患者が医療情報を確認できる“病院独自アプリ”を開発~聖マリアンナ医科大の「医療の質向上」への取り組み―病院マーケティング新時代(50)

本連載について
人口減少や医療費抑制政策により、病院は統廃合の時代を迎えています。生き残りをかけた病院経営において、マーケティングはますます重要なものに。本連載では、病院マーケティングサミットJAPANの中核メンバー陣が、集患・採用・地域連携に活用できるマーケティングや広報の取り組みを取材・報告します。

著者:松岡佳孝/病院マーケティングサミットJAPAN 医療マーケティングディレクター

済生会熊本病院 医療連携部 地域医療連携室長

目次

三井物産株式会社ウェルネス事業本部の久保健一郎さんは、国内の様々な医療機関に出向し、病院経営・運営に携わってこられたユニークなキャリアの持ち主です。現在は聖マリアンナ医科大学に出向し、デジタルヘルス共創センターで企業の共創事業を手掛けています。今回は医療の質向上のために開発された、PHR(パーソナルヘルスレコード)機能を持つ独自アプリ「マリアンナアプリ」の活用について伺いました。

プロフィール

1993年、三井物産入社。米国、ロシア、マレーシアに駐在し、ヘルスケアビジネスを担当した。日本では三井記念病院、神戸国際フロンティアメディカルセンターに出向し、病院経営・運営に携わる。現在は、聖マリアンナ医科大学に出向中。

久保健一郎さん

患者がスマホで検査結果や通院履歴を確認できる

――聖マリアンナ医科大学での業務についてお聞かせください。

聖マリアンナ医科大学のデジタルヘルス共創センターという組織で、大学内のDXや外部との共創事業を担当しています。大学における様々な課題に対して、企業に協力頂きながらソリューションを考える仕事です。

また、4月からは聖マリアンナ医科大学病院で、医療サービスの質(Quality)を継続的に向上させるTQM(Total Quality Management)室を兼務しております。

――PHR(パーソナルヘルスレコード)機能を持つ独自アプリ「マリアンナアプリ」のプロジェクトも担当されているそうですね。

はい。現在注力しているプロジェクトです。

「マリアンナアプリ」では、PSP社が開発するスマートフォンアプリ「NOBORI」のPHR(パーソナルヘルスレコード)の仕組みを活用した、以下の2つの機能を持つスマホアプリです。

1. 患者さんが自身の医療情報にアクセスできるPHR(パーソナルヘルスレコード)機能

病院内にある電子カルテネットワークと連携することで、これまでは患者さんが手元で管理できなかった以下のような情報を、スマートフォンで常時確認できるようになります。

  • 通院予定
  • 通院履歴
  • 血液検査等の検査結果
  • 薬の処方
  • CTやMRI、レントゲンの画像

これらの医療情報は患者さんのご家族との共有も可能ですので、高齢の親や未成年の子供の情報を管理するために利用されている方も多くいらっしゃいます。また、一般的な健康アプリにあるような歩数や体重などの健康情報について自己管理を行う機能も搭載しています。

更に、国が運営する「マイナポータル」に登録の医療情報と連携する機能もあり、予防接種記録、調剤記録、医療費に関する情報も一元的に管理することができます。

2. 病院により親しんでいただくための便利機能

病院の外来診療待ち状況を確認できる機能や、病院駐車場の空車状況を確認できる機能、後払い会計の案内など、通院をより便利にする機能も搭載しています。

「マリアンナアプリ」という名前が親しみを持っていただきやすいこともあり、既に多くのマリアンナの患者さんにご利用いただいていますが、「非常に便利」と好評です。

――アプリをリリースするために、どのような準備をされたのでしょうか。

2022年にNOBORIのPHR(パーソナルヘルスレコード)の仕組みを大学病院に導入しました。

病院システムの内側にゲートウェイを設置し、そこから患者のアクセスに応じて情報を取り出す仕組みになっています。

病院システムに穴(情報の通り道)を開けることになりますので、セキュリティを担保するために細心の注意を払いました。

2022年はまず、学内の職員を対象に接続を開始。2023年1月に予定されていた電子カルテの更新が落ち着くのを待ち、4月17日に一般の患者さん向けに「マリアンナアプリ」をリリースしました。

医療者と患者が医療情報を共有し、共に病気に立ち向かう

――経営側の視点として、アプリを導入する意義は?

