本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。
著者:小山晃英(こやま・てるひで)/病院マーケティングサミットJAPAN Academic Director
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門
目次
コロナ禍で、ほとんどの医療機関が受診控えによる患者減少を経験したのではないでしょうか。そんな中、コロナ禍でも患者数が減らなかった歯科医院があります。京都市の山口歯科医院です。治療終了後も定期メインテナンスに通いたくなる仕組みづくりと、患者との地道なコミュニケーションが鍵になったといいます。山口貴史理事長とトリートメントコーディネーターの今西雅子さんにお話しを伺いました。
初診から治療後の定期検診までをシステム化
──口腔内の治療と予防を一体化して進める、独自の診療システムを構築されているそうですね。
山口理事長:当院は、京都市内で2つの歯科医院を運営する医療法人です。
診療理念として、「最良の歯科医療の提供を通じて、生涯の健康に貢献する」を掲げており、その理念を具現化するために独自の診療システムを作りました。
口腔内のキュアとケア(治療と予防)を一体としてスムーズに進めていくために、初診から治療後の定期検診までをシステム化したもので、MTP(メディカル・トリートメント・プロトコール)と呼んでいます。
歯科医院へ来られる患者さんは、「歯が痛い」などの症状や悩みを持っています。主訴の治療を第一に考える歯科医院の場合、患者さんは治療が終われば通院しなくなります。このため、その後のメインテナンスまで繋げられないことがあるのです。
当院では、初診時の主訴に対する治療はあくまで応急処置として考えています。口腔の健康から生涯の健康に貢献することを目指し、診療後のメインテナンス管理まで視野に入れた診療システムを構築する必要がありました。
──治療で終わらず、その後の定期メインテナンスにつなげることを重視されているのですね。
山口理事長:治療が終わったからと言って、元の生活習慣に戻れば、気づかないうちにまた口腔内のトラブルが起きてしまうかもしれません。
口腔の健康が全身の健康へ繋がることは、様々なエビデンスが報告されていますから、メインテナンスに繋げてこそ、地域住民への貢献になると考えています。
MTPにより、患者さんにも「初診~治療後の定期検診までのステップ」が見える化でき、納得いただいた上で治療を進めることができます。
また、MTPの構築は、スタッフへもメリットがありました。
- 診療の質が保たれる
- 主治医以外のスタッフも診療の流れが理解できる
- 主治医以外のスタッフにも診療の引継ぎが容易になる
ということです。
患者が「治療後も通院しよう」と思ってくれる関係性を構築
──MTPにより、治療工程を院内スタッフで共有することが可能になったのですね。貴院には「トリートメントコーディネーター」という職種があるとか。役割を教えてください。
今西さん:患者さんと医療スタッフの橋渡しをする専門職です。
当院では、歯科医師や衛生士だけでなく、専任のトリートメントコーディネーターが患者さんに治療の選択肢・治療費・治療期間などを説明します。
治療とメインテナンスが継続されるには、十分にその必要性や内容を説明し、患者さんに納得していただくことが大切です。患者さんの生活背景や予算、ゴール等の希望を伺い、治療計画を選ぶお手伝いをしています。
治療中も患者さんに寄り添い、治療が終わりメインテナンスに移行するまで見守ります。その後のご相談相手としての役割も担っています。
山口理事長:アメリカでは昔から、トリートメントコーディネーターが患者さんと医療職の間に入ることで、治療等がスムーズになることが知られています。
患者さんとのコミュニケーション能力を培うには一朝一夕にはいきませんから、実践を積み重ねていく必要があります。
──トリートメントコーディネーターという専門職が、患者さんにより丁寧に治療工程を伝えていくことを基本とされているのですね。患者ファーストのコミュニケーションを徹底されていると感じます。
山口理事長:当院はコロナ禍でも受診控えはあまり起きず、患者数が減ることはありませんでした。MTPやトリートメントコーディネーターの存在により、患者さんが「治療後も通院しよう」と思ってくれる関係性を構築してきたことが鍵になったのでしょう。
