「なぜ紹介会社は紹介しないのか?」─医師確保の突破口をひらく採用戦術


「紹介会社に求人を預けたのに、医師を1人も紹介してくれない」という経験はないでしょうか。
そうした紹介会社にはもう期待しない、というのも一つの手です。けれどもしかしたら、まだ院長や事務長、採用担当者にできることが残されているかもしません──。常に10施設近くで医師採用を代行しているエムスリーキャリアの大村圭氏はそう語ります。
全国の病院経営層・紹介会社と情報交換している、同社の柳牛寛行氏が話を聞きました。

差別化できなくとも、採用の糸口は見つかる?

柳牛寛行氏
私は全国の医療機関を訪問して、医師の採用について伺っています。中には、差別化の糸口がつかめていないために、採用に難儀しているという医療機関が少なくありません。それぞれなにかしらの強みや独自性をお持ちなのですが、そこをうまくアピールできずにいます。

大村さんは採用アウトソーシングサービス(以下、採用OS)の運用担当として、医療機関の医師採用を代行しています。医療機関と紹介会社コンサルタントの橋渡しもしている立場から、どのように考えていますか。

大村圭氏
採用に限らず、経営全般において「差別化戦略」はよく言われます。私自身、医師採用において差別化できるポイントを見つけることが重要だと考えていました。しかし、多くの施設の医師採用に関わる中で、 実は差別化できなくても成功する道はある と感じるようになったんです。もちろん差別化できたらそれに越したことはないですが、そもそも多くの中小病院にとっては難しいことではないでしょうか。

柳牛氏
たしかに100床・200床クラス、ときにはそれ以上の病院でも、求職している医師からすると「その病院で働くのと、他院とで何が違うのか分かりづらい」という現象は起こりがちです。けれど、 差別化できない場合でも、自院に対する理解は必要 でしょう。

大村氏
はい。まずは、自院の立ち位置を把握することが大切です。その上で、ターゲットとなる医師に対して「こういう医師はきっとこんな情報がほしいだろう」と求職者目線での情報発信ができるかどうか、が明暗を分ける鍵になってくると思います。

差別化しづらい内科医採用 整形外科メイン病院のケース


柳牛氏
求人の中身を変えなくても、伝える内容や方法次第で医師の反応は変わってくるということですね。実際に発信方法を変えたことで医師の採用に結びついた顕著な事例として、社会医療法人社団昭愛会のケースがあります。

同会が運営する水野記念病院は、東京足立区に位置しています。23区内にこそあるものの、庶民的な雰囲気の街という印象が強いからか、医師からは関心を寄せてもらいにくいです。手術の年間実績は約1000件中8割以上が整形外科。全国でも数少ない小児整形外科疾患の治療・手術にも対応するなど、整形外科では都内有数の実績を持つ病院ですが、今回は内科医の募集でした。

実際には、同法人の水野記念リハビリテーション病院とともに採用プロジェクトを始め、半年以内に内科医2名の採用に成功したわけですね。プロジェクトを始めた当初の印象はいかがでしたか。

大村氏
率直に申し上げて、「難しいな」というのが第一印象でした。整形外科という“看板”があるがゆえに、「水野記念病院の一般内科」に入る動機付けが難しかったのです。法人の方々も、一般内科の医師にどうアピールすればいいのか、糸口をつかみかねている状況でした。

柳牛氏
一般内科医を募集している病院なら、東京都内に数多くありますからね。今回の状況で、差別化はかなり困難です。こういった場合、何がポイントになってくるでしょう?

大村氏
 「求職者が気にするであろうポイントを、正しくまんべんなく情報提供する」 です。

採用に特効薬はありません。
「彼を知り己を知れば百戦殆うからず(※敵についても味方についても情勢をしっかり把握していれば、幾度戦っても敗れることはないという意味)」という諺もありますが、 医師を採用したいなら、まず医師を知ることが大切 です。アプローチしたい医師の情報をヒアリングして、転職の背景や転職先に希望する条件の優先順位などは大前提としてしっかりおさえましょう。相手のことがわかれば、事実情報をどういった切り口で伝えるのが効果的なのか、アプローチ方法も見えてきます。 また、求職者にとって、 その医療機関での業務や生活をリアルにイメージできるかどうかは非常に大きなポイント です。たとえ給与がよくても、そこでの働き方がどのような感じなのかいまいちよくわからない、という状況では不安ですよね。また、実態を正しく伝えることはミスマッチ防止にもつながります。

