【前編】24時間365日患者を見守る在宅療養支援病院が取り組む“医療人も地域も元気になれる”働き方改革とは? ─仁寿会加藤病院

仁寿会加藤病院は、全国337社会医療法人(※)の中でも最少人口の自治体に立地する機能強化型在宅療養支援病院です。島根県のほぼ中央に位置する邑智郡川本町の人口は約3000人、高齢化率(65歳以上の人口割合)は45%に上ります。厳しい外部環境にも関わらず、同院は職員が働きやすい環境の整備に注力。「プラチナくるみん」「健康経営優良法人2021」など数々の外部認定を受けています。働く人の幸せを追求しながら、地域医療に貢献し続ける同院の働き方改革の取り組みとは? 加藤節司院長にお話を伺いました。
※2022年1月1日現在

目次

経営危機で気づいた職員の健康と豊かな人生を守る大切さ

―貴院が働き方改革に本格的に取り組むきっかけは何だったのでしょうか?
当院の歴史は私の祖父が1932年に「山根加藤病院(のちに加藤病院に改称)」を創立したことにはじまり、1966年に医療法人仁寿会を発足しました。病床数を拡大して医療提供体制の充実を図ったものの、1995年に深刻な経営危機に陥りました。借入金12億円、債務超過が5億円……。当時の年間総収入が5~6億円なので、もはや再建不能の状況でした。しかし川本町から公的支援を受け、4年後には危機を脱することができました。

官民一体となって経営再建に取り組む中で、地域医療・介護を担う医療機関であり続けるために最も重要なのは“人と快適な職場”づくりだと思い知らされたことが、職員の働き方改革に取り組むきっかけです。

Web取材に応じる加藤院長

―改革の第一歩として、どのような取り組みをされましたか。

介護保険制度のスタートを前に、1997年に在宅医療対策室を開設しました。人口約3000人の高齢化が進む地域において、当院が提供すべきはモバイルヘルスケア、つまり住民の生活や暮らしの中に出向いていく医療・介護、保健予防活動だと考えたのです。

一方で、24時間365日体制で医療・介護を提供するには、医療従事者、特に医師の業務負担が大きく、働きやすい環境を整備することが喫緊の課題でした。職員が業務にやりがいをもち、互いをリスペクトして成長していければ、結果として患者さんへの支援の質の向上にもつながる──。こうした信念の下、法人をあげて「ヒューマンキャピタルマネジメント」に取り組み始めました。その最初の取り組みが、職員から有志を募って行ったケアマネージャーの資格取得支援でした。

―経営危機から10年後には日本医療機能評価機構認定病院になられたのですね。

はい。この認定は、仁寿会が地域医療の担い手として医療・介護の標準化や専門化、人材の育成・確保をどう実現するかという、新たな課題に取り組む契機になりました。島根大学医学部生の臨床実習を、地域の医療機関で受け入れる地域医療実習が始まったのが、翌年の2006年です。

指導者養成にも並行して取り組む中で、2007年に島根大学の教授グループとともにハワイ大学を視察しました。その際、『ハワイ大学医学部卒業生は「自らの健康を日々増進させること」ができる』という到達目標を掲げていると伺い、ハッとさせられました。日本の「医者の不養生」とは対極にある考えだったからです。医師が自分の健康の維持・増進を図らないと、患者さんに質の高い医療・介護を提供できないことを改めて学ぶとてもよい機会になりました。

「健康」「成長」「つながる」3つの支援を実現する“仁寿会ウェイ”

―ハワイ大学での気づきを経て、改革にも変化はありましたか?

仁寿会にとって大切なのはやはり人であり、職員の健康支援が最も重要だ、という考えを新たにしました。そして、職員の「健康」「成長」「つながる」の3つの支援を独自のやり方で進めるため、2015年に構築したのが「仁寿会ウェイ」です。具体的には、(1)「ワークライフインテグレーション(仕事とパーソナルライフを両立し、人生を充実させる)」、(2)「トリプルDO(組織風土、制度、ICTクラウドの整備)」、(3)「イニシアチブ(現場主体の課題解決)」が柱となります。

―ワークライフインテグレーションは、ワークライフバランスとは違うのでしょうか。

ワークライフバランスは仕事か私生活か、どちらかを選ぶという二者択一に陥りがちです。ワークライフインテグレーションは、仕事や私生活に加えて、学びや成長・やりがい、コミュニティも含めた、人生そのものの充実を意味します。例えば、ワーク(仕事)を充実させるためには学びが必要です。また、働くことは成長することでもあります。

仁寿会では職員がパーソナルライフの時間を確保できるよう、特に時間外労働の削減と有給休暇取得率の向上に注力して取り組んでいます。そのため、育児休暇取得率は女性職員が100%、男性でも85%で、有給取得率は90%を超えています。

病院外観
提供:仁寿会加藤病院

―トリプルDOについてもくわしく教えてください。

トリプルDOとは、組織風土、制度、ICTクラウドの3つの「ど(DO)」を指します。

3つの中でも、特に大切なのが「制度」です。近年、労働安全衛生に関する制度改正や変更は目まぐるしく、絶えずキャッチアップしていかなければなりません。このため当院では、労働安全衛生委員会に社会保険労務士や弁護士など専門家からの助言を常にいただき、制度改正・業務改善に、迅速に対応できる仕組みを整備しました。院内に産業医資格を持つ医師は複数いますが、公平・公正を期すために、敢えて外部委託していることも特徴の一つです。