また、地域の患者さんと地道なコミュニケーションを積み重ねてきた成果なのかもしれません。
――どのようなコミュニケーションですか。
山口理事長:当院では、治療とメインテナンスで部屋を分けています。
歯科医院特有の歯を削る音に恐怖心を抱く方も一定数いらっしゃいますので、配慮した結果です。その部屋では、歯を削るときにキィ~ンという音が鳴る器具「タービン」は設置していません。
メインテナンスのことを「デンタルフィットネス」と名付け、フィットネス感覚で通院していただけるように努めています。
また、メインテナンスを続けていた方が高齢になり、来院が難しくなるケースも増えております。来院を待っているだけでは地域住民の口腔衛生を保てないと考え、25年程前から訪問診療も始めました。二つの歯科医院と訪問診療をあわせて、年間のメインテナンス件数は、18,000件ほどです。
私が地元のラジオ番組への出演を20年間継続していることも、患者さんとのコミュニケーションに一役買っているかもしれません。
番組では、リスナーの方から口腔内に関する様々な質問を受けるので、地域の方が歯や治療について考えていること、疑問に思っていることがわかるようになってきました。ラジオは顔が見えない相手とのコミュニケーションなので、言葉で説明する力が養われていることも実感しています。
今西さん:私は当院に30年間勤務しており、他にも多くのスタッフが10年、20年と長く勤めています。馴染みの患者さんも多いので、来院された際は治療に関することだけではなく、ご家族や仕事の状況など様々なお話しをされていきます。
当院は、定期通院されている方からのご紹介で来院される患者さんも多いのですが、これも日頃の患者さんとのコミュニケーションを積み重ねてきた成果だと思います。
患者は“必要性”を理解すれば、通院を継続する
──長い期間勤継されているスタッフが多いということは、勤めやすい職場なのですね。スタッフ向けにはどのような取り組みをされているのでしょうか。
山口理事長:初心を忘れぬよう、半年に一回はキックオフミーティングを実施し、歯科医療の原点を顧みつつ、診療理念と診療方針などを確認します。キックオフミーティングでは、税理士がスタッフに対して、当院の経営状況を説明する機会もあります。医院の情報をきちんと開示して、安心できる職場だということを伝える狙いです。
スタッフ勉強会も月に一度開催し、知識向上と新たな目標設定のために、共に士気を高めています。外部から講師を招いて、患者さんに対する礼儀作法を学ぶセミナーも実施していますよ。
──最後にお伺いします。歯科医院では複数回の通院が必要なケースが多いと思いますが、患者さんに継続して受診してもらう秘訣はありますか。
山口理事長: まずは、なぜ複数回通わなければならないのかが納得できるよう、説明を丁寧にすることですね。それによりおおよその期間、回数が把握でき、治療の必要性を理解したら、通院してくれます。
あとはやはり、患者さんに優しさと誠意を持って接することが大事だと考えます。
初診時に患者さんの口腔内の状況がかなり悪い状態でも、「なんでここまで放っておいたの?」など責めるようなことは絶対に言いません。
患者さんは困って来院しているわけですから、医療者はその不安に寄り添うことが必要です。「大丈夫ですよ」「必ず治ります」と伝えています。
<取材してみて>
治療後も通院しやすくなる医院づくりは、保険診療と自由診療の両方を行う歯科医院ならではの視点です。
前回「無印アプリをプロデュース・奥谷孝司氏に聞く!病院が小売業から学ぶべき視点とは?―病院マーケティング新時代(40)」の中で、医療のブラックボックス化を指摘しました。山口歯科医院の患者さんとのコミュニケーション設計は、このブラックボックスをいかに解消していくかという取り組みだと思います。
診療システムMTPで「医療を見える化」することで、患者さんに治療工程をわかりやすく示せますし、スタッフへも状況を共有しやすくなります。
また、患者さんの信頼を得て、定期的に通ってくれる医院になるためのスキームとして、トリートメントコーディネーターという専門職を設け、患者さんに丁寧な説明ができる体制を構築したことは見事だと感じました。
>>無印アプリをプロデュース・奥谷孝司氏に聞く!病院が小売業から学ぶべき視点とは?―病院マーケティング新時代(40)
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