無印アプリをプロデュース・奥谷孝司氏に聞く!病院が小売業から学ぶべき視点とは?―病院マーケティング新時代(40)

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本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:小山晃英(こやま・てるひで)/病院マーケティングサミットJAPAN Academic Director
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門

目次

無印良品のアプリ「MUJI passport」をプロデュースし、現在多くの企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)改革、D2C(※)事業サポートを行う奥谷孝司さんは、「病院と小売業は似ている」と語ります。企業と顧客とのつながりや関係性づくりの支援もしている奥谷さんに、医療業界が小売業から学ぶべき視点を伺いました。

※D2C:Direct to Consumerの略で、製造者がダイレクトに消費者と取引すること

奥谷孝司さん
株式会社顧客時間 共同CEO 取締役
オイシックス・ラ・大地株式会社 専門役員 COCO(Chief Omni-Channel Officer)
株式会社イー・ロジット社外取締役
株式会社Engagement Commerce Lab. 代表取締役

医療業界は、顧客(患者)に開示していない情報が多すぎる

──奥谷さんの医療業界に対する印象を教えてください。

医療業界は、サービスの受け手である患者側からは見えない情報が多すぎると思います。患者は、思考停止のまま医療業界のルールに従っている状態です。待ち時間が長くても「そういうもんなんだ」と思ってしまうし、医療費が高いか安いかも判断できない。そういう意味では特殊な業界、サービスだと思います。

──医療のブラックボックス化はよく指摘されていますね。

医療機関は公立だけでなく民間も、利益も含めて経営状況などを可視化することが必要だと思います。利益は悪ではありません。情報開示が信頼を築くための手段になるはずです。

アメリカの「Everlane(エバーレーン)」というアパレル企業は、各商品の材料費から人件費、出荷コストに至るまでの製造原価を分かりやすく開示しています。「安ければ売れる」「ハイブランドだから高価」という考え方ではなく、製造原価の情報を開示することで、顧客の信頼を勝ち取っている例です。

医療業界が産業界から学び、活かせることは多いと考えています。

小売業を参考に、患者との接点のデジタル化を

──小売業界ではどのようにデジタル化を進めているのでしょうか。

小売業では、お客様との接点のデジタル化を進めており、顧客管理にも活用しています。

無印良品のアプリ「MUJI passport」は、もともと購入や来店に応じたマイルの蓄積やクーポンの配布など、店舗への来店・購入促進を主な目的として開発しています。一方で、品質保証部からも「リコールが起きたときに、購入者履歴を用いて対象者を把握しやすくなる」「登録情報からメール連絡や、アプリ内での通知もできる」と評価を受けました。

──なるほど、そのような活用もできるのですね。医療業界で、電話以外に患者への連絡手段を持っている医療機関は少ないと思います。

そうですよね。患者との接点はデジタル化をどんどん進められると思います。

  • 診察券のアプリ化
  • 診察・診療データを患者や医薬品メーカーとシェア
  • 処方箋・過去の治療履歴のデジタル化

など、手をつけられる場所は山ほどありますね。

特に紙のカルテで患者データを管理している医療機関は、デジタル化を早急に進めるべきでしょう。

受付スタッフの後ろにカルテを置いている病院・クリニックは未だに多いですが、小売業界であればすぐに批判の的になります。顧客データがいつでも、誰でもすぐに持ち出せてしまう環境にあるわけですから。顧客(患者)の立場からすると、個人情報が適切に保護されているか不安ですよね。

デジタル化で、患者は医療サービスの価値を実感できる

──医療機関は、患者にデジタル化への対応を強いることもハードルだと感じているのかもしれません。

デジタル化で、患者に価値ある体験を提供できるかどうかが鍵ですね。

「医療データは患者のもの。患者が自分で管理する」という考え方も、もっと広がっていいと思います。

小売業であれば、商品を購入する体験をしたり、商品を利用したりすることによって顧客にとっての商品価値は向上していきます。その商品が自分にとってプラスになっていることを実感しやすいんです。

