多くの医療機関が赤字に陥っている昨今。病院経営はかじ取りが難しい時代となっています。健全経営を続けるためにはどのような点に留意していく必要があるのでしょうか。医療機関の経営コンサルティングに携わる専門家が、事例とともに医療機関の赤字経営になりやすいポイントと、解決策について解説します。
第1回目の事例は44床の急性期病院です。
解説者:加藤隆之氏 株式会社日本M&Aセンター 医療介護支援部 上席研究員/中小企業診断士/経営学修士(MBA)
目次
A病院(44床の急性期病院)の事例
【基本情報】
- 東京都内にある44床(一般病床40床、ICU4床)の循環器専門病院
- 常勤医師数は20人(循環器内科9名、血管外科9名、麻酔科2名)
- 三次救急
- 心リハⅠ(リハスタッフは8名)
【補足メモ】
- 循環器センターという形で外科手術とカテーテル治療に力をいれ、最盛期には地域での圧倒的な症例数を担ってきた
A病院で起きている経営課題
名物医師の引退・退職により、地域のクリニックからの患者紹介が減り、手術症例も激減してしまった。
ベッドを埋めるために手術を実施しない患者も受け入れるようになったが、それでも病棟稼働率は70%まで落ちてしまい、入院単価も低迷している。連携室はほとんど機能しておらず、入退院調整に終始している。
医師たちはプライドが高く、心臓以外に診療領域を広げることに協力的でないため、クリニックへの営業等に協力を仰ぐことはできない。さらに医療機器や診療材料についても、医師たちが望む最先端のものを購入し、使っている状態。医師数に関しては最盛期の人員体制が維持されており、何をしているかわからないような医師も多数みられる。
その結果、数年前から赤字経営へと転落し、銀行からの借入額も膨れ上がってしまった。メインバンクからは「心疾患領域だけでこれ以上症例数を増やすことは難しい。今後どういった疾患に力をいれていくのか、一から考え直してほしい」と抜本的な経営体質の改善を求められている。
A病院の経営を改善するヒント
- 心臓領域症例の患者数を増やす
- 心臓領域以外の手術症例を開拓していく
- コスト削減の検討(医師数を減らす、物品の価格交渉)
- 病棟の再編の検討
【解説】
A病院は課題の多い病院です。集患、高コスト、多すぎる医師……。
そもそも医師を尊重するがあまり、経営改善に取り組めていないことが一番問題のように思います。どのような改善策を検討していたとしても、医師たちの協力は必須条件となってくるので、医師のマネージメントが一番の課題であるというのは言うまでもありません。ただ、改善策の選択肢が多ければ、医師たちをその選択肢にうまく誘導していける可能性があります。おそらくこれまでも「ベッドを埋めてください」「営業に行ってください」「医療材料のコスト削減に協力してください」といった言葉は何度も伝えてきていることでしょう。ここではそれ以外にどんな選択肢があるのか?という視点で、改めて、病院経営を黒字化するための考え方について整理していきます。
入院収益をいかに増やすか
まずは、病院収益の内訳を整理してみましょう。医業収益は入院収益と外来収益に分けられますが、病院ではその大半を占める入院収益をどのように増やすのかが重要です。
- 医業収益=入院収益+外来収益
- 入院収益=入院単価×病床数×ベッド稼働率
- 入院単価=(手術収入+ 病棟収入)/ 在院日数
入院収益は入院単価×病床数×ベッド稼働率で表すことができますが、病床数やベッド稼働率は上限がありますから、入院単価をいかに向上させるかがキモになります。
A病院のように手術を実施している病院では、入院単価は(手術収入+ 病棟収入)/ 在院日数で表せますが、病棟収入(入院基本料や差額ベッド代)も増やすには限度がありますから、方法としては「高い手術収入を得る」「在院日数を短くする」のいずれかになってきます。
ベッド稼働率の向上と在院日数の短縮は相反するように見えますが、ベッド稼働率を上限で維持しながら患者の回転を速めて、病院全体の平均在院日数を短縮することが大切です。
つまり、手術を実施している中小病院の取れる戦略としては、以下の二つになります。
- 手術単価が高く、在院日数が長すぎない疾患に注力する
- 手術単価が低すぎず、在院日数が極端に短い疾患を増やす
手術単価が高く、在院日数が長すぎない疾患に注力する
一つ目の「単価の高い手術」については、対象はかなり限られます。
なぜなら中小病院で実施できる手術単価の高い手術が限られており、単価が高い手術であったとしても在院日数が長くなってしまう疾患が多いからです。心疾患や脳疾患の外科的治療、あるいはカテーテル治療など、かなり限定されてくるのではないでしょうか。
A病院では、かつてはこれらの症例が多く集まっていたので、経営状態が良かったのだと思います。心臓領域の手術は総じて単価が高いので、増やせるに越したことはありませんが、現在のA病院ではそれは難しくなっているようです。
手術単価が低すぎず、在院日数が極端に短い疾患を増やす
二つ目の「手術単価が低すぎず、在院日数が極端に短い疾患」としては、多くの選択肢があります。日帰り入院を代表とするような手術は、眼科手術、内視鏡手術、下肢静脈瘤など多様です。
A病院では、一つ目の疾患だけで患者が埋まらないのであれば、この二つ目のような症例を多く集める事も検討せざるをえないでしょう。しかし、このような疾患は手術を実施している医療機関も多く、競争も激しくなります。在院日数が短いということは、圧倒的な患者数の確保が必要なので、それだけの患者を誘引できるような、他病院にはない魅力を創出・発信できる取り組みを実施しなければいけません。
そのほかの考え方として、単価向上だけではなく、低コスト化を進める方法もあります。高コスト・高収入体質から低コスト・低収入へと事業転換することで事業利益を出していくのです。
例えば、看護師の数を減らして、単価の低い入院基本料に移行する、急性期病床から地域包括ケア病床へ病床機能を変換する、などの方法があります。しかしながら、これまでと大きく異なる事業形態への転換は、職員の離職を誘発するリスクがあります。また、これまで使ってきた設備・医療機器も有効利用できなくなってしまいます。経営者にとっては、難しい判断が迫られるでしょう。
【筆者プロフィール】
株式会社日本M&Aセンター 医療介護支援部 上席研究員 加藤隆之
中小企業診断士 経営学修士(MBA)
「事例でまなぶ病院経営 中小病院事務長塾」 著者
病院専門コンサルティング会社にて全国の急性期病院での経営改善に従事。その後、専門病院の立上げを行う医療法人に事務長として参画。院内運営体制の確立、病院ブランドの育成に貢献。現在は日本M&Aセンターで医療機関向けの事業企画・コンサルティング業務等に従事する傍ら、アクティブに活躍する病院事務職の育成を目指して、各種勉強会の企画や講演・執筆活動を行っている。
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