部門別損益計算で組織はコントロールできない―ちば医経塾長・井上貴裕が指南する「病院長の心得」(9)

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病院経営のスペシャリストを養成する「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム-」塾長である井上貴裕氏が、病院経営者の心得を指南します。

著者:井上貴裕 千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授・ちば医経塾塾長

目次

部門別損益にこだわるべきか

前回の記事で、部門別損益計算について触れました。
部門別損益計算は、外部報告を目的とする財務会計ではなく、業績を把握し、評価するための管理会計の1つです。そのため、実施する・しないは自由。部門の設定にもルールはなく、部門を診療科とするか、センターとするかなどは経営者の手腕に委ねられます。

前回、赤字体質の病院を筋肉質で稼げる組織に変えるためには、「部門別損益計算を基にした財務コントロールにこだわりすぎないことが必要だ」とお伝えしました。
しかし、「一般的には、部門別の損益にはこだわるべきなのではないか」と感じた方もいたのではないでしょうか。

実際、病院では部門別損益計算が好まれることもあります。「お金」が持つ影響力は大きいため、「部門別損益計算を活用することで、組織をコントロールできる」という幻想に陥りやすいのです。

今回は、この部門別損益計算について
・こだわりすぎない方がいい理由
・組織コントロール/マネジメントの中心に据えることの難しさ
を詳しくお伝えします。

病院の部門別損益計算は、企業と同一には語れない

病院長の方々は「病巣が特定できなければメスの入れ様がないように、赤字部門が特定できなければ経営は改善できない」と考えるかもしれません。しかし病院経営の場合、それほど単純には言えません。
病院と企業の違いを整理した上で、病院が部門別損益計算にこだわりすぎない方がいい理由を改めて説明したいと思います。

1つ目の違いは、病院には提供する製品・サービスの価格決定権がないことです。これは企業との最も大きな違いと言えるでしょう。

2つ目は、病院が提供するサービス(医療)は「多品種少量生産」であるということ。
サービスを提供する相手(患者)は極めて多様で、かつ個別性が高いため、それぞれに提供するサービスは異なります。また同じ疾患でも、患者の年齢や疾患の背景によって医療資源投入量・在院日数は変わります。原価もばらばらです。

そもそも医療は公定価格のため、病院は「原価」という概念を持ちにくいのが現実です。
提供サービスの原価を把握しにくく、価格も決められない病院において、部門別損益計算に企業と同等の意義を持たせるのは難しいと思います。

3つ目の違いは組織規模です。部門別損益計算を実施する組織に限定すると、病院は企業よりも組織規模が小さくなるケースが多いでしょう。
部門別損益計算を実施するからにはある程度の規模が必要です。ただ、企業と比べ病院はなかなかそうもいかない現実があります。

例えば、ある診療科に3名の医師が在籍したとして、そのうち1名が退職・休職したら、当然業績は下がりますね。そのような状況で、科別損益計算を精緻に行う意義はどの程度あるでしょうか。

以上のことから、病院経営において、一般企業と同じようには部門別損益計算の意義を語れない、ということを理解いただけたかと思います。

収益を部門別に割り当てることすら難しいこともある

さて次は、部門別損益計算を組織コントロール/マネジメントの中心に据えることの難しさについてご説明します。

前提として管理会計は、精緻にやればやろうとするほど多額のコストがかかります。
まずは収益の計上についてお話します。

収入源となる診療行為について、「集計対象」と「部門別損益計算上の計上先」は、常に一致するとは限りません。
仮に、診療科別に損益計算を実施するとしましょう。オーダーが各科の収益(売上)に紐づけられると思いがちですが、そうではありません。

例えば、主たる診療科が外科入院の患者について、消化器内科が内視鏡を実施すれば、その収益は外科に帰属するのが普通です。特定の患者に関わる診療の対価を、関わった全診療科で分けることは仕組みとしては可能かもしれませんが、精緻に計算しようとすればするほど複雑性が増していきます。

もう少し具体例を挙げてみましょう。この患者が救急搬送されてきたとしたら、初期対応は救急科が行った可能性があります。その場合、救急外来での診療行為とその後の入院治療を識別することが必要です。ただし、レセプトでは入院した診療科に収益が計上され、救急科の収益はゼロとなるかもしれません。さらに、手術前の糖尿病のコントロールには糖尿病内科が関わっているということもありえます。
これらを精査して部門別に収益を割り当てることは容易ではないでしょう。

一方で、これらの診療報酬では必ずしも評価されない行為やその部門の取り組みが、患者の命に直結し、極めて重要な役割を果たしていることは少なくありません。医療職はチーム医療の中でその重要性を認識して行動していますが、人的資源が持つ価値や潜在能力は収益には計上されないことがあるのです。

人件費や設備費などの費用はどう分けるべきか?

