの急減など課題があることが分かってきました。
二次医療圏で自院がどれだけのシェアがあるのかというデータは、PPM(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント)を用いて疾患群別に可視化すると分かりやすいです
ボストン・コンサルティング・グループが1970年代に提唱した経営分析のフレームワーク。企業のそれぞれ独立した事業において、利益の出しやすさ、投資の必要性などの観点から余剰な経営資源を見出し、どこにどれだけ分配するかを決定するために用いられる。
分析では、以下の4つのポジションに分ける。
(1)スター(Star):
市場成長率、シェアともに高い花形。ライバルも多く、シェア維持のための継続した投資が必要。
(2)金のなる木(Cash Cow):
市場成長率は低いが、シェアが高い。大きな利益を得られる反面、今後は衰退する可能性もあり、他事業への投資資金源にしたい。
(3)問題児(Question Mark):
市場成長率は高いが、シェアが低い。競争が激しく、大きな投資の割に、見合う利益が得られない可能性もある。スターにも負け犬にもなりうる領域。
(4)負け犬(Dog):
市場成長率、シェアともに低い。撤退を検討すべき領域。
当院の場合、特徴的なのは、2012年度は「外傷・熱傷・中毒」領域が2番手以下を大きく引き離してトップシェアを獲得していること。同様に、「消化器系、肝・胆・膵」「循環器系」領域も医療圏内においてスターカテゴリーに属しています。
一方、2014年度はどうでしょうか。上記に挙げた3領域は変わらずスターカテゴリーに属していますが、特に「外傷・熱傷・中毒」領域は相対的なシェアが81.6ポイント減少し、市場競争力が大幅に下がってきていることが分かりました=下図=。
―なぜ、急激に相対的なシェアが下がってきてしまったのでしょうか。
相対的なシェアが減少した原因を探るために、領域・施設・年度別の入院件数を洗い出したところ、近隣施設の「外傷・熱傷・中毒」領域が140%近く伸長していることが分かりました。この施設は、おそらく「選択と集中」でこの領域に経営資源を集中投下したのでしょう。こうした分析は自院の数字だけでなく、競業の市場動向を追ったからこそ見えたといえます。
院内の受け入れ体制はあるか
―これで、京都第二赤十字病院が取り組むべき領域が見えてきたということですね。
短期的な課題の一つとしてはそうなります。
ただ、単純にこのデータだけで、事業戦略の中で当該領域を重点事業領域と位置付けていくべきかどうかの判断はできません。
この「外傷・熱傷・中毒」領域は参入障壁が低く、差別化も難しい領域であるため、今後、競争が激化して行くことが予想されます。そのような領域を当院として経営的にどう位置付けていくかは、複合的に検討していく必要があると思います。
また、多くの患者さんを特定の領域に送り込めば経営を改善できるかというと、そうではありません。患者さんの受け入れは、現場の医療職とも相談しながら進めていく必要がありますから、院内の現状分析も丁寧に行うことが大切です。
たとえば外科系であれば、手術の稼働状況は重要です。当院では、手術室の稼働率から受け入れ見込み数を明らかにし、仮に稼働率を高めた場合の収入試算なども行っております。
分析の一例ですが、当院は、手術室ごとの使用頻度に差があるだけでなく、時間帯によって稼働率に差があることが分かりました。そこで、連続5時間以上の空き枠を抽出して、その空き枠での手術件数を増やしたときにどのくらいの収入が見込めるのかを算出しました。このデータはあくまでもデータ上の単純試算ではありますが、このように自院の手術室の稼働状況を可視化して、具体的な収入の変化を把握しながら施策を検討していく必要があると思います。こうした情報は、病院経営においての意思決定の材料になっていきます。
課題は、経営計画を実践するための組織づくり
―医療圏と院内、両方のデータから、力を入れていくべき課題点や受け入れ時の留意点が見えてきましたが、経営計画・事業戦略を実践していくための今後の課題は何でしょうか。
経営は幾つかの構成要素によって成り立っています。
それは、今回の話の「経営計画・事業戦略」だけの話ではありません。
どれだけ綿密に「経営計画・事業戦略」を立案しても、その計画を実行可能な「組織」がなくては、ただの絵に描いた餅となってしまいます。
また、「組織」が円滑に機能するための「仕組み」も必要となります。
経営とは、この3つの要素が互いに整合が取れ、有機的に機能して初めて成り立つものだと考えます。
現在、多くの病院は出来高時代に最適化された「組織」となっており、内部で発生する作業を効率的に処理するのには適していますが、競争に適した「組織」となってはいないのではないでしょうか。
これから患者さんに「選ばれる」病院になりたいのであれば、競争環境を勝ち残るために適した「組織」に最適化していくべきだと考えます。
優れた「経営計画・事業戦略」があり、それを実行可能とする「組織」「仕組み」がある医療機関こそが、患者さんやスタッフに選ばれ、地域の医療レベルを上げ、今後の厳しい経営環境を生き残っていく病院になると私は思います。
・「選ばれる」病院になるためのデータ活用ノウハウ―京都第二赤十字病院 山本順一氏【前編】
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