たとえば、勤務開始は朝9時からとなっていたのに、実際には8時までに出勤してカンファレンスに出ることが職員間では暗黙の了解になっている…といった、“不文律”のある医療機関は少なくありません。こうした不文律をなくす、あるいは、「9割の職員は30分前に来てる」といった情報を含めて伝えると勤務のイメージが湧いてきます。

求職者にとって、転職活動は未知の環境に飛び込むこと。誰しもストレスがかかりますし、大きな不安を伴います。内情をしっかり伝えることでその不安を解消できれば、医師も安心して応募できるのではないかと思います。一般企業において、知人紹介などによる採用が一定数あるのも、そうした安心感が一因なのではないでしょうか。

要するに、ブランド力や給与などの条件面をすぐに上げることは難しくても、 医師が働き方を具体的に思い浮かべることができるような情報を伝えることで、興味や安心感を持ってもらいやすくなる ということです。

柳牛氏
たしかに、給与が高額でも内情がつかめないとなると、かえって「よほど厳しい労働環境なのではないか」と医師が不安になってしまうケースもあるかもしれません。

大村氏
実態を正しく伝えることで医師の不安は払拭できます。そういった意味では、 定量的な情報を使うのもテクニックの1つとして有効 です。たとえば入院外来比や病床稼働率など、業務の忙しさや内容を推し量ることのできるデータがあると、医師も自分の働き方をリアルに想像しやすいでしょう。

水野記念病院の場合、救急も担当できる内科医の募集でした。年間の救急搬送受け入れは1500件弱です。受け入れ件数だけでは実状がわかりにくいですが、その内訳を伝えると、「外傷患者が中心で内科系の患者は少ないので救急当番の負担は比較的軽い」ということがわかります。他にも、全体の患者数に占める生活保護受給者の割合を示すなど、求職者が気にしそうな点は客観的なデータで実態をイメージしてもらうように。具体的な数字を示すことで、病院の雰囲気をより正確に医師に伝えられました。

「実態を正しくまんべんなく伝える」ためのポイント(1)

・まずは医師を知る
・医師が働き方やライフスタイルをリアルにイメージできるような情報を伝える
・定量的な情報を有効活用する

横並びから“一歩抜け出す”伝え方

柳牛氏
医療機関には様々なデータの蓄積がありますから、有効活用できるといいですね。紹介会社にとっても、そうした指標があると自信をもって医師に提案しやすくなります。
情報の伝え方という点では、他にどのようなことを意識するとよいでしょうか。

大村氏
転職は、求職者本人のライフチェンジが背景にある場合が多い。繰り返しになりますが、だからこそ、その医師について知り、相手に合わせて情報発信することが重要なのです。たとえば“子どもができたから家族との時間を増やしたい”という医師には「オンオフのメリハリをつけて働ける」という点を前面に出してアピールするなど、「こういう状況にある医師ならこの情報を伝えれば響くのではないか」と 医師の視点に立ったコミュニケーション が求められます。

柳牛氏
ターゲットである医師のニーズにあわせて訴求していくということですね。

大村氏
はい。われわれ採用OSでは、人材紹介業を自社展開しているという強みをいかして、登録者の中からクライアント病院に合いそうな医師を見つけ出す、ということもやっています。コンサルタントから医師の背景などを直接聞くことができるので、その医師が転職で何を一番重視しているのか、という優先順位に即してコンサルタントに提案しています。

医療機関の採用担当者であれば、紹介会社に登録医師の情報を問い合わせるなどして、まずは求職者の転職背景や現職での勤務内容、今後の希望などを把握するといいでしょう。情報から求職者のキャリア志向を推察することで、よりその医師に合わせた形でコンサルタントに提案することができるのではないでしょうか。

柳牛氏
とはいえ、似たような条件の施設がたくさんある中で、コンサルタントは他と差別化できていない医療機関を医師に提案してくれるでしょうか。

大村氏
私は “1聞かれたら10返す”つもりで、聞かれた内容にその医師が興味を持ちそうな情報をどんどん上乗せ しています。転職の4大条件とも言える年収・キャリア・ワークライフバランス・アクセスをきちんと伝えることはとても大切です。しかし仰る通り、同様の条件の医療機関が多数ある中で条件を伝えるだけでは選んでもらえません。だから、+αの情報を伝えることでコンサルタントがその医療機関を医師に紹介しやすくするんです。