また、「クラウド」の例を挙げると、全職員にiPhoneを貸与し、グループウェアでの情報共有を行っています。オンライン会議システムとZOOMアプリを活用し、全職員がアプリから参加可能な7事業現場同時中継朝礼といった職員間のつながりを促進する取り組みを行っています。

たとえば業務のやり取りはi Messageなどによりテキストベースで行うことで、他職種とのコミュニケーションの取りづらさを解消し、「言った、言わない」など認識の齟齬を防ぐことが可能です。また、Face TimeやZoomアプリなども活用し、テキストだけでなく重層的なリスクコミュニケーション推進体制を構築しています。現在は、アプリを使って誰もが簡単に様々なマニュアルにアクセスできる環境を整備しているところです。

―そういった取り組みの成果が、数々の外部評価につながっているのですね。

ありがたいことに、2009年には国から子育てサポート企業として「くるみん」の認定を、2010年には県の子育て応援企業として「こっころカンパニー」の認定を受けました。さらに、医療法改正によって県内に医療勤務環境改善支援センターが開設された2015年には、これまでの活動が評価されて「第1回島根いきいき雇用賞」も受賞しました。

しかし、「私たちは本当にいきいきと働けているか」「表彰に値する活動ができているか」と自問すると、まだまだ十分とは言えません。

様々な評価をいただき、外部機関の目が入ることが改革を進める上でいかに大切か、という点にも気付かされました。内輪でのチェックとなると、どうしても客観的な評価が難しくなりますから。改革のギアをさらに上げていくために、仁寿ヘルシーワークプレイスプロジェクト(JHWPP:通称ジェイホップ)を立ち上げ、仁寿会ウェイによる改革を進めながら、評価は外部機関に委ねる取り組みを続けています。

医師の働き方改革で負担を軽減しつつ、在宅患者も入院患者も24時間365日守る

―医師の働き方改革では、どのような実践をされたのでしょうか。

医師の勤務を1カ月単位の変形労働時間制に変更し、より柔軟な勤務形態や負担軽減を可能にしました。具体的な変更点は主に2つです。

1つは宿直を夜勤として所定労働時間に含めたことです。

  • 従来:日勤(8時間)→宿直(所定時間外)→日勤(8時間)=16時間労働
  • 変更後:日勤(8時間)→夜勤(8時間)→日勤(8時間)=24時間労働

これにより、拘束時間は同じでも、1回当たりの勤務が24時間労働となります。

このため、一連の勤務を週に1回行うと、公休日が1日付与され、医師の希望のタイミングで取得できます。夜勤前後の日勤を行わないシフトも可能なので、医師の都合に合わせてより柔軟な勤務体制がとれるわけです。

もう1つは、週末往診待機の分割です。これまで、週末往診待機は金曜17時~月曜8時の固定枠となっていました。これを、金曜17時~土曜8時は平日の夜間往診待機に含め、残りを土曜日の朝8時~と、日曜日の朝8時~に2分割したのです。これにより、1回当たりの負担が軽くなり、かつシフトを医師の希望の日程で組みやすくなりました。

なお、週末往診待機は出勤業務ではありませんが、1日につき0.5日の代休を付与することとし、リフレッシュできる機会も用意しています。

―機能強化型在宅療養支援病院ならではの課題はありましたか。

24時間対応の強化型在宅療養支援病院の機能を維持するために、従来は

  • 宿直医師:入院患者への対応
  • 夜間往診待機医師:在宅患者への対応

という2名並列体制を組んでいました。このため、どちらの医師にも労働時間外での負担をお願いせざるをえませんでした。しかし、宿直を夜勤に変更したことで、夜勤医師へ業務が集約され、夜間往診待機医師が不要となりました。

―夜勤医師が往診対応を行う際、入院患者の対応は誰が行うのですか?

医師の病院不在を回避するために、夜間バックアップ医師を配置しました。

夜間バックアップ医師は夜間往診待機医師とは異なり、在宅患者への対応は行いません。あくまで夜勤医師が往診に出かける際に、入院患者への対応に備えて出勤します。

  • 夜勤医師:在宅患者への往診(主に非対面診療)+入院患者への対応
  • 夜間バックアップ医師:夜勤医師不在時の入院患者対応

しかし、在宅患者への夜間往診はプロアクティブな対応により電話等情報通信機器を用いて行う非対面診療が主なため、夜間バックアップ医師が出勤に至るケースを最少化することは可能です。このため、いずれの医師にとっても、明確な負担軽減につながっています。

―医師の負担を軽減し、休みやすい仕組みづくりが進んでいるんですね。

現状、医師の年次有給休暇の取得率は、2019年:75.5%、2020年:71.7%、2021年:72.3%と、政府の将来目標を超える高水準を維持しています。夜勤導入による公休日の増加、週末往診待機に対する代休付与を考慮すると、以前と比較して、出勤労務に服さない時間は月24時間以上増加しており、改善傾向といえるでしょう。ただ、法人全体の有給休暇の取得率は90%を超えていますので、医師の有給取得率の向上は今後も引き続き対応すべき課題です。

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