本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。
著者:小山晃英(こやま・てるひで)/病院マーケティングサミットJAPAN Academic Director
京都府立医科大学 地域保健医療疫学
京都府立医科大学附属脳・血管系老化研究センター 社会医学・人文科学部門
目次
コロナ禍で、時間と場所を選ばない働き方が広がりました。
社会医療法人石川記念会HITO病院(愛媛県)は、院内スタッフがPHSの代わりに業務用iPhoneを所持することでDXを推進。業務用SNSによる情報共有、カルテの音声入力、院外からのカルテ閲覧などに取り組んでいます。病院DX推進の秘訣を、石川賀代理事長とDX推進課・村山 公一さんに伺いました。
ICT改革の最初のステップは「場所や時間に縛られない情報共有」
──HITO病院は、いつからDX推進に取り組み始めたのでしょうか。
石川理事長:2017年に、ICT(情報通信技術)の利活用により医療の質・業務効率の向上を目指す「未来創出HITOプロジェクト」を立ち上げました。
「医療従事者の働き方」と「患者さんへのサービス」に変革をもたらすことを目的としたプロジェクトです。
──スタッフが従来使用していたPHSの代わりにiPhoneを導入したそうですね。
ICT改革の最初のステップ「場所や時間に縛られない情報共有の実現」のために、iPhoneを導入することになりました。
当院のICT改革は以下の図のように4つのステップがあるのですが、すべてのステップでiPhoneがキーデバイスとなります。
まずはリハビリテーション部からiPhoneの導入をスタート。
カルテ入力用PCの順番待ちを理由に、時間外労働が発生していることが業務量調査で把握できていたからです。またスタッフ1人あたりのリハビリテーション実施単位数により効果が計りやすいのも、最初に導入する部署として適していました。
狙い通り時間外労働は減少し、費用に見合う成果を得られたため、院内全体で段階的に導入を進めることになったのです。
──院内全体に広げる際に気をつけたことはありますか。
スタッフはPHSに慣れているので「一斉にiPhoneに代える」と言えば、抵抗感を持つ人もいるだろうと考え、「従来のPHSの運用も残しつつ、段階的にiPhoneを導入する」方針に。iPhoneを利用するスタッフの口コミでメリットが伝わり、希望者が広がることを目指しました。
例えば、カルテの入力業務。
従来から音声入力はしていましたが、テキストに変換されたデータは事務職員がPCを使用してカルテに貼り付けなければなりませんでした。iPhoneカルテの導入により、話者が音声入力によって直接カルテに登録することが可能となり、作業時間が短縮されました。
看護師の院内移動距離が半分以下に。1人1日100分を創出できた
──iPhoneを触ったことがないスタッフも多かったと思いますが、使用方法はどのように周知したのですが。講習会などを設けたのでしょうか。
村山さん(DX推進課):私が利用者一人ひとりにアプリの使い方をお伝えする形をとりました。個別にお話しすることで、現場の率直な声を聞く機会にもなりますから。
ただ、機能の利用に関しては基本的にスタッフに任せていて、細かいルールを設けていません。カルテの入力業務でも、音声入力は強制していません。フリック入力やPCのキーボードでのタイピング入力の方が早いという人もいるので、効率がいい方法を選んでもらっています。
──導入してどのような変化がありましたか。
iPhoneがあれば写真撮影、QRコード認証による患者さん確認、配薬時のオーダー情報確認もできるため、事務作業にかかる時間や手間がどんどん削減できています。
石川理事長:iPhone使用者からは「どこにいてもカルテや患者さんの情報を確認できるので、わざわざPC端末のある場所に移動する必要がなく便利」という声を聞きますね。
村山さん:医療提供において重要である「情報の確認」のために病棟内を移動する手間が減ったことで、特に看護師は移動距離が1日平均8キロから3キロに減りました。新たに生み出せた1日平均100分の時間は、患者さんのケアに当てられます。
また、病院全体の年間時間外労働時間も、iPhone導入前の2019年と比較して54%削減(2020年実績)できました。
──患者さんのケアの時間を増やせるのは素晴らしいですね。業務用SNSも利用されているそうですが、スタッフ間のコミュニケーションに変化はありましたか。