では、費用はどうでしょうか。

最も大きな要素である人件費は、診療科別であれば(入院・外来などを分けなければ)うまく配分できそうですが、実はこれも容易ではありません。他の診療科をフォローする場合の人件費はどのように管理するか、コメディカルの人件費は各科にどう割り振るか、といった課題があります。

また、病院にとって重要な収入源となる手術室の費用についても、人件費や材料費をどのように各部署に割り振るかは非常に難しい問題です。精緻化を図ろうとすれば、手術室の占有時間や投入する人件費、委託費などを考慮する必要が出てきます。
手術室の夜勤看護師の人件費を計算する場合は、手術収入で配賦するか?それとも夜間の緊急手術件数をもとにするか?など、計算方法によって結果は変わります。

CT・MRIなどの設備投資はどうでしょう?使用件数を各科に割り当てれば、納得感を持ってもらえるでしょうか。ひょっとすると各科から「造影剤使用の有無/認知症の有無等によって撮影時間は異なるので、その点を考慮してほしい」など、細かな主張が繰り広げられる可能性があります。

部門別損益を重視するほど、職員のモチベーションは削がれていく

部門別損益を計算するには、収益・費用を各部門に後付ける配賦基準の設定が不可欠です。しかし、誰もが納得するルールの設定は極めて難しいでしょう。

アクティビティーが高い/地域でのシェアが高い診療科において、業績が優れないという結果になれば、その部門の医師は不満を抱くでしょう。組織への忠誠心や貢献意欲は削がれ、他院でも活躍できる優秀な医師ほど、退職してしまうかもしれません。

一方で、それらの診療科に配慮した計算をすれば、他科のモチベーションが下がり、全体のバランスが崩れていきます。
病院長は「部門別損益を重視し過ぎると、スタッフのモチベーションは削がれ、チーム医療の阻害につながりかねない」ということをよく理解しておきましょう。

部門別損益計算が大切な情報の1つであることは事実ですので、実施を否定するわけではありません。ただ、経営者として結果をどこまで意思決定に取り入れるかは、よく考えるべきです。

不採算医療が差別化の源泉になることもありえますし、そこに魅力を感じて集まるスタッフもいます。医療機関がこぞって投資をしている手術ロボットなどは、その典型でしょう。スタッフのモチベーションの源を「赤字だから」と止めてしまえば、中長期での組織の成長・発展はありえません。

また、結果の情報共有範囲や、結果に基づくインセンティブの導入などについても慎重に考えましょう。

ただ、部門別損益計算は、病床再編や人員配置の大きな変更を検討する際に、有効な切り札となる可能性はあります。その際には職員が少しでも納得感を持てるよう、院内職員ではなく、外部の経験豊富なコンサルタントに計算を依頼した方がいいかもしれません(納得感につながるとは限りませんが、計算をした職員が周囲から批判され傷つくことを和らげる効果はあるでしょう)。

組織を牽引するのは、個別の細かい数値ではありません。地域全体を見据えた中長期の展望と、それに基づく病院長の熱意に他ならないことを忘れないでください。

【筆者プロフィール】

井上貴裕(いのうえ・たかひろ)
千葉大学医学部附属病院 副病院長・病院経営管理学研究センター長・特任教授。病院経営の司令塔を育てることを目指して千葉大学医学部附属病院が開講した「ちば医経塾-病院経営スペシャリスト養成プログラム- 」の塾長を務める。
東京医科歯科大学大学院にて医学博士及び医療政策学修士、上智大学大学院経済学研究科及び明治大学大学院経営学研究科にて経営学修士を修得。
岡山大学病院 病院長補佐・東邦大学医学部医学科 客員教授、日本大学医学部社会医学系医療管理学分野 客員教授・自治医科大学 客員教授。

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