一方で医療は主にマイナス(健康状態が悪い)から、プラスマイナスゼロ(通常の体調に戻る)にしていくサービスなので、価値の向上プロセスが見えにくい。

もちろん体調や、医師から見せられる数値に劇的な変化があれば別ですが、多くの患者は医療サービスを受けたことが自分にプラスになっているかどうかを実感しにくいでしょう。

患者が自分の医療データをデジタル管理できるようにすれば、数値変化が目に見えてわかります。提供されている医療の効果を実感できる。つまり、サービス価値の向上を可視化できるようになるのです。

検査データだけでなく、歩数などもいいですね。膝や腰が痛い人が治療により症状を改善できて、1日の歩数が増えていることを把握できます。

医療モールとショッピングモールの違いとは?

──現在、企業と顧客とのつながりや関係性づくりの支援もされていますが、医療機関から相談を受けることはありますか。

取締役を務めるマーケティングデザイン会社・顧客時間に、ある病院長から「デジタルを通した患者さんとのつながりを構築し、治療だけでなく、未病・予防、患者のウェルビーイングに取り組みたい」と相談がありました。詳しくヒアリングしてみると、その病院長が顧客(患者)に提供したい価値は、現在の医療法人の枠組みでできることを超えていました。

私は「別法人でフィットネスジムや、医食同源を謳う飲食・サービス業、街のウェルビーイングスポットを経営する方がいいのでは」と助言しました。

既に医療モールなどはありますが、あくまで複数の診療科を備えた場にすぎません。しかし中心に公園や運動場があったり、健診の待合室としてカフェが併設されていたり、未病・予防に繋がる多機能な場を形成することも可能だと思うのです。

奥谷孝司さんが取締役を務める顧客時間」では、企業と顧客が「人と人」として寄り添い、手を繋ぎ、共に豊かな時間を創ることを提案している

医療法人が新しい領域にビジネスを広げるには高い壁があるのは事実です。ビジネスに参入する壁を、もっと低くしていく必要があると思います。

中には、その病院長のように「挑戦したい」というWill(希望、実現したいこと)を持っている医療者もいます。そんな考えを持つ人と出会えて嬉しかったですね。

私は医療業界と小売業は似ていると思います。小売業から学ぶことで、医療業界はもっと面白いことができるはずです。

医療モールの例を出しましたが、小売業の場合、今ショッピングモールが目指しているのは単なる商業集積ではありません。エンターテイメント・劇場型・体験重視のお買い物空間です。私は、この世界観に「いかにデジタルの要素を取り入れられるか」に挑戦しています。

小売事業にデジタル技術を導入する「リテールテック」という言葉があります。買物の効率化を目的に、店舗にテクノロジーを取り込むことを指しますが、例えば人流チェックや、導線設計、無人決済、モバイルペイメントなどが、世界レベルで普及してきているのです。

このようなテクノロジーは病院にも必要ですし、導入することで顧客(患者)体験の向上につながると思います。

企業も病院も「存在意義」で差別化する時代に

──医療機関は病院を訪れた人のためだけにではなく、もっと広く社会に価値を提供していこうということですね。

最近、「何のために組織・企業が存在するのか」を明確に示す「パーパス経営」という言葉が使われるようになりました。モノではなかなか差別化しにくい時代ですから、企業は「どんな課題を解決することで差別化していくか」を考えないといけないわけです。

これは、医療にも通ずるものがあるのではないでしょうか。

──非営利である医療法人は、まさに「パーパス経営」をしていくべきだと思います。実践するためのアドバイスはありますか。

一つ目は、異業種とコラボレーションをすることです。

毎年ラスベガスで開催されているCES(世界最大級のハイテク技術見本市)では、大手家電企業がNASAの技術やベンチャー企業とのコラボによる、新しい家電製品を発表することがあります。目的は優れた顧客体験の提供です。