石川理事長:これまで院内での連絡は電話が中心でしたが、相手の状況がわからない中での荷電は精神的な負担が大きかったと思います。
SNSを利用したグループ内チャットを導入したことにより、電話をかける/電話に対応する必要がなくなり、返事はできる人ができるタイミングに、という体制になりました。周囲の人もメッセージのやり取りを見て状況を把握できたり、学んだりできますから、チーム医療の強化にもつながると考えます。
村山さん:グループ内チャットによる情報共有のスピード・便利さは多くのスタッフが実感しており、iPhone利用者が増える追い風となりました。
院外からカルテ情報を確認することも可能に
──院外からもカルテ閲覧が可能と伺いました。どのようなシステムになっているのでしょうか。
石川理事長:セキュリティの関係上、誰もがiPhoneを院外に持ち出せる訳ではありません。病院が許可した方に限定して、必要に応じて病院の外からもiPhone端末でカルテ情報を確認することができます。
特に医師の働き方は多様で、当院と都市部を行き来しながら勤務する医師も在籍します。不在時に、気になる患者さんのカルテを院外から確認できますし、SNSでスタッフ間のやり取りもできるので、場所に縛られない情報共有・コミュニケーションが可能となりました。
──セキュアの観点から、iPhoneの院外持ち出しに反対意見はなかったのですか。
村山さん:セキュリティ対策は十分に行い、医療情報ガイドラインに準じて運用しています。そのため、反対意見はなかったです。
オンコールで自宅待機をしている医師にとっては、救急外来からコンサル依頼があった場合も、iPhoneで画像を確認してから駆け付けるかどうかの判断ができます。また、「休日の回診もデータを事前に見た上で、出勤/指示を判断できるのでとても便利」という声も聞きます。
──iPhoneを用いたeラーニング(教育コンテンツの配信)について教えてください。
石川理事長:院内教育の推進として、昼休みなど業務の空き時間に様々な教育コンテンツを閲覧できるeラーニングを導入しています。
コンテンツのほとんどは、3分ほどのショート動画です。初めての手技の介助につく際は事前に動画でマニュアルを確認することもできます。
──誰がコンテンツを作成しているのですか。
最初は村山さんに撮影をお願いすることがほとんどでしたが、今は各現場の医療スタッフが作成しています。
村山さん:コロナ禍で感染対策に気を配りながら様々な手技を共有するためには、スピード感を持ってコンテンツを作成する必要があり、みなさん徐々に慣れていきましたね。
私用スマホでもアプリをダウンロードすればeラーニングは可能なため、自宅でも学習ができます。時間と場所に縛られない学びの機会を増やすことで、スタッフの能力を高め、広げることにつながると思います。
石川理事長:スタッフが動画撮影に慣れてきたことで、従来から実施していた「患者さんの行動やケアに関する動画」を制作する技術も上がりました。必要に応じてご家族退院時の指導にも使用している動画のため、伝えられる情報の精度が増したと思います。
──病院DXの今後の展望を教えてください。
病診・病病連携において患者情報のやり取りは難しくありませんが、介護や在宅との連携もデジタルの利用で推進できるはずです。今後は地域全体で、在宅に関わる人が活用できるDXが求められています。
患者さんのデータは病院のものではなく、患者さん自身のもの。患者さんに還元できることをDXで進めていく必要があります。
当院では、患者さんが個人のスマホなどでご自身の健診データを閲覧できるようになりました。便利だと感じていただける患者さんが増えれば、自然と利用も増えるでしょう。小さく始めて徐々に広がっていく横展開の在宅DXを目指します。
<取材してみて>
DX(デジタルトランスフォーメーション)という言葉が、医療業界でもしきりに使われるようになりましたが、デジタルの導入が目的となってしまっている病院はないでしょうか。大事なことは、デジタルを利用して、良い方向に変化(トランスフォーメーション)することです。
日頃業務をする上で「従来のこの方法でしかできないはずだ」と思い込んでいる作業行程はありませんか?医療機関にはきっと数多くあるのではないかと思います。その分、医療におけるDX事例はどんどん出てくるはずです。DXで、医療がより魅力的な業界に変化していくといいですね。
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