たとえば「週4.5日勤務で当直はあるかないか」を聞かれただけだったとしても、一日に対応する外来患者数や特に多い症例、医師の体制なども伝えます。どんな医師と一緒に働くのか、医師たちの専門性は何か、業務内容はどのようなものか、残業は月あたりどれくらい発生しているのか、オンコールはどう対応するのか、自宅から何分くらいで通勤できるのか…などなど、実際にどのようなライフスタイルになるのか想像できれば、コンサルタントも「そういう医療機関ならこの先生が合ってるかも」とイメージしやすくなります。

柳牛氏
 主要な条件面だけでなく、その行間をうめるような情報提供が大切 ということでしょうか。

「紹介会社が紹介してくれない」を打開するには

大村氏
はい。あとは コンサルタントとフェイス・トゥ・フェイスでやりとりできる場を持つのも効果的 です。採用OSでは、紹介会社に直接訪問して病院のPRを行っており、時には紹介会社向けの説明会を開催することもあります。水野記念病院の場合も、複数の紹介会社を招いた説明会で自院について語っていただきました。特に地方の医療機関にとって、こうした説明会の場は求職者を抱えているコンサルタント数名と、一度に会うことができます。したがって、あちこちの紹介会社を回るよりも効率的に医師と接点を持てるんです。

柳牛氏
コンサルタントにとっても、採用担当者の生の声を聴ける機会は貴重ですよね。顔を見てコミュニケーションできた記憶は求人票やメールなど文字だけの情報よりも上位付けされますから、より医師へ紹介してもらいやすくなります。

大村氏
実際、説明会開催後は当社・他社問わずコンサルタントの反応が変わります。採用OSでは、説明会以外にも個別にコンサルタントと面会の場を設けプレゼンして回るなど、対面で情報提供できる機会をつくるようにしていますね。

「実態を正しくまんべんなく伝える」ためのポイント(2)

・“紹介会社が紹介しやすい理由をつくる”つもりで、網羅的な情報提供を
・対面でコンサルタントとコミュニケーションできる場を設ける

大村氏
こうした密度の濃い情報発信は、結果的に、密度の濃いマッチングにつながります。入職後「思っていたのと違う」というイメージのギャップがあると、転職先への不満につながりやすい。 採用の過程であらかじめギャップを埋めておけば、早期離職のリスク防止にもなる と思います。

柳牛氏
採用活動ではつい入職をゴールと捉えがちですが、大切なのは、実際に採用した医師が生き生きと働き、病院の経営が改善されることですからね。

大村氏
「実態を正しくまんべんなく伝える」のは地道な作業です。一見、「本当に効果に直結するのか」という疑問を抱くかもしれません。しかし、多くの医療機関で運用を担当させていただき、伝え方ひとつで医師の反応が変わることを実感しています。実際に、私が担当する施設の9割以上で問い合わせが増加しました。

柳牛氏
条件で差別化できなくとも、戦い方はあるということですね。しかし、それには手間も時間もかかる。「横並びの競争から一歩抜け出したいが、そこに割ける人手がない」と苦労されている医療機関のお力になれるよう、今後も全国を飛び回りたいと思います。

<協力:大村圭、柳牛寛行/取材・写真:塚田大輔/取材・文:角田歩樹>

大村圭(おおむら・けい)
エムスリーキャリア株式会社 経営支援事業部 採用アウトソーシンググループ
法政大学法学部政治学科卒業後、機械部品系商社に就職。その後大手インターネットサービス企業に転職し、宿泊・観光業界に向けた営業・集客コンサルティング、新規事業立ち上げに従事。
エムスリーキャリアに入社してからは、医師採用コンサルタントとして全国の医療機関で採用OSの運用を担当。一時的な効果ではなく採用体質の根本的な改善へ向けた提案を意識して、医療機関と二人三脚で採用活動を実行している。
柳牛寛行(やぎゅう・ひろゆき)
エムスリーキャリア株式会社 経営支援事業部 採用アウトソーシンググループ
関西外国語大学外国語学部英米語学科卒業後、水道インフラのメーカーに就職し、営業職を経て海外事業部に配属され営業管理職としてベトナム・ホーチミン市に駐在。
その後、エムスリーキャリア株式会社に入社し、医師採用コンサルタントとして全国の医療機関をクライアントに持つ。「戦略的な医師採用」をモットーに、医療機関にとって本当に必要な医師を様々な角度から分析し、採用活動を支援。
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