一つの企業では成しえなかったことが異業種と組むことでできるようになる。面白いですよね。大手企業も自前主義から、信頼する企業とwin-winの関係性でのB2B(Business to Business:企業間取引)を展開する方針に変わりつつあります。その目的は真の顧客体験の向上になるのです。

医療法人単独では無理でも、異業種と組めばできることがあるのではないでしょうか。ハードルが高いと思われる場合は、まずは異業種(特に小売)の取り組みを調べてみることをおすすめします。先程ご紹介したデジタル技術の導入をはじめ、病院で活用できる内容はたくさんあるはずです。

二つ目は、企業態度を明確にお客様に示すこと。

企業が営利活動と機能的提供価値(医療行為の提供)のみで存在意義を示す時代は終わりました。

例えば、私が所属するオイシックス・ラ・大地では、食品ロス削減のためにさまざまな取り組みを行なっています。その中に規格外の食材を楽しもうというコンセプトで、らでぃっしゅぼーやブランドが展開する「ふぞろいRadish」という企画があります。形がそろった野菜を販売するために、選別されなかった野菜は従来の販路だと消費者には届かない。中には廃棄されるものもあります。そのロスを減らす取り組みです。

もちろんこのような取り組みだけで、食品ロスを撲滅できるわけではありません。しかし企業として「商いを通して社会に貢献していく」「食の課題を、ビジネスの手法で解決していく」という態度を明確にしていれば、ふぞろいな野菜でも納得して購入していただけます。

この取り組みがSDGsやプラネタリーヘルス(地球の健康)に繋がると認識されれば、ファンを獲得できるかもしれません。

──組織の理念を抽象的に表現している医療機関は多いですが、具体的な行動として示すことでファンが増えるかもしれませんね。最後に、医療関係者へメッセージをお願いします。

私は、どんな組織も基本機能は「顧客の課題解決をすること」だと考えています。その目的はもちろん売上ではあるのですが、もっと先の真の目的はカスタマーサクセスだと思うのです。

お客様がウェルビーイング(良好)な状態であることを目指すのは、医療も、小売も、そのほかの業界も同じです。ですから、色んな人に「カスタマーサクセスを推進しましょう」と伝えています。

医療の目的は患者さんの課題解決をすることで、そのために医療体験を提供しているはず。患者さんに医療を提供するだけでなく、患者さんのことをよく知り、つながり続ける勇気と胆力が必要です。

我々はこれまで「病院はいつでも行ける、医療を受けられるのは当然」と思っていました。しかし、新型コロナウイルスの感染リスクの高まり・医療体制の逼迫により、「病院に行けない」「行きにくい」「これまでのようには医療を受けられない」という経験をしました。

社会は徐々に前の姿に戻ろうとはしていますが、果たしてこれから病院はコロナ以前の経営に戻るのでしょうか? このコロナ禍を機に、デジタル化を進め、異業種コラボで世界を広げ、新しい経営にチャレンジしていただきたいです。ぜひ小売業ともコラボしましょう。

<取材してみて>

厚生労働省は2020年に高齢者への「社会的処方」を推進していくことを発表しました。「経済財政運営と改革の基本方針2021」には、「孤独・孤立対策」の施策として「社会的処方」を活用していくことも明記されています。

社会的処方とは、薬の処方など医師の医学的処方に加えて、患者等の健康や wellbeingの向上などを目的に、地域の活動やサービス等につなげることです。

奥谷さんのインタビューから、医療法人自身もこの「社会的処方」に取り組む必要があると感じました。 患者からブラックボックス化していると思われている医療こそ、社会に溶け込むべきではないでしょうか。異業界はそのためのアイデアの宝箱だと思います。積極的に学び、医療業界に取り入れていきたいです。

>>救急隊から選ばれる病院になるために―病院マーケティング新時代(39)

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