まずは地域の皆様に、より良いサービスをご提供することで、今後もご利用いただけるという点です。

また、病院長の大坪はよく、「『マリアンナアプリ』で患者さんに医療情報を共有し、聖マリアンナの医療者と患者さんが共に「ひとつのチーム」となり病気に立ち向かっていこう」と話しています。

医療情報の共有により、患者さんと医療者のコミュニケーションが活発に、そして適切になります。

患者さんが医師より先に血液検査の結果等を目にすることもあり得ますが、患者さんが先に異常に気づいたとしても、チームの一員ですから構わないのです。

医療者と患者さんが一緒に病気の状態をモニタリングして、医療者が患者さんの治療に伴走する医療を目指したい。それによって「医療の質」向上を図っていきたいと考えております。

――「マリアンナアプリ」のこの後の構想を教えてください。

マリアンナアプリでは、患者さんが当院内にあるご自身のデータにアクセスできますが、患者さんは我々のような大学病院だけに通っているわけではないですよね。普段は地域のクリニックに通院したり、検査をしたりしているはずです。

「患者中心」に考えると、地域の医療機関にある患者さんの情報もこのアプリで統合することが重要です。統合した情報を「医療の質」向上に活かしていければ理想的だと思っています。そのような仕組みを協力企業各社さんと一緒に検討していきたいです。

もちろん「国が主導して、全医療情報をまとめて管理・共有するべき」という考えもありますが、医療のデリバリー(提供)が民間事業者にまかされている日本の医療では、そう簡単にはいきません。

「はい、みなさんこの規格でつなげて、ここに情報共有して!」と言われても、病院にとっては「うちはこの仕組みを使っているからここにつなぐなら〇〇円かかるけど……」「うちは買い換えないとできない。だけどお金が……」「患者の情報開示の同意はどこで取るの?」などさまざまな課題があり、難易度が高いですよね。

今後、聖マリアンナ医科大学病院の連携先医療機関と、患者同意の下で「患者を介して」つながっていけたら、検査データ等は時系列で把握できるようになります。大学病院も、地域の開業医の先生方も、患者さんにも、とても有用な情報になっていくはずです。

今後も医療の質向上を目指して、患者さんからの声に耳を傾け、アプリの機能も充実させていきたいと思います。

取材してみて

昨今、病院や薬局ごとに保存されている個人データ、即ちPHR(Personal Health Record)を中心とした医療データの利活用に関する議論、サービス化の動きが活性化しています。

新たなデジタル技術・データベースの創成期には、それを利活用したツール、サービスに注目が集まります。その一方で、ツールやサービスが永続的に発展し、世間に浸透するためには、提供者・利用者双方にとって“なくてはならない”存在である事が肝要となります。

久保さんのお話を伺い、改めて「患者さんにとって価値がある」利活用目的の重要性を再認識しました。

聖マリアンナ医科大学は、「医療の質」の重要指標に「患者中心性」の実現を掲げています。また、「医療の質向上」を目的とした活動の一部として、マリアンナアプリの利用を位置づけています。TQM(Total Quality Management)の手段(手法)にPHR(Personal Health Record)を用いるという取り組みと組織文化に感銘を受けました。

今後も「マリアンナアプリ」の展開に注目したいと思います。

>>商社パーソンが医療機関に出向!病院経営に特化したキャリアと、自身に起きた変化とは?―病院マーケティング新時代